ほろ苦いどんでん返し、安岡章太郎短編の白眉
安岡章太郎には上で紹介したデビュー作や出世作をはじめたくさんの短編小説があります。なかでも評価が高いのが『質屋の女房』。こんなお話です。
怠け者の大学生の「僕」は、外套を質に入れた金で旅行に行こうと思いたち、質屋を訪れます。そこで郭上がりの若いかわいい奥さんに会い、話をするようになります。ある日、質に入った本の整理を奥さんから頼まれた「僕」は、「不意に、うつ向いて立ってゐる彼女の躰を抱きしめてやりたくなり」彼女と関係を持ってしまいますが、夜になって家に帰ると、召集令状が「僕」を待っていたのでした。
- 著者
- 安岡 章太郎
- 出版日
- 1966-07-12
入営までの時間はまたたく間に過ぎ、明日は軍隊入りという夜に、あれきり会えなかった質屋の女房が、以前預けた外套を持って「僕」を訪ねてきます。立ち尽くす「僕」の前で、彼女は「お忘れになつたのかと思つて……」というのです。
「僕は胸の中が真つ黒くなるやうな気がした。決して忘れたわけではないにしても、彼女のことを思いやることがまつたくなかったのは、たしかだった。……しかし、僕が恥ぢらいのあまりほとんど恐怖に近い心持ちを味はうのは、まだこれからだつた。」(『質屋の女房』から引用)
さて、「僕」が、恥ずかしさのあまり恐怖に近い感情にを味わうことになったのは、いったいなぜでしょうか?ヒントは、彼女が訪ねてきたとき最初に言った言葉にあります。答えは、ぜひ本編を読んで確かめていただきたいと思います。
鮮やかでほろ苦いオチを持つ名短編。安岡文学の入門として、うってつけの作品です。
技巧を超越した枯淡のテキスト
4冊目は、安岡章太郎最後の本です。単行本未収録のエッセイや対談などを収めたこの本は、安岡の没後に出版されました。副題に、吉行淳之介のことなど、とあるように、中心になっているのは「第三の新人」と呼ばれた、同世代の文学仲間たち、吉行淳之介、遠藤周作、島尾敏雄などに関するエッセイ。
- 著者
- 安岡 章太郎
- 出版日
- 2015-12-23
とくに吉行淳之介と安岡章太郎は、ともに極貧の病気持ちで、戦後の混乱の中を虚無感を抱えてうろついていた、共通点の多い二人です。これに遠藤周作も入れた三人の友情は生涯続きました。吉行淳之介の『私の東京物語』『贋食物誌』や遠藤周作の『ぐうたら交遊録』、それに安岡章太郎の『良友・悪友』など、いろいろな本に当人たちがそれぞれ自分の立場から書いた交友エピソードがたくさん残っていて、読み比べると非常に面白いのですが、この『文士の友情』には、安岡に吉行淳之介がふと話した村上春樹評などというものも出てきます。安岡章太郎も吉行淳之介も、村上春樹をちゃんと読んでいたことがわかって興味深いものがあります。
「吉行は言った。
『まず村上春樹、さしあたりあの男が昭和初期の龍胆寺雄さ』
なるほど、そう言われてみると、村上春樹は平成の龍胆寺雄かもしれない。題材やコトバの目新しさに工夫をこらし、それをセーリング・ポイントに読者を大量に掴むところなどは、たしかに似ているし、また村上氏が空っぽの井戸の底に一人でもぐって空を見上げながら、歴史に想いをいたすなどと言い出すところなんかは龍胆寺氏の小説に通じ合う要素がある。」(『文士の友情』より引用)
晩年の安岡の文章は昔のような凝った部分が消え、どこまでも平明で読みやすい、水のようなテキストになっていました。一見何気ないようで、膨大な蓄積を感じさせる文章です。『文士の友情』を紹介したのは、皆さんにぜひ、この洗練を超えて当たり前にしか見えなくなったテキストを読んでみて頂きたいからです。
「友達が死んで淋しくなるのは、吉行に限らず、三月、半年とたって、その死を全く忘れた頃、青空の下で川べりのすすきの原でも眺めながら歩いているようなとき、突如として思い浮かんでくるのではあるまいか。」
(『文士の友情』より引用)
大げさな表現も慟哭の身振りもなにもありません。枯淡、という言葉はこの本にこそふさわしいでしょう。
下から目線を貫いた安岡章太郎的昭和史
『僕の昭和史』は、安岡の自叙伝ですが、同時に、安岡を巻き込んで滔々と流れていく時代の、その時々の雰囲気が的確に書かれている、私的昭和史でもあります。たとえば、敗戦の玉音放送の瞬間を描いたこの場面。
「初めて聞く天皇の声は、雑音だらけで聴き取り難かった。それが終戦を告げていることだけはわかったが、まわりの連中はイラ立っていた。突然、僕の背中の方で赤ん坊の泣き声がきこえ……(中略)……
母親は赤ん坊を抱えて電車に乗った。僕も、それにならった。母親は、白いブラウスの胸をひらいて赤ん坊に乳房をふくませたが、乳の出が悪いのか、赤ん坊は泣き続けた。その声は、ガランとした電車の内部に反響して先刻よりもっと大きく聞こえた。
―――もっと泣け、うんと泣け。僕は、明け放った車窓から吹き込んでくる風に、汗に濡れた首筋や両頬を撫でられるのを感じながら、心の中でさけんでいた。」(『僕の昭和史』より引用)
- 著者
- 安岡 章太郎
- 出版日
通りいっぺんの歴史書では到底伝えられないリアリティと詩情があります。安岡の書くことはどこまでも私的かつ具体的で、理念や観念に少しも惑わされず、その時代の匂いのようなものを的確に捉えてゆくのです。
無理やり軍隊に入れられ、さんざん殴られたあげく結核になり除隊させられた若い日の安岡。しかし安岡がいなくなったあと、その部隊はレイテ島で全滅します。安岡は、自分だけ生き残ってしまった、という罪悪感と虚無感を抱えて、戦後の混沌の中をさまようことになります。
戦争の影。安岡の人生と文学に、ずっとそれがついて回っていること、安岡の世代の人間たちはみなそうであることを、この本は生々しく伝えてきます。安岡文学の集大成であると同時に、昭和という時代を具体的に伝える貴重な証言である『僕の昭和史』。なにより、大冊ですが卓越した文章力ですらすらと読めます。昭和という時代をもっと知りたい方に、ぜひオススメしたい1冊です。