壁井ユカコの本領発揮、あまりにも痛々しい恋の物語
3冊目は、2006年の作品『NO CALL NO LIFE』。前2冊を読んだ方は、その小説世界のあまりの違いに驚くでしょう。こちらは壁井ユカコがデビュー時から追求し続けてきた、不安定で破滅的な少年少女の世界です。
主人公のちょっととぼけた女子高生、有海の携帯電話に、ときどき謎の留守番電話が入るようになります。小さな男の子の声で、いつあえますか?というメッセージ。その謎を追ううち、有海は学校一の問題児と言われる留年生、春川と出会うことになります。
- 著者
- 壁井 ユカコ
- 出版日
- 2009-07-25
「『好きっていうのはだね、もっとこう、どろどろぐちゃぐちゃしてて、ほら、お昼のメロドラマみたいな、不倫して離婚して再婚して元夫と不倫して姑に人でなしと罵られてみたいな』
『どろどろ?』
『そう」
神妙な顔で有海が頷くと春川はショックを受けたみたいに一瞬固まって、
『俺、昼メロは見ないからそういうのはわからない』
『じゃあ、どろどろするくらいわたしのことが好きになったらまた言いに来る
といいよ』
『うん。ごめん』」
(『NO CALL NO LIFE』より引用)
こんな会話を交わしながら、春川と有海は恋に落ちてゆきます。どろどろどころか、ともかく会うためだったら場所も手段も選ばない、全く自重のできない恋です。何もかもが思いつきで、明日につながる計画も何もなく、読んでいても、こんなの破滅しかないじゃんと誰もが思うでしょう。
親の愛というものを人生でぽっかり欠いているふたりには、全く同じような欠落があるのです。巣を作りお互いを守って暮らすというイメージがないので、ふたりでいても安定することができません。壁井ユカコの最大のテーマが、人の心の中にある欠落です。
彼女の作品に出てくる人物たちのほとんどが、何か大事なものを心から欠いているのです。多くの人物は欠落を苦しみながら埋めてゆくのですが、春川と有海は互いを補完することができないまま、刹那的な逃避行へと向かうことになります。張り詰めた空気を切り取るような丁寧な描写が、悲劇性をいやがうえにも高めていきます。
刹那的な恋の物語として高い完成度を持つこの作品、泣きたいあなたに自信を持っておすすめできる1冊です。
ホラー&ミステリー&胸キュン青春物。重層的な壁井ワールド
4冊目は、2011年の『サマーサイダー』。幼馴染の3人の少年少女の物語です。無邪気な少女、倉田ミズ、元ガキ大将の少年、恵悠、無愛想で不器用な少年、三浦誉、3人は廃校になった中学の卒業生です。恵はスポーツ進学した高校で落ちこぼれ、そして三浦はある欠陥を持ち、それをふたりに知られないように必死の振る舞いを続けています。不安定な彼らを見るミズの視線もまた、どこか頼りなく揺れています。
- 著者
- 壁井 ユカコ
- 出版日
- 2014-05-09
「三浦誉。正直なところわたしは三浦が苦手だ。(略)三浦に対してだけはうまく接することができない。こんなこと言ったら会話が途切れるんじゃないかとか、不機嫌にさせるんじゃないかとか、無駄に考え込んでしまっていちいち疲れる。
誰も見てくれないのですねたのだろう、恵が離れたところからわたしのそばにあった籠にボールを投げ込んできた。(略)三浦の機嫌を損ねるのがなんとなく嫌なのでわたしはこの阿呆めと恵を呪う。」
(『サマーサイダー』より引用)
恵はミズに子供っぽい好意を持ち、ミズは無意識レベルでひそかに三浦に惹かれている……。そんな人間関係が、この何気ない描写から伝わってきます。見事ですね。誰もはっきりとは口にしないほど淡く、だけど息が詰まるような三角関係が序盤の中心になります。
しかし、ここが壁井ユカコ作品の面白さなのですが、進むにつれ、物語はだんだん不思議な方向にねじれてきます。3人はある秘密を共有する仲でもありました。その秘密とは、3人のもと担任教師で、変死体で見つかった佐野に関すること。なんと佐野は、自分は蝉で、28歳になったら成虫になるという妄想に取り憑かれていたのです。……と、ここから先はぜひ本編で。
微妙な三角関係の話に見えて次第にサスペンス色を濃くしてゆく本作は、いろいろな真相が一気に明かされる終盤、なんとグロテスクですらあるホラーになってゆきます。淡々とした始まりから奇妙な方向に物語が転がってゆき、最後には全てが伏線になっていたことがわかる……。壁井ユカコというのは実に不思議な構成力と発想力を持った作家です。
ちなみに、ラブコメのほうもちゃんと決着をつけてくれています。ホラー&ミステリー&胸キュン青春物、1冊で3度おいしい贅沢な小説、それが『サマーサイダー』です。
完成度が高すぎる!魂の絆を描いたデビュー作
壁井ユカコのデビュー作は、電撃大賞を獲得した『キーリ 死者たちは荒野に眠る』です。1巻完結でしたが好評のため続編が書かれ、全部で9冊のシリーズものになりました。
長い戦争によって荒廃し、教会が世界の実権を握っている世界。幽霊が見えるため孤立していた少女キーリは、「不死人」と呼ばれる青年、ハーヴェイと出会います。不死人は戦争のために人工的に生み出された動く死者兵士で、終戦後は全ての責任を負わされ教会から追われていました。学校で孤立していたキーリは、ハーヴェイの旅に勝手についてゆくことにしたのですが……というのが序盤のあらすじ。
- 著者
- 壁井 ユカコ
- 出版日
いま読むと、『キーリ』には、壁井がのちに展開した要素の多くがすでに入っているのに驚かされます。淡々として醒めている主人公の造形も、日常描写から次第に非現実的な設定が露わになってゆくところも、短いエピソードが積み重ねられる構成も、全編にただよう切なさも、すでに壁井らしさ全開です。
そして主人公の相棒ハーヴェイは、壁井ユカコ作品でも1位を争うほど魅力的なキャラクター。最初はやれやれ系のやる気のない男として登場し、キーリに対しても冷たいのですが、列車で一緒に旅をし、様々な幽霊と出会い別れるうち、少しずつ心を開いてゆきます。
「想像してみろ。会う奴会う奴揃って俺を置き去りにして死んでいくんだぜ」
(『キーリ 死者たちは荒野に眠る』より引用)
死ぬことができず、命じられるまま大量の人を殺した過去を忘れることもできない心の痛みを抱えて、疲れきっている青年。そんなハーヴェイの心の中に、少しずつキーリが入り込んでゆき、ハーヴェイは「生きるということ」について考え始めるのです。人が欠落したものを取り戻してゆく物語。壁井ユカコの最大のテーマを、ハーヴェイは見事に体現しています。
生者と不死者の間に結ばれ始めた魂の絆を、薄暗い夕暮れのような世界を舞台に描いた本作品は、いまも古びない完成度を持っています。ぜひ、シリーズまとめて一気読みしていただきたいと思います。最終巻では、息が詰まるような感動が読者を待っていることでしょう。