小林多喜二入門におすすめの1冊「防雪林」
「防雪林」は小林の初期作品です。「不在地主」と同じく北海道の農村地が舞台となっています。その土地に暮らす一家の日常を描いた形なので、他の作品よりも圧倒的に読みやすくなっているのも特徴の一つです。苦しい状況下でも、強くたくましく生きる主人公源吉は、芯があり、少し暴力的な面もあるけれど、優しさも兼ね備えた魅力のある男として描かれています。
川で魚を獲ることが禁止されているけれど、金持ちはそれを楽しんで、たくさん食べている。そんな現状に納得のいかない源吉は、勝を連れて秋味を獲りに行きます。躍動感溢れる描写でいきいきとしているのですが、棍棒で秋味を仕留める姿がとても猟奇的で、恐ろしさすら漂います。
もし役人に見つかればただでは済まない、そう思い、勝はビクついていますが、源吉はものともしません。もし出会ったら棍棒でやっつけると言うのです。勝は、源吉なら本当にやってしまうだろうと、余計にビクビクしてしまいます。
何事もなく、無事に家まで帰ってくると、勝は力が抜けて助かったと安堵します。すると、源吉は1年ぶりだべ、お母ば喜ばせてやれと、秋味を渡し、朝になったら川岸の家まで1匹ずつ配れ、と村の人たちに配ることを提案します。魚を獲っていた時とは一変して、優しさが溢れている源吉の姿に困惑しながらも、分け合うのが当たり前の事だと力強く言う姿は、男らしさを感じ、魅力的に見えます。
- 著者
- 小林 多喜二
- 出版日
- 2010-04-17
そういった日常が語られながらも、過酷な農民の生活も描かれていきます。そんな中、妹のお文が札幌に逃げて行ってしまうのです。心配した小学校の校長が源吉たちの家に訪れ、札幌に居た時の話をしてくれます。その話の中で、勝が工場で働くことになったことを源吉は知らされますが、そんなもんかと諦めに似た調子で言います。ここでの校長の言葉が印象的です。
「人間をいかしてやるも、やらないも意のまゝに出來るのは、お百姓と職工だけなんだよ。面白いだらう。(略)ところがねえ、源吉君、その百姓と職工さんが一番貧乏して、一番薄汚くて、一番人に馬鹿にされて、一番働かされてるから、愉快だよ。」
(『防雪林』より引用)
食物という人が生きるために必要不可欠な物を作っている、作らなければ誰もが困ってしまう、当然のことです。それなのに、蔑まれ、貧しいという現状。本作の1番のメッセージでしょう。
働きすぎというほど働いているのに貧しいのは、単純に働きが足りないからだと地主は言い、そんなのは大嘘だと校長は笑うのです。ここでも仕組みが出てきます。それは現場で必死に働いていても豊かにはならず、何もしない不在地主がどんどん裕福になっていくという仕組みなのです。源吉の心に火が燻り始める瞬間でもあり、本作の中でも重要なシーンになっています。
源吉の思考も描かれた本作は、そのまま小林多喜二の胸中ともリンクしているように思え、初期作品ならではの色を持っています。そういった部分に触れられるのも本作の魅力と言えるでしょう。本当に読みやすいので、小林多喜二作品の読み初めにおすすめの1冊です。
まるで手記のようなリアリティ。地下活動を描いた名作「党生活者」
「党生活者」は小林多喜二が実際に地下活動をしていた時に書かれた、地下活動を題材にした作品です。工場で働きながら共産党員として地下活動をしている「私」が主人公なので、主人公と小林が同一人物のように感じられ、まるで手記のようなリアリティが漂っています。
仲間との情報交換のため、日に何度も外出するので、付近から怪しまれてしまいます。そうなると身分を隠すために引っ越しを余儀なくされてしまうのです。ある時「私」の同志、須山からメンバーのヒゲと連絡が取れなくなったと聞かされます。
彼等の目的は、過酷な労働を強制されながらも、いつ首になるかも分からない状況を打開するため、労働者を団結させることなのです。そのための宣伝を警察の目を盗みながら行っていきます。
