お腹も心も満たしてくれる、せつない兄の愛
両親が海外におり、ひとり暮らしをしている大学生の藤村ゆきなのところに、2年ぶりに兄の禎文がやってきます。地味で1人で過ごすことが好きなゆきなに対し、禎文は本好き、料理好き、女の子大好きのイケメン。対照的な兄妹2人の生活が始まります。実は禎文は、ある思いを秘めて戻ってきたのでした。
- 著者
- 橋本 紡
- 出版日
- 2011-02-18
妹思いの禎文が、とにかく素敵です。「勝手に部屋に入るな」と言いつつもゆきなが蔵書を持ち出して読むのを許し、「腹減らないか?」と誘っては美味しい手料理を食べさせます。兄妹は本の内容について、また料理について語り合いますが、じゃれあいのようなその掛け合いがまた微笑ましいのです。
頭の回転が速く、ふざけているのかと思うほど軽やかな禎文に対し、ゆきなは慎重です。読み進めるうちに、その性格には藤村一家に起きたふたつの出来事が影響しているということがわかってきます。そんなゆきなに、禎文は料理や本、おしゃべりを通じ、大切なことを教えていくのです。作るたびにいつも味が違う禎文式トマトスパゲティと同じく、世界は曖昧で定かではないけれど、それでも構わないと思えるように。
手抜きクロックマダム、変則の中華丼、フォーのような煮麺、家庭でもできるローストチキン……禎文の作る料理はどれも一味違った工夫がされていて美味しそうです。禎文のセリフの形でレシピも説明されているので、作ってみたくなります。そして、イケメンの兄に美味しいものを食べさせてもらえるゆきなが羨ましくなります。
『九つの、物語』はタイトル通り9つの章からなり、章題はその時ゆきなが読んでいる本の題名になっています。泉鏡花や太宰治からサリンジャーまで,あたかも名作案内のようです。誰もが名前は聞いたことはあるであろう作家ばかりなので、読んだことがない方は手にとってみたくなるでしょう。
物語が進むにつれ、ゆきなの恋愛模様なども明らかになっていき、家族小説としてだけでなく、恋愛小説としても楽しむことができます。サラサラと読める語り口ながら心に残るのは、人生への深い考察があるからです。料理の創作意欲、食欲、読書欲などが刺激され、どんな立場の人でも楽しめる盛り沢山な1冊となっています。
人生の逆転劇を描いたおすすめ家族小説!
新卒で入社した会社を3ヶ月で辞めてしまった武誠治は、25歳を目前にアルバイトを転々とする生活を送っています。父親とは折り合いが悪く、自己主張しない優しい母親に甘えるだらけきった生活です。しかし、母親が長年にわたる近所との軋轢から重度のうつ病を発症。誠治は一念発起して就職活動をはじめることになります。
- 著者
- 有川 浩
- 出版日
- 2012-08-02
母親の面倒をみながらの就職活動を通じ、誠治は今まで知ろうとしなかった家族の姿を直視せざるを得なくなります。高圧的な父親の内面の弱さ。気弱なだけだと思っていた母が、実は家族を守っていたこと。強気な姉は子どもの頃から母の窮地に気付いて手を回していたこと。
……そして就職し、社長や同僚、部下と関わりあううちに、誠治の心の目は更に開かされていきます。誠治と家族、社会との関係は連動しながら徐々に軌道に乗り始めるのです。
あとがきによると、作者自身も新卒では内定がとれず、アルバイトや派遣社員を数年経験しているそうです。そのため、この小説には実用的な部分もあります。特に、誠治の父が教える履歴書の書き方、不利な状況での面接の受け答えの仕方などは非常に説得力があり、読者もきっと「なるほど」と納得することでしょう。
昼夜逆転のフリーター、重度の精神疾患を患う母親、精神的な病への理解がない父親など、かなり深刻な問題を扱っていますが、軽妙なリズムの文章で一気に読めてしまいます。また、物語後半では色恋に疎い誠治と不器用な後輩真奈美との一向に進まない関係にもハラハラ。番外編の「傍観する元フリーター」ではその後の二人の様子も描かれており、読者を飽きさせません。
「人生はどこからでもやり直せる」。作者のそんな力強いメッセージを感じ、明るい気持ちになれる作品です。
家族それぞれの問題、それぞれの答え
新婚にして帰宅恐怖症の夫、夫は仕事ができないと気付いた妻の奮闘、両親の離婚問題に悩む姉弟、札幌出身の夫と名古屋出身の妻のお盆休みの里帰り。……さまざまな問題を抱えた家族を描く6編の短編集です。
中でも深い一編「夫とUFO」をご紹介しましょう。
専業主婦の美奈子に、夫が突然「UFOに見守られている」と言い出します。調べてみると、社内で派閥の隙間にいる夫はいいように使われ精神的におかしくなっているようです。自分なりに病気について調べ、対応を考える美奈子。最後に彼女がとった夫救出策とは?
- 著者
- 奥田 英朗
- 出版日
- 2011-07-05
奥田英朗といえば映像化された『オリンピックの身代金』や『ナオミとカナコ』などシリアスなサスペンスを思い浮かべる方も多いことでしょう。一方で、無責任な言動ばかりなのに結果的には患者を治してしまう面白い医師、伊良部を描いたシリーズも人気です。
この短編集は、シリアスと軽妙の中間で、私たちのすぐそばにある問題に分け入っていきます。例えば「夫とUFO」でも、夫が交信するのは「エムエム星雲のコピー星人」など、読者としては思わずクスリとしてしまう部分がたくさんあるのです。しかし最後に美奈子がとる決死の行動には「そんなバカな」とツッコミつつも、ちょっぴりホロリとさせられてしまいます。深刻な問題をユーモアを交えて描き、閉塞感を和らげることができるのは奥田英朗ならではです。
家族の問題というのは、数学のようにスッキリと解決することは難しいものです。夫婦仲が悪いといっても、離婚することでスッキリと幸せになるふたりもいれば、互いの感情を摺り合わせ、時間をかけて落ち着いていくふたりもいるでしょう。この短編集の登場人物たちが直面する問題も一筋縄ではいかないものばかり。でも、お先真っ暗なのかといえば、そういうわけではありません。「正面から乗り越えられないなら、横から抜けていってもいい」。読むうちにそう気付かされ、気持ちが少し楽になる短編集です。