少し不思議な恋愛模様 『凍りのくじら』
主人公は、藤子・F・不二雄を敬愛する父の名前を受け継いだ新進気鋭のフォトグラファー、芦沢理帆子。『凍りのくじら』は、そんな彼女の高校時代を追体験する形で構成されている小説です。
周囲の人間に合わせてしまう自分に嫌気がさした理帆子は、藤子先生の「少し・不思議」から取った、個性に名前をつける遊び「スコシ・ナントカ」で遊ぶようになります。あの子は「少し・不安」、あの子は「少し・不満」、そして自分は「少し・不在」といった風に。
- 著者
- 辻村 深月
- 出版日
- 2008-11-14
本書で特徴的なのは、各章のタイトルがドラえもんの秘密道具の名前で構成されているところでしょう。筆者の辻村深月はこのことを「家族の幸せとは何かと考えた結果」と言っています。その幸せの象徴が「どこでもドア」や「もしもボックス」だというのは、なかなか深読みが出来そうですね。
さて、主人公の理帆子が自分のことを「少し・不在」と呼ぶのには、ある理由があります。それは、どこにいても自分の居場所とは思えない、という悩みからでした。自分の身体はここにあるのに、心はどこにもいない不在感。学校には所属しているけれど、どこにも所属していないような矛盾感。その不快な感覚が理帆子を苦しめているのです。
理帆子がそう思うようになってしまったのにも理由があります。それは写真家であり父親でもある芦沢光が、理帆子が小学六年生の時に癌になり、闘病に苦しむ姿を家族に見せたくないあまり失踪してしまったことです。父親という、家庭を守るべき立場の人間が不在なことで、理帆子の精神的な支柱がなくなってしまったのです。
守ってくれる人が家庭にいないことは、子供を常に不安な状態にします。それにより、家庭という一番の居場所をなくしていしまった理帆子は「少し・不在」。つまり、どこにも居場所のない子供になってしまったのです。
悲しくてすこし暗い雰囲気の小説ですが、そこには、一人の少女の心の機微が描かれています。人間心理に深く触れたくなったらご一読してみてはどうでしょうか。
告白される殺人への憧憬 『ユリゴコロ』
とある家庭で「ユリゴコロ」と題されたノートが見つかります。そこに書かれているのは、殺人に取りつかれた、ある人物の告白文でした。その家庭に存在した、狂気の真実とはいったいなんなのか。そんな暗黒の世界観から一変し、愛のある物語へと続く、感動の物語。きっとこれを読むあなたのページをめくる手は止まらないでしょう。
著者の沼田まほかるは人の心の闇や機微をえぐり取り、それを小説に描写するのを得意とする作家です。本作でも、人の心の闇、そこに至るまでの理由、そしてその結末にある愛情をとても美しく描いています。特に前半と後半でがらりと変わる雰囲気は圧巻です。
そして、この作品のタイトルにもなっている告白文『ユリゴコロ』には、読者を引き付けるものがあります。それは、あまりにも生々しい人間の感情が描かれているからでしょう。中には、読むのが辛いほどに生々しい描写もあります。これを読んでいる最中、読者はまるで読んではいけないものを読んでいるような、不思議な気持ちになることは確実です。
- 著者
- 沼田 まほかる
- 出版日
- 2014-01-09
さて、そんな不気味なスタートを切る『ユリゴコロ』ですが、ご安心ください。本書はしっかりとした恋愛小説です。生々しい告白文から一転、芯から心を温めてくれるような感動の展開へ進んでいきます。
そしてその感動の結末へと至るためには、今まで読んできた不気味な手記の話も、過去の暗い話も必要だったのです。後半へ進むにつれて、物語が一つにまとまり、一直線に進んでいくシーン展開は、この作家でないと描けないでしょう。
結論すると、この物語は「あなたには常に見守ってくれている人がきっといる」ということだと思います。どんなつらいことがあっても、あなたは誰かに守られている。そんな深い愛情を感じさせてくれる小説です。
なにが嘘であるのかあなたは見抜けるか『偽恋愛小説家』
新人恋愛小説家、夢宮宇多のもとに舞い込んだのは、ロマンチックな体験談を持つ女性を訪ねるという番組の司会役でした。ある日夢宮は、ロマンチックな恋愛ストーリーを持つ女性に取材することになります。しかし、女性の話に隠されていたのは驚愕の真実でした。
この作品では、夢宮の「童話」の新解釈と、女性のシンデレラストーリーの二つの話を軸に展開していきます。この「童話」の新解釈では、『本当は怖いグリム童話』のように、恐ろしい解釈がされていくのです。しかし、その斬新な解釈は、幼いころに聞いた「童話」の思い出をきっと蘇らせてくれるでしょう。
一方で、シンデレラストーリーに関しては、一般的なミステリー小説のように謎が謎を呼び、一つの大きな謎を形成していきます。そして、この話と先述の「童話」の新解釈は、一つの結末へと向かって収束していくのです。「童話」になぞらえて実際の事件を解決していく、という構成になっているわけですね。
- 著者
- 森 晶麿
- 出版日
- 2014-06-20
さて「童話」の新解釈をしているときの夢宮は全く容赦がありません。幼い子供の夢を壊すような超現実的な解釈をがんがんしていきます。その爽快感は非常に高く、すっきりと読むことができるでしょう。
本作は連作短編の形式をとっています。そしてこの物語の軸として、主人公夢宮が本物の恋愛小説家なのか?という謎があるのです。作品全体にこの一つの大きな謎があるため、読者は各短編を読む手が止まらなくなってしまいます。物語の最後で、タイトルの意味も明かされることになりますが、この隠された真相には、きっとはっとさせられてしまうでしょう。
「童話」の斬新な解釈によって現実の事件を解決していく痛快なミステリーであるとともに、恋愛のほろ苦さもたのしめる本作は、普通の恋愛・ミステリー小説に飽きている人にはぜひおすすめします。機会があれば手に取ってお読みくださいね。