- 著者
- 小林 多喜二
- 出版日
- 2010-05-15
あるとき大量の首切りを行うとの情報が入ってきます。いつ首になるかも分からないというのは、近年の派遣切りと似ているように感じませんか?現代とリンクさせながら読むことで、より深い理解が得られるはずです。
仲間を増やしていた「私」達は、ストライキを決起します。成功したかに思えたストライキでしたが、首切りは予定を早め、慣行されてしまいます。そして、その中に「私」を含めた同志の名前も入っていたのです。
嬉しさの頂点から奈落の底へ突き落されるような出来事に、すっかり打ちひしがれてしまいます。当然です。こんな仕打ちあんまりだと、悲しむのが普通でしょう。しかし、彼らはここで、この失敗した経験を活かさなければいけない、と再び立ち上がるのです。その強さは見ていて熱くなるもので、心が掴まれる力強さがあります。
本作も搾取される労働者が取り上げられています。信念を持って、諦めないで戦う姿は感慨深いものがあり、労働について考えさせられるのです。最後に書かれた「私」の意気込みは、当時の逼迫した状況、そして労働者への力強いメッセージとして受けられ、とても魅力的な1文なのでご紹介させていただきます。
「彼奴らは『先手』を打って 私たちの仕事を滅茶滅茶にし得たとしんじているだろう
だが実は外ならぬ自分の手で、私たちの組織の胞子を吹き拡げたことをご存知ないのだ!」
(『党生活者』より引用)
三・一五事件がモデル。小林多喜二の死の引き金になった作品『一九二八年三月十五日・東倶知安行』
『一九二八年三月十五日』は1928年3月15日に起こった三・一五事件を題材にした作品です。日本共産党、労働農民党に対して政府が行った、大弾圧事件ですが、関係者1500人以上が検挙されたそうです。反体制活動の取り締まりのために設置された特別高等警察という組織が出てきます。主に社会主義運動の取り締まりをしていて、その過剰で拷問とも言える取り調べが、色々な資料に残された組織でもあるのです。
実際に検挙され、拷問を受けた小林の怒りが込められた作品になっているようで、その過激な拷問描写から、特別高等警察に目を付けられるきっかけになった1作としても有名です。伏せ字や消されている部分が多く、完全に読めない所もあるのですが、読んでいくうちに、きっとここの伏せ字は〇〇だろうな、と想像できる内容になっているので、意味がわからなくなる心配はありません。驚くことに、この過激すぎる作品が小林多喜二のデビュー作です。
- 著者
- 小林 多喜二
- 出版日
活動家の妻、活動家の面々、警察と様々な視点で書かれているので、この事件に苦しみ、悲しんだ人たちの想いが濃密に込められています。突然警察によって夫を連行された妻の気持ちは想像を絶するものです。実際に読んで、その重みを感じて頂きたいと思います。本作には言葉にならないほどの想いが詰まっているのです。
そして、問題の拷問描写は伏せ字のオンパレードです。ほとんど何が行われているのか分からない部分も少なくありません。その中でも、伏せ字が少なく、かつその異常性が伝わりそうな一文をご紹介します。
「取り調べは××の氣狂ひじみた方法で、こゝには書き切れない(それだけで一冊の本となすかも知れない)色々な惨虐な裨話(「裨話」はママ)を作って、ドシ〵〳進んで行つた。」
(「一九二八年三月十五日」より引用)
××には、おそらく特高(特別高等警察)が入ると想像できそうです。しかしどうでしょう、ここには書き切れない、その内容だけで本が書けるとまで言っています。いったいどれほどの気狂いじみた拷問だったのか、手の平に力一杯何かをされたとか、指に何かされたとか、一時的な痴呆状態になるほどの拷問だという描写はありますが、それ以上の、書くことができない拷問があったことが、この1文から伝わるのです。小林多喜二の深い怒りが感じられる作品です。