ひとりの青年をめぐる各国の思惑
冷戦時代のスパイ活動について書き続けたきたジョン・ル・カレですが、『誰よりも狙われた男』ではいまだに記憶に新しい9・11にまつわる事件が描かれています。2014年にフィリップ・シーモア・ホフマン主演で映画化され、彼の遺作映画として話題になりました。
ドイツのハンブルクにイッサ・カルポフというイスラム系の青年が密入国してくることにより、彼の周りで起こる多くの人間たちの画策が展開されるストーリーです。女性弁護士のアナベルは銀行家のトミー・ブルーにこの青年を助けるように依頼してきます。イッサの父親は赤軍の大佐でブルーの銀行に多額の資産を預けていたのです。
ですがそれが汚い金だとわかりイッサは苦悩します。一方で、ドイツ連邦憲法擁護庁に務める外資買収課課長のギュンター・バッハマンはテロリストの容疑がかけられているイッサを追いはじめたのでした。
- 著者
- ジョン・ル・カレ
- 出版日
- 2014-09-10
ジョン・ル・カレの本作ではイスラム系の青年をめぐる諜報機関の思惑がうごめいています。世間は9・11事件で騒然としており、イスラム系に対する偏見の目がめまぐるしい時代です。そんな中で、本国ドイツだけでなくアメリカのCIAやイギリスの諜報機関が圧力をかけながら自国の利益のために動きます。何も知らない無垢な青年が汚い思惑に振り回されるストーリーになっています。
イッサ・カルポフの物語と同時進行で、アメリカやイギリスよりも早くイッサと接触したいギュンター・バッハマンの苦労も書かれています。現在のドイツでは敗戦の歴史も相まって、他の諜報機関に比べて立場は微妙です。さらにネットに頼らない古い気質のバッハマンにとってやり憎い時代となっています。それでも多くのコネや知恵を使って目的に近づいていくバッハマンの姿が魅力的な作品です。
復讐心により転身したスパイ
ジョン・ル・カレの『ナイト・マネジャー』では、復讐に燃える男が諜報組織に巻きこまれる様子が描かれています。2016年にはイギリスでテレビドラマ化されました。
主人公はスイスの名門ホテルで夜間の最高責任者を任されているジョナサン・パインです。彼はホテルに迎え入れた客を見て愕然としました。愛した女性を死に追いやった武器商人のリチャード・ローパーだったからです。イギリスの国際執行機関はジョナサンの存在を知り、リチャード・ローパーと組織を打ち倒すべく、彼をリクルートするのでした。
- 著者
- ["ジョン ル・カレ", "John le Carré"]
- 出版日
- 2016-01-15
本作は因縁を持つ男がスパイとなって武器商人と対決する様子が書かれています。主人公のジョナサンはスパイとなってリチャードの組織に潜入するのですが、ボスの信頼を勝ち得たものの他の幹部に疑われたりと、緊迫した状況が続きます。エンターテイメント性の高い作品です。
内部での裏切りや騙し合いを描くことの多いジョン・ル・カレですが、諜報機関は主人公のジョナサンを全面的にサーポートしてくれます。また諜報機関が善として書かれおり、悪である武器密売組織との対決の構図は非常にわかりやすく、読みやすい内容に仕上がった作品となっています。
ジョン・ル・カレの作品をお得に読む
陰謀に妻を殺された男の無念
『ナイロビの蜂』は企業の陰謀を物語の主軸に置きながら性格の正反対な夫婦を映しだす物語です。2005年にはレイフ・ファインズ主演で映画化されています。
イギリス人外交官のジャスティン・クエイルは駐在先のナイロビで弁護士のテッサと暮らしていました。ある日、テッサが殺されてしまいます。死ぬ前にテッサが製薬会社スリービーズの不正を暴こうとしていたことを知ったレイフは妻の意思を引き継ごうとするのでした。
- 著者
- ジョン ル・カレ
- 出版日
本書の主人公レイフはとても寡黙な性格で、唯一の趣味がガーデニングという男です。ことなかれ主義で、妻が何かをしようとしていると知っていても、何もしないでいました。そのせいでテッサを死に追いやったことを知ったレイフははじめて自分から動こうとします。自分の過ちによって取り返しのつかない事態を招いた男の後悔に道が物哀しいストーリーです。
妻のテッサは活発で、常に同じ男と行動していることで浮気の噂が持ち上がります。レイフは得意なことなかれ主義で、テッサの行動に口を出すことはありませんでした。しかし妻の死の真相を探っていくうちにある真実を知ります。それはテッサがレイフの外交官としての立場が悪くなることを危惧して、企業の悪事に関わる告発に巻きこまないように、活動の内容をあえて隠していたこと。そんな優しさを知ったときには手遅れになっているという現実を皮肉ったようなストーリーが読むものの心を揺さぶるジョン・ル・カレの作品です。