志賀直哉は文化勲章も受賞した、日本文学界の大御所です。彼の小説は無駄を省き洗練された文章で構成され、実に読みやすいんです。作品の完成度の高さから「小説の神様」といわれた志賀直哉の代表作をご紹介します。

実は謙作は祖父と母の間にできた不義の子だったのです。父から愛情を得られない理由、女性に拒否される理由、すべてが判明した謙作はショックを受けながらも、この事実を受け入れます。やがて、直子という伴侶を得、子供も授かる謙作。しかし、落ち着いたと思われた生活にもまた悲劇が訪れるのでした……。
- 著者
- 志賀 直哉
- 出版日
- 1990-03-19
例えば玄関先で死んでいた蜂の死骸です。ほかの蜂がみんな巣穴に帰ってしまった日暮れに、ポツンと取り残された死骸に「自分」は淋しさとともに静かな感じを覚えます。
- 著者
- 志賀 直哉
- 出版日
また、公園に出かけた主人公は道中で、首に魚の串が刺さった鼠を見ます。川の中に投げ込まれた鼠は石垣の間に逃げようとしますが、首の串がひっかかってすぐに水におちてしまいます。必至で死という運命にあがなおうとしている鼠。これを見ている見物人はそのさまを面白がって、鼠に石を投げます。
「自分は鼠の最期を見る気がしなかった。鼠が殺されまいと、死ぬに極まった運命を担いながら、全力を尽くして逃げ回っている様子が妙に頭についた。自分は淋しい嫌な気持ちになった。あれが本統なのだと思った。」(『城の崎にて』より引用)
この鼠の様子はあっさりかかれているようで、あまりに生々しく、何度読んでもおぞましさに身が縮まります。脊椎カリエスになって死ぬかもしれない自分を意識しているがために、他の生き物たちの生死に敏感に反応しているのでしょうか。志賀直哉の短編の中に凝縮された死生感が、容赦なく読者に迫ってきます。
仙吉は自分が鮨を食べそびれた日のことを思い出し、Aがそれを知りながら鮨をおごってくれたことを感じます。しかしなぜAは自分を見つけることができたのだろう?仙吉はあの人は只者ではない、ひょっとしたらお稲荷様かもしれないと思うようになるのです。そしてつらいときにはAのことを思い出し、慰めにするのでした。ところが鮨をおごったAは淋しい、嫌な気持ちに襲われます。
- 著者
- 志賀 直哉
- 出版日
- 2002-10-16
志賀直哉の本作の見どころは、蠣太の本当の気持ちが垣間見えるところ。偽の手紙を書きつつも、実は心の奥底にははかない期待があったのではないかと思わせる部分があります。振られるための計画なのに、小江からもらった予想外の返事に「妙なもの」を心の中に感じるのです。これは恋心に他なりません。と同時に、蠣太の計画は丸つぶれになります。そして真剣な小江の気持ちをもてあそんだ自分に嫌悪も感じるのです。
- 著者
- 志賀 直哉
- 出版日
- 2008-08-06
志賀直哉のこの小説のすごいところは朦朧としながら作業する芳三郎のいらいらがつもりつもってだんだん限界に近づいていくのが読者にも伝わってくるところ。
- 著者
- 志賀 直哉
- 出版日
- 2008-08-06
志賀直哉の鋭い観察眼によって切り取られた、日常。その中には人生の問題を考えさせてくれる様々な要素が詰まっています。流れるように読める文章に浸りながら、志賀直哉の世界を堪能してみてください。