蘇る、向田邦子節『きんぎょの夢』
3冊目は、向田のドラマをノベライズした『きんぎょの夢』をご紹介しましょう。原作はなんと1971年のテレビドラマ。古いです。
砂子はおでん屋の女将。父親が死んだあと妹たちを育てるために水商売の道に入り、それに馴染んできた自分にさびしさを感じ、婚期を逃しそうなことに少々焦っています。このへんの婚期の感覚はいかにも昭和らしいといえます。
- 著者
- 向田 邦子
- 出版日
そんな彼女も恋をしています。相手は編集者の殿村。しかし殿村には評判の悪妻がいて、別れてから正式な関係となろうということで二人は清いまま。そこに、夫の浮気をかぎつけた噂の悪妻が乗り込んできます。あまりの高飛車さにこれまでどこか控えめな態度だった砂子も、これなら奪っちゃってもいいやという気持ちになるのです。しかし……。
どんなに相手が悪妻だろうと、男を無理やり奪っても幸せにはなれないと向田邦子は言っているようです。向田は女の激情や怖さを存分に描ける作家であると同時に、前向きで潔い女性像を描ける作家でもあったのです。
向田邦子の出世作、大ヒットドラマの小説版『寺内貫太郎一家』
4冊目は、いよいよ向田の脚本家としての出世作『寺内貫太郎一家』です。1974年に放送が始まり、全部で69話、加えてスペシャル版も何本か作られたというロングシリーズで、舞台化もされています。
寺内貫太郎は、東京の下町に店を構える石屋の主人。とにかく短気で無理解で直情的な親父さんです。口より先に手が出て、長男とはいつも掴み合いの大喧嘩。しかし縁のある人間はけっして見捨てない、愛情深い人間でもあるのです。この貫太郎と、なぜか貫太郎に惚れ込んでいる出来た妻を中心に、息子や娘や従業員やたくさんの人間たちがひょいひょいと気軽に寺内家の居間に上がり込み、大騒ぎしながら日常を送っていく物語です。
- 著者
- 向田 邦子
- 出版日
そう、これこそ昭和のホームドラマです。そしてもしかしたら昭和最後の正統派ホームドラマではないか、と思います。向田邦子はこれ以降、人間のもっとリアルな心理を追求するようになり、倉本聰や山田太一もこの頃から一筋縄ではいかないドラマを書き始めるからです。どんな殴り合いも口論も嫉妬も裏切りも、日常という大団円におさまってゆく昭和の幸福なドラマは、『寺内貫太郎一家』で終わったのかもしれません。
それにしても、向田邦子の父親をモデルにしたという貫太郎の怒りっぽさは強烈です。とにかくまず怒る、反対する、長男が出てきたら数分後には殴ってるという、いま放送したら抗議殺到のキャラクターでしょう。
でも彼がとりあえずダメだと怒鳴ることで、取り上げられる問題の本質が見えてくるのです。貫太郎がいるから、彼に立ち向かうキャラクターが輝きます。愛ある悪役であり、なるほど、親父というのはこういう機能を持つのかと感心してしまうことでしょう。そしてもちろん、負けるところはきれいに負けてみせ、ぶすっとする貫太郎のまわりでみんなが笑いさざめくのです。
向田邦子が夢見たのかもしれない、荒っぽくも楽しい家庭の物語。読みながら幸せな気分になれること請け合いです。
直木賞受賞作を含む、絶品短編集『思い出トランプ』
向田邦子が1980年に直木賞を受賞したことはすでに書きましたが、それは3つの、ごく短い、ショートショートと言ってもいい長さの短編に贈られたものでした。これはかなり珍しいことです。その3作品を含む13編を収録したのが本作『思い出トランプ』です。思い出トランプという作品はなく、13編という数から全体をトランプに例えたもの。タイトルの巧さにも感心させられます。
- 著者
- 向田 邦子
- 出版日
ここでは冒頭にある「かわうそ」を紹介してみましょう。これは読んでいて寒気が止まらないほど、恐ろしい小説です。中年男の宅次の妻厚子。宅次は厚子を、夏蜜柑のような女、明るくて屈託がなくていたずら好き、どこまでも陽性の女だと愛してきました。
しかし、ある時脳溢血で倒れ、寝たまま妻のことを思い出しているうち、自分が時々厚子に恐ろしさを感じてきたことを思い出すのです。宅次の父の葬式の時も、近所の火事の時も、涙を流したり隣に知らせたりしながら、どこか厚子は楽しくて仕方なさそうだった、と。そして二人の長女は急性肺炎で死んでいるのですが、この時も厚子は子どもをすぐ病院に連れて行かなかったとわかり、宅次は背筋が寒くなります。きっと厚子はその時も、なんとなく自分の楽しみに従っただけなんだろうと……。
かわうそは、食べるためでなくただ獲物を取る楽しみのために魚を殺し、それを目の前に並べる性質を持つそうです。厚子はそれじゃないかと考え至る宅次。それなのに同時に、どこまでも悪意のない、無邪気な人間でもあるのです。思い詰めた宅次はとうとう衝動的に包丁を持ち、厚子に近づくのですが……。結末はぜひ本でどうぞ。
そこらへんの悪女なんか目じゃないほど、このごく短い物語に出てくる厚子は怖いです。一人の人間の中に、得体の知れない重層的なもの、それも目を向けてはいけないようなものが詰まっている恐ろしさ。しかも厚子は、そこらへんにいそうな女性でもあるのです。向田の透徹した人間観察眼は、とうとうこんな深くて底知れないところまで行ってしまいました。これは直木賞審査員も賞をあげてしまうだろうと、思わずうなずきたくなります。
他の12編についても、一筋縄ではいかない人間の暗部が多くを語り過ぎない文章で書かれていきます。向田の凄さと奥深さを知りたいなら、避けては通れない1冊といえるでしょう。