人間の孤独を描く心理学者、ダニエル・キイス
ダニエル・キイスは、ニューヨーク州ブルックリンカレッジで心理学を学びました。その後英米文学の修士課程を修め、「マーヴェル・サイエンス・ストーリーズ」や「アトラス・コミック」の編集者を経て、1959年に『アルジャーノンに花束を』を発表しました。
同じく彼の代表作として名高い『24人のビリー・ミリガン』は、1977年に起きた強盗・強姦殺人事件を、容疑者本人からインタビューしたものをまとめたノンフィクションです。本作は、小説のような文体で、同殺人事件から着想を得たフィクションと捉えられることもあるようですが、犯人のミリガン本人が、ダニエル・キイスに「『アルジャーノンに花束を』のように、自分の独白というような形で書いて欲しい」と、自ら依頼したという逸話があります。
その他、コミック原作者として活動したり、ウェイン州立大学で教鞭を取り、創作の後裔を育てるなど、幅広く活動した作家です。アメリカで2000年に名誉勲章を受賞。2014年に自宅で逝去しました。
日本でドラマ化もされた名著『アルジャーノンに花束を』
大人になっても幼児の知能しか持たないチャーリーは、ストラウス博士の勧めにより、IQ向上手術を受けます。本作は、チャーリーの経過報告書として章を進めていきます。チャーリーの知能の成長に伴い、経過報告書は複雑に……。その知能の高さから驕慢な文章を書くようにもなっていきますが、実験は一過性の効果しか持たず、チャーリーの知能は再び退行し、経過報告書は、小説序盤のように再び稚拙に、無垢になっていきます。
- 著者
- ダニエル キイス
- 出版日
70にも満たなかったチャーリーのIQが180超にまで昇り、初めは本人もストラウス博士も純粋に喜びます。しかし徐々にチャーリーは他者を見下し傲慢に振る舞うようになります。
博士に指示されていた経過報告書の提出を怠ったり、恋人をバカにしたり……。「僕はレベルが高すぎて、周りの人間を引かせてしまうんだ」IQピーク時のチャーリーは、そういう事も平気で言いそうな人間になっています。手術後間もなくは「僕の友だちはみんな頭が良い」と言っていたのに、「ともすれば彼らを見下すといった傾向を警戒せねばならぬ」と、天才としての傲慢さまで育てていきます。
知能が向上するにつれて、経過報告書は衒学的に、そして難解になっていき、当初の幼児が日記を書いているような微笑ましさが無くなっていくので、チャーリーに対する親近感が薄れていきます。チャーリーもひとりの大人、それも優秀な大人としての新たな視点を獲得するので、自分の周りの大人に寄せていた信頼が薄れ、冷静な目で他人を評価するようになります。
チャーリーは周囲の大人を警戒し、また周囲の大人もチャーリーを警戒し、ストーリーの緊張感が増していきます。チャーリーが無知であったからこそ、チャーリーを愛し、チャーリーもまた周囲を愛していた、その均衡が実験によって崩されていってしまうのです。
「どうしてまたバカになてしまったかわからない。きっとぼくがいっしょうけんめやらなかったからだ」(『アルジャーノンに花束を』から引用)
IQピーク時には、世間に対して斜に構えた憎たらしさがあったのに、一生懸命やらなかった、と振り返る彼の姿が健気です。読後は、チャーリーへの同情と、元の愛らしいチャーリーに戻ったことへの安堵に、なんだか複雑な気持ちになる作品です。
多重人格に心を痛める繊細な少女『五番目のサリー』
『五番目のサリー』はダニエル・キイス2作目の小説です。『24人のビリー・ミリガン』も、乖離性人格障害者の話とご紹介しましたが、『五番目のサリー』も乖離性人格障害者の人物を描いたノンフィクションで、『24人のビリー・ミリガン』より前の作品です。
- 著者
- ダニエル キイス
- 出版日
『五番目のサリー』は5人の人格に翻弄され、生活をうまく営めないサリーの悲哀が描かれています。しかし、ビリーミリガンがそうであったように、多重人格というのは、決して本人を困らせるために生まれた病気ではないんですよね。多重人格者の大半は、幼少期に虐待などのなんらかのトラウマがあって、本人が本人を守るために、他人格が生まれるといいます。
そして、サリーも他人格を否定することが出来ないため、彼らとどう接していくか、その苦悩が描かれています。ダニエル・キイスは、そのサリーを優しく見つめる保護者のようです。知識人のノラ、歌とダンスが好きなベラ、陽気で人あしらいの上手なデリー、そして憎悪だけの存在ジンクス。
『24人のビリー・ミリガン』もそうですが、多重人格者が主人公の小説は、登場人物が少ないのに、ストーリーに深みがあります。小説なら、各人に割り当てられそうな能力や思想が、ひとりに集結しているからでしょうか。
どの人格も、決してサリーを傷つけようとはしないのですが、サリーが思い悩み傷付きながら、なんとか生きようとする健気な姿が表されています。ダニエル・キイスの他作品のなかで、対象年齢が低く設定されているのか、おとぎ話のような語り口になっています。『オズの魔法使い』へのオマージュと思われるところもあり、人格を統合するまでの「サリーの自分探し」といった作品です。