日本生まれのイギリス人作家、カズオ・イシグロ。ブッカー賞を受賞するなど、作品数は多くはないものの注目を浴びている日系イギリス人作家です。イギリスと日本の文化を背景に持つ作家の独特な雰囲気に触れてみませんか。

2017年にはノーベル文学賞を受賞しました。
本作は、大きな山場があったり、ジェットコースターのような緩急のある話ではないものの、不思議と惹きこまれていく魅力があります。殺人事件の犯人のように衝撃的な謎ではなく、誰もが持ちうる「些細な日常のズレ」のような謎が、不思議と私たちを魅了するのです。どこにでもいるような人物が主人公になっているわけではないものの、世界中を探してみればどこかにいるのかもしれない、と思わせるような登場人物たちの姿も魅力です。
- 著者
- カズオ イシグロ
- 出版日
- 2011-02-04
「少なくともおれたちは信念に従って行動し、全力を尽くして事に当たった」(『浮世の画家』より引用)
作品の主人公である小野益次は、引退した日本人画家です。彼は愛国的な画風で知られています。
物語は彼の回想録です。回想は、まずは自らの徳の高さを他人に認められたエピソードから始まり、娘の結婚の話、娘婿との間に生じた軋轢、そして自らの過去の修行時代や、子どもの頃の厳格な両親との軋轢の話にまで遡ります。
小野は、そのすべての体験において自分は、自らの信念を貫いてきたというふうに語ります。己の信念の肯定が、彼の精神を少なからず支えている重要な役目を負っていることは確かでしょう。彼は自尊心の強さゆえに、自己の肯定と自らの存在意義を否定することはできないのです。
様々な回想エピソードが表れては、ザクザクと彼の信念に貫かれて処理されていきます。記憶をたどりながら、時には自らの記憶を疑いつつも、ある程度正直に、しかしそれらの回想は、小野本人にとって都合が良すぎるほど筋が通っているのです。論理的には彼のことを信用できる人物として理解できますが、あまりにも都合が良すぎて、どこか少し違和感を持ってしまいます。それこそがこの小説に陰の部分を与えており、小説に奥行きをもたらしており、物語全体の魅力を高めているとも言えるのですが……。
- 著者
- カズオ イシグロ
- 出版日
- 2006-11-01
訳者によると、「普遍的で明確なテーマを、いわば現実の陰影だけで浮かび上がらせる」とのこと。
戦時中の空気、自分たちもある種の被害者なのだ、とまでは言っていないにしても、彼の言動からそうほのめかしていることは読み取れます。もしくは、わかってほしい、という思いと、どうせわからないだろう、というあきらめを同時に抱えている彼は、戦争犯罪人と呼ばれることに対する違和感を抱えていますが、それでもなぜかそれほど孤独を感じているふうでもありません。ですが、それはなぜでしょうか?
実は、娘や孫は彼の孤独を感じ取り、彼の存在を肯定しようとしてくれているのです。彼はそうやって、身近で支えてくれている多くの人の存在によって己の存在価値を高めたままに生きていけているのです。彼の周囲の者たちは、彼の抱く罪悪感を敏感に感じ取り、無意識の内にさりげなく彼の人生を肯定しようとしてくれています。しかし彼はそれに気付いていません。そのため彼は、自分がなぜ他の多くの者と同じような自殺という道を選ぼうとしないのかわかっていないということなのです。
彼の抱く「愛国心」は誠実な愛国心であり、戦後の新しい時代の若者に期待する愛国心であり、希望的観測をもって日本の将来を見ている愛国心です。決して他を否定することで自国を称賛するような愛国心ではないように見受けられます。
本作は、主人公であるバンクスの一人称で進められていきます。この「一人称」が、作品全体を読む上でのキーとなってきます。語り手は、必ずしも真実を話しているかどうかはわかりません。
- 著者
- カズオ イシグロ
- 出版日
「冒険ファンタジー」の主人公として思い浮かべるのは、若い青年や少年であったり、少女ではないでしょうか。ところが、カズオ・イシグロは老夫婦を主人公として選びます。異色とも思えるこの組み合わせは、若者が主人公のファンタジーと変わらずに楽しむことのできる小説になっています。次々と襲い掛かる困難とどう立ち向かっていくのでしょうか。若者のように、力がレベルアップして成長していくわけではありません。しかし、この老夫婦もまた様々な問題と向き合うことにより成長していくのです。
- 著者
- カズオ イシグロ
- 出版日
- 2015-05-01
そして、ここでもカズオ・イシグロの一人称「信用できない語り手」が登場します。どのように、信用できず、読者を騙すのか考えながら読んでみることをオススメします。
- 著者
- カズオ イシグロ
- 出版日
物語はキャシーの回想シーンとして、語られるのですが、まるで知り合いの話を聞いているような錯覚に陥ります。キャシーの心情、施設で過ごしたみんなの思い出、施設と外の世界の繋がり、保護官たちとの会話、すべてにリアリティがあります。
- 著者
- カズオ・イシグロ
- 出版日
- 2008-08-22
枠組みにとらえることのできない世界観が、カズオ・イシグロの作品には詰まっています。作品ごとにちがう顔を見せるイシグロ・ワールドに浸ってみてはいかがでしょうか。