偶然の一致?死者の魂を感じさせる岡本綺堂名作怪談
『指輪一つ』は関東大震災を題材にした怪談です。
震災時、旅行先の飛騨から東京に戻る電車の中で、急に具合が悪くなったK。途中下車し、一夜を明かすことになった宿で不思議なことが起こります。
風呂に向かったKは自分の前に女性が風呂場の扉を開けるところを目撃します。小さな宿ですから男女の区別が風呂場にあるはずもないだろうと思ったKが入るのをためらっていると、風呂場からすすり泣きのような声が……。
不安に思った彼がそっと風呂場をのぞくと入っていったはずの女の姿は見当たらず、足元には指輪が一つ落ちていました。これを見た連れの西田は、この指輪が震災で行方不明になった長女のものだと言い出します。
- 著者
- 岡本綺堂
- 出版日
- 2015-03-31
さて、ここからがこの話の見どころ。帳簿を調べて分かったのは、やはりKと同じようにいきなり気分が悪くなってこの宿屋に泊まった夫婦がいたことです。指輪はこの夫婦が落としたものらしいのですがこの夫婦の正体とは……。ぜひ本編でご確認ください。
ちなみにこの『指輪一つ』は『青蛙堂鬼談』の続編の一つで、『異妖の怪談集・近代異妖編』の中の一編でもあります。
不良侍が池の主を殺してみれば……。
人間が自分の力をおごって、生き物を傷つけ、とんでもない報いを受けるという話は怪談話の定番。『鯉』はそんなお話です。
寛永六年、不忍池の主と思われる大きな鯉が網にかかりました。そこに旗本の次男弥三郎があらわれ、「鯉を食べてしまおう」と言い出すのです。
あまりに大きい鯉であるから、と食べるのを気味悪がる人たちをしり目に、なんと弥三郎は鯉の首を切りつけたのです。結局商人のとりなしで、鯉は寺の池に放されたものの、首に負った傷が命取りになったのでしょうか。鯉は次の日には池に死骸となって浮かんでいました。
- 著者
- 岡本綺堂
- 出版日
- 2016-07-31
ここから鯉のすさまじい呪いが降りかかり、まず、鯉を生け捕った男たちが死んでしまいます。弥三郎は身を持ち崩し、役人に追いかけられる日々。逃亡先であるおもちゃ屋、小兵衛の家も見つかってしまった弥三郎はさらに逃げ場を求め、鯉のぼりの中に隠れようとします。
「その中で金巾の鯉の一番大きいのを探し出して、小兵衛は手早くその腹を裂いた。『さあ、このなかにおはいりなさい。』弥三郎は鯉の腹に這い込んで、両足をまっすぐに伸ばした。さながら鯉に呑まれたかたちだ。それを店の片隅にころがして、小兵衛はその上にほかの鯉を積みかさねた」(『鯉』より引用)
この切羽詰まった状況で鯉が出てくるところで、読者としてはどきっとしてしまいます。弥三郎が鯉に吞まれたようになるという表現もなんだか不吉です。果たして弥三郎の運命とは……。
岡本綺堂が生んだ和製シャーロックホームズが怪事件を解決!
『半七捕物帳』は非常に長いシリーズです。青空文庫では六十九作品が公開されています。この中の第一話「お文の魂」について紹介します。
あらすじはこうです。元治元年、旗本松村彦太郎の妹、お道が突然嫁ぎ先に幽霊が出るといって娘のお春を連れて帰ってきます。春の節句が過ぎたある日、お道の枕元にびしょ濡れの女が立ったというのです。そのさまの恐ろしいこと。と同時に横に寝ていた娘のお春も、
「ふみが来た。ふみが来た」(「お文の魂」より引用)
と泣き出すのでした。一体、この幽霊は何者で、そして幼いお春はなぜこの幽霊の名前を「ふみ」だと知っているのでしょうか……。
- 著者
- 岡本 綺堂
- 出版日
- 2016-03-28
『半七捕物帳』は純然たる怪談ではなく、本来は探偵小説です。だから怪奇現象の裏には必ず人為的な何かが潜んでいます。「お文の魂」ではこの幽霊事件をたくらんだ意外な人物を探偵役、半七親分が見事に解き明かしてくれるのです。
一方、「お文の魂」でもわかるように『半七捕物帳』には怪談テイストの作品が多く、ホラー好きにも楽しめるものになっています。たとえば「ふみ」が現れた時の描写は実にホラーです。
「女はなんにも云わなかった。また別に人をおびやかすような挙動も見せなかった。ただ黙っておとなしく其処(そこ)にうずくまっているだけのことであったが、それが譬(たとえ)ようもないほどに物凄(ものすご)かった。お道はぞっとして思わず衾(よぎ)の袖にしがみ付くと、おそろしい夢は醒(さ)めた」(『半七捕物帳「お文の魂」』より引用)
さて、『半七捕物帳』は江戸を舞台にした初の探偵小説です。シャーロックホームズを通読し探偵小説を書きたいと思うようになった岡本綺堂ですが、現代を舞台にしたミステリーでは西洋のモノマネになりそうだ考えました。そこで江戸を舞台にしたミステリー小説が誕生したのです。この発想は大当たりし、『半七捕物帳』は岡本綺堂の代表作となりました。