最大の被害者(?)金田一京助が語る石川啄木
金田一京助は、アイヌ語研究や辞書編纂で有名な言語学者。横溝正史の名探偵金田一耕助という名前の元ネタでもある人物です。そして何よりも、石川啄木をひたすら援助し続けた親友としても知られています。そんな金田一が語る啄木とはどんな人物なのかと思って本書を開くと、最初から強烈な印象を受けることでしょう。
- 著者
- 金田一 京助
- 出版日
「君と別れて二十有三年、図らずも今、身辺の繋累を伊豆の山に隔て、相模灘の初日影に心の雲を払い、遥かに都門の客を謝してひたぶるに君を偲ぶ(中略)幾度か声を放って空林に泣きまろび、幾度か声をのんで暁の枕をうるおし、啼泣嗚咽、三日三夜、ただただ君を思いつづける」(『新編 石川啄木』より引用)
金田一よ、啄木のことがそんなに好きだったのか……という印象を思わず受けてしまいました。単身上京して下宿に転がり込んだものの家賃が払えない啄木のため、蔵書を売り払ってまで金を作ったという金田一。それでも啄木は金を無心し続けるのです。そして言われるがままお金を貸した挙句には「めめしい男だ」と日記で悪口を書かれます。それでも金田一は啄木の才能を信じていたのでしょう。
金田一と啄木はお互いの仕事にどのような影響を与えあっていたのかといったことも読み取れる、啄木の実像に迫れる1冊となっていますよ。
「ローマ字日記」は啄木の傑作?
日本文学研究者であるドナルド・キーンが90歳を越えてなお執念を燃やし続け、とうとう完成させた石川啄木の本格的評伝『石川啄木』。本書の特長は、評伝の中心にローマ字日記を置いている点にあります。この日記の文学的価値は高く、これこそが啄木の傑作だとキーンは言うのです。果たしてそれは、本当なのでしょうか。
- 著者
- ドナルド キーン
- 出版日
- 2016-02-26
キーンは、日本独自の文学形式である日記文学に深い関心を寄せてきた人物です。そんな彼から見ると、啄木は日記文学の中で重要な位置にいる人物なのです。たしかに全てが包み隠さず書かれる啄木の日記には真実という、傑作に欠かせない要素を含むこととなります。さらには啄木の文学には現代人にも通じるものがあるともいいます。
本作は、一読の価値があるスリリングな評伝です。また出版後にキーンはインタビューの中で、もし啄木がお金を借りに来たらあなたはどうしますか?と聞かれ、「たぶん貸しただろう」と答えているのです。お金を貸し続けた金田一京助など多くの人を惹きつける歌人といえるでしょう。
石川啄木は、やっぱり凄かった
最後はやはり、啄木本人の本を取り上げなくてはいけないでしょう。出版社はいくつかありますが、今回は歌集「一握の砂」と、今なお示唆に富む「時代閉塞の現状」を一気に楽しめる、宝島社による『一握の砂・時代閉塞の現状』をおすすめしたいと思います。
- 著者
- 石川啄木
- 出版日
- 2008-11-05
ここまで紹介した本から啄木の実像を知った上で短歌を読めば、その正直さには脱帽してしまうことでしょう。たとえば、女遊びのことも書いてあります。
「死にたくはないかと言へば これ見よと 咽喉の痍を見せし女かな」(「一握の砂」より引用)
(※意味:死にたくはないかと言ったら、これを見てと 喉の傷跡を見せてくれた女よ)
あるいは、借金をしたあとの暗い感情も書いてあります。
「一度でも我に頭を下げさせし 人みな死ねと いのりてしこと」(同書より引用)
(※意味:一度でも自分に頭を下げさせた人は、みんな死なないかと祈ったりした)
また自分がダメ男であることも自覚した歌もあるほどです。
「非凡なる人のごとくにふるまへる 後のさびしさは 何にかたぐへむ」(同書より引用)
(※意味:自分が非凡な人間であるみたいに振る舞った、その後のさびしさを何にたとえよう)
自分が凡人なのに大きく見せようとしてしまう見栄っ張りであること、そのことをいつも後悔していることがわずか33音の中に歌い込まれているのです。やっぱり凄いですね。
この歌集を通して読むと、石川啄木はけっして、日記に書いた本当の自分を短歌では隠していたわけではないことがわかります。泣き虫で落ち込みやすい自分、プライドが高い自分、鬼畜な遊び好きの自分、妻を愛しながら家に帰りたくない自分……。矛盾するいくつもの自分を抱え、その矛盾そのものを歌っているのです。
ここまで読み込めば、キーンの言っていたことは正しかったと感じられるでしょう。啄木の偉大さは、その現代性にあります。現代の私たちと同じように、複数の自分を複雑に抱え込み、その葛藤に悩む人だったのです。本書でぜひその凄みに触れてみてくださいね。
また大逆事件後に書かれた「時代閉塞の時代」についても本書に収録されていますので、ぜひそちらも読んでみてくださいね。