3・平野啓一郎が描く近未来の姿『ドーン』
近未来を舞台に、日本人の宇宙飛行士が、大きな陰謀へと巻き込まれていく姿を描いた『ドーン』。SFであり純文学でもあるこの作品で、平野啓一郎は初めて「分人主義」という言葉を登場させ、重厚なストーリーの中に、「個人主義」な人々との対比を織り交ぜています。2009年にはこの作品で、Bunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞しました。
主人公・佐野明日人は、2033年、人類初となる有人火星探査を成功させた、6人のクルーのうちの1人です。宇宙船の名前は「DAWN」。任務を無事成功させ、地球へと帰還した明日人ですが、2年半に及ぶ「DAWN」での宇宙の旅では、ある出来事が起こっており、それがアメリカでおこなわれる大統領選に大きな問題を起こすことになるのです。
- 著者
- 平野 啓一郎
- 出版日
- 2012-05-15
作品内では、対立する2人の候補者による、スリリングな大統領選が描かれ、同時に明日人が体験した、宇宙船での息の詰まるような生活が克明に綴られています。
顔認証システムの普及に伴い、複数の顔を使い分けることができる「可塑整形」の技術が進歩していたり、監視カメラの映像が誰でも閲覧できる「散影」というサービスが存在したりと、平野啓一郎が描く、2030年代というそう遠くない未来の姿は、リアリティがありとても読み応えがあります。
本作でキーワードとなる「dividualism=分人主義」の略語「ディヴ」は、あちこちに頻繁に登場し、複数の「分人」を器用に使い分ける登場人物たちが印象的です。物語では大震災や生物兵器なども扱われ、エンターテインメント要素が盛りだくさんの壮大な内容です。様々な問題を提示しつつも、希望を感じる物語になっていますから、読後はすっきりとした気分を味わえることでしょう。
4・美しく暖かい平野啓一郎初の恋愛小説『かたちだけの愛』
交通事故により片足をなくした女性と、プロダクトデザイナーとの愛を描く『かたちだけの愛』。平野啓一郎初の恋愛小説となるこの作品では、「分人主義」の考えをベースに、「愛とは何か」というテーマが、美しく繊細な文章で綴られています。これまで、ハードな文体を多用する作品が多かった平野にとって、異色作と言える1冊でしょう。
主人公・相良郁哉は、家具や食器などのデザインをおこなうプロダクトデザイナー。美しくスキャンダラスな女優・叶世久美子の、自動車事故現場に偶然居合わせます。久美子は事故により片足を失うことになり、相良は依頼を受け、彼女の義足をデザインすることになりました。徐々に距離を縮めていく2人でしたが、相良には愛というものがよくわからないでいて……。
- 著者
- 平野 啓一郎
- 出版日
- 2013-09-21
作品内では、馴染みのないプロダクトデザイナーという職業について丁寧に説明され、事故後のリハビリについてなども細かく描かれているため、物語にとてもリアリティがあります。
「人を好きになるということは、その人のことを想う自分自身を好きだと感じられることだ」という、この物語の「愛」の形にはとても共感を覚え、平野啓一郎がこれまで主張してきた「分人主義」というものが、綺麗な結晶となって作品を彩っています。
自分に自身が持てず、恋愛に希望を見出せない多くの現代人に、優しいメッセージを送るこの作品。読みやすく暖かい物語ですから、平野啓一郎の作品に難解なイメージを持っている方でも、すんなりと読むことができるでしょう。読後、穏やかな気持ちにさせてくれる感動作です。
5・生きるとは?死ぬとは?「分人主義」の集大成『空白を満たしなさい』
死んだ人間が生き返るという謎の現象を通して、生と死について圧倒的な文章力で綴った傑作長編小説『空白を満たしなさい』。「分人主義」についての集大成とも言える本作は、若年層の死因、断トツのトップとなる、「自殺」と真正面から向き合った、平野啓一郎渾身の1冊になっています。
主人公・土屋徹生は、勤め先の会議室で目覚めます。妻と子供の待つ家へ帰宅すると、自分は3年前に死んだのだと聞かされ、しかも死因は自殺だと言うのです。徹生にはそんな記憶はありません。自分は自殺などするはずがない、誰かに殺されたのではないかと、自らの死の真相を突き止めようとