実は親しみやすい人物であった、埴谷雄高とは?
埴谷雄高は、1909年生まれの小説家です。若い頃はアナーキズムに熱中し、マルクス主義を信奉していました。今では物珍しく聞こえるかもしれませんが、当時の文学青年には珍しくないコースでした。1932年に思想犯として逮捕されますが、この時に獄中でドストエフスキーを読み衝撃を受けます。
その後、埴谷雄高は終戦直後に雑誌「近代文学」の創刊メンバーとなります。同書は、戦後文学のはじまりを告げる歴史上重要な雑誌とされていますが、メンバーは評論家ばかりでした。その中でほぼ唯一、創作として輝きを放ったのが、創刊号に掲載された埴谷の『死霊』だったのです。『死霊』はその後、40年に渡って断続的に書き続けられることになります。
埴谷は非常に寡作なせいもあって、長いこと「謎だらけの気難しい小説家」「観念で生きてる超俗の人」という伝説めいたイメージを持たれてきましたが、実物の埴谷は面白くて気さくなオジサンだった、といいます。生活のため下宿屋をやったり、物凄いおしゃべりだったり、坊っちゃん気質で奥さんや近所の人に頭が上がらなかったり、株に詳しかったり、プロ野球好きだったり……。その人柄を慕って、表立った活動はあまりしないのに、多くの文学者が彼のもとを訪れました。
しかしやはり埴谷の本質は、自らの理念を小説の形で残すことに人生の全てを捧げた、凄まじい情熱の作家というものでした。彼は1997年、脳梗塞で死去。生涯を賭けた小説『死霊』は、ついに未完に終わったのです。
容易には登れない、険しい高峰『死霊』
では、代表作『死霊』からご紹介しましょう。まず言わなくてはいけないのは、本作を読み通すのは生半可なことではないということです。多くの人が「わからない」「進まない」と言い続けてきた超難解小説。簡単に、ぜひ読んでみてくださいおすすめです、とは言い難い作品です。
物語は三輪家の4兄弟が、会ってはとにかく議論をするというものです。4兄弟にはそれぞれ強烈な個性があり、彼らと関わる脇役もたくさん出てきますが、その紹介にさほど意味はないでしょう。ひとりの言葉がときに数10ページに及びます。人類、宇宙、無限、死者、そういった言葉が頻出する抽象的な議論についていくのは容易ではありません。
- 著者
- 埴谷 雄高
- 出版日
- 2003-02-10
埴谷ファンからは激しく怒られるかもしれませんが、私はここで、『死霊』をどう読むべきか、思い切った言葉で語ろうと思います。『死霊』とは、生涯を費やして中二病を極めた人が書いた、超中二病小説なのです。
たとえば主人公格の三輪与志が語る「自同律の不快」という有名な観念があります。自分が自分でしかない、ということがたまらなく不快だ、という意味ですが、これ、中二病の男子女子が真剣に考えていることではないでしょうか。自分の右腕に力が封じられてればいいのに、自分が実は名家の捨て子だったらいいのに。その可能性がない世界なんて不愉快だ、ということなのです。
『死霊』は、登場人物全員が、自分が夢見るすっごい自分になれたらいいのに!と真剣に願っている小説なのです。それも章が進むにつれ、自分だけじゃない、いつか世界全体がそうなるべきだ!という考えになっていきます。そこでは人間は身体の軛を離れ、思考さえあればその通りに動ける存在になるべきだと語られます。そう、中二病風にいえば、埴谷雄高が目指す世界では願えば掌から黒い炎が出せるのです!
目指すべき理想として「虚体」という概念が出てきます。「嘗てなかったもの、また決してあり得ぬもの」とそれは語られます。「ごめん意味がわからん」と多くの研究者を悩ませてきた概念ですが、これも、「考えつく限り最高にロマンな感じの概念」のことだと考えればすっきりします。けっして目の前に現れない、追いかけるだけのものだからこそ究極の概念なんですね。それを追い続ける、というのは中二病患者にとって最高の生き方だよ、ということなのです。
どうでしょう、ちょっと興味がわきませんか?各方面から怒られそうですか、『死霊』が少しでもとっつきやすくなれば幸いです。
埴谷雄高自身が『死霊』を解説!
NHKは1995年、埴谷の超ロングインタビューを敢行し、それを編集してテレビ放映しました。なんと埴谷はその収録で70時間もしゃべったそうです。噂以上におしゃべりな人ですね。それを本にまとめた作品が『埴谷雄高・独白「死霊」の世界』です。
- 著者
- 埴谷 雄高
- 出版日
本書の中で、すべての人間が詩人にならなければ人間に真の幸福はない、と埴谷は言い切ります。またまた怒られそうですが、ここで言うところの「詩人」を、中二病患者とか夢追い人とかに言い換えてもいいかもしれません。すべての人間が中二病患者にならなければ人間に真の幸福はない……。うーん、なんとなくいいですね。人間全員がマイ設定とお気に入りの力を持つ世界、楽しそうです。
政治の話も埴谷のトークの中には出てきます。埴谷は獄中で転向させられそうになったあとも、生涯マルクス主義よりの立場を取り続けましたが、社会主義が人類を救うとは言わないのです。彼が共産党で活動した昭和初年代に、共産主義陣営が内部のスパイ疑惑でいかに悲惨な仲間割れをしていたかを知っているからです。このスパイの話は『死霊』にも出てきます。
「永久に革命し続ける」と埴谷は言いますが、それは要するに、絶対に実現しないロマンを追い続けてゆく、ということ。そういう人間が現実で力を持てるはずがありません。彼は戦後日本の現実世界では全く無力でいるかわりに、理念に生きることを選んだのです。事実、埴谷はどんな方法で稼いで食べているのかもはっきりせず、権力とも富とも無縁でした。
中二病と言いましたが、そんじょそこらの中二病ではないのです。全てを賭けた中二病です。「文学」という曖昧で果てしない夢を追った男の渾身の語り、読み応え十分です。もちろん、『死霊』の副読本としても大きな価値があります。