3位: 大崎善生の吉川英治文学新人賞受賞作
- 著者
- 大崎 善生
- 出版日
- 2004-03-25
大崎善生にとって、初のノンフィクション以外となる小説『パイロットフィッシュ』。瑞々しい文体で書かれた繊細な恋愛小説です。
かつての恋人由希子から、19年ぶりに電話をもらった山崎。それを機に、過去の出来事を思い出します。山崎はアダルト雑誌の編集をしているのですが、そこに辿り着くためにはたくさんの人々の愛と犠牲を要していました。作品のタイトルにもなっているパイロットフィッシュとは、アロワナなどの飼うのが難しい魚のために水槽の中の生態系を整えておく魚のこと。このパイロットフィッシュは、役目を終えたら人の手によって捨てられるか、大型魚に食べられてしまいます。
人生を水槽にたとえ、別れた人、犠牲となった人をパイロットフィッシュに重ねたのでしょう。人は誰しも何かを犠牲にして生きていくのです。けれどもパイロットフィッシュも、次の魚のために環境を整えておくという重要な役割を持っています。無駄なことなど何もないと言われているような気がします。
特に印象に残ったのは、物語の最初に語られるこちら。
「人は、一度巡り合った人と二度と別れることはできない。なぜなら人間には記憶という能力があり、そして否が応にも記憶とともに現在を生きているからである」
(『パイロットフィッシュ』より引用)
一度巡り合った人と二度と別れることはできないという考え方は、様々な巡り合わせを実際に経験した大崎善生ならではの見解なのかもしれません。
2位: 大崎善生は、彼らを忘れなかった
- 著者
- 大崎 善生
- 出版日
- 2003-05-15
奨励会をご存知でしょうか。プロ棋士を目指す人たちが所属する研修機関で、入会試験に合格するには最低でもアマチュア四段以上の実力がいる、とされています。誰でも入会することのできない奨励会ですが、その先のプロ棋士になれるのはほんの一握りの棋士のみ。そして会員には、満23歳までに初段、それをクリアしても満26歳までに四段に昇格できなければ退会となる年齢制限による壁が待ち受けています。『将棋の子』は、奨励会に入会するもプロ棋士になることができず夢破れた会員たちに焦点を当てたノンフィクションです。
「10年間にわたり将棋世界編集長を務め、そして私は退職の決心を固めた。
どうしても書かなければならないことがあったからである。
それは、将棋棋士を夢見てそして志半ばで去っていった奨励会退会者たちの物語である。栄光のなかにある多くの棋士たちを見てきたのと同時に、それと正反対の立場でただの一度も注目を浴びることなく将棋界を去っていった大勢の若者たちも見てきた」
(『将棋の子』より引用)
将棋の世界を愛していた大崎善生だからこそ、散っていった若者の物語をすくい上げて書かなければならないのだと、ある種の使命感を持って書かれた本作。彼は『将棋の子』を書くために編集長を辞めるという覚悟まで見せ、その成果あって鬼気迫るほどの作品となりました。彼が注目していたのは同郷の成田という棋士です。才能に溢れ、青春の全てをかけて将棋の世界に進んでいた成田はしかし、年齢制限に阻まれプロにはなれませんでした。その後の人生での苦悩や挫折、そして歳をとった彼が将棋が与えてくれたことについて語る瞬間は胸に迫るものがあります。
1位: 大崎善生が描き出した天才棋士
- 著者
- 大崎 善生
- 出版日
- 2015-06-20
難病と闘いながら29歳で夭折した天才棋士村山聖のノンフィクション『聖の青春』。元々は大崎善生の友人が育てていた作家が書くはずだったのですが、亡くなってしまったために本来ならば世に出ることはない作品でした。その友人が、「大崎さんが書いてくれればなあ」と漏らしたことがきっかけとなり、バトンは大崎善生へと引き継がれます。彼の作家デビュー作にして代表作です。
幼い頃から腎臓の難病であるネフローゼ症候群を患い、入退院を繰り返していた村山聖。一番の治療法はとにかく安静にしていることなのですが、活発だった村山聖はじっとしていられず、入院を繰り返していました。見かねた父から勧められた将棋の道にどっぷりとつかっていき、次第に頭角を現します。地方の名人戦で勝ち抜き、全国へ挑戦するため、聖は初めて東京に出向かいますが、そこでレベルの違いを見せつけられました。そして才能を見込んだ森信雄と師弟関係を結び、森の献身的なサポートを得ながら名人を目指すのです。
村山聖の、人一倍ともいえる勝利への熱意が感じられる場面があります。年齢制限に引っかかり、夢破れた友人の加藤昌彦に「加藤さんは負け犬だ」と面と向かって泣きながら罵るシーン。そこで殴り殴られの大げんかになります。どうしようもない悔しさや悲しさが村山の身に沸き起こっていたのです。加藤はこれから新たな人生を生きることができますが、村山聖には文字通り後がありません。次の人生など考える余裕も時間もない中、ただ名人になることだけを夢見て戦うのです。自分の死期を悟っていたが故の、何かを残そうとする熱情に思わず涙することでしょう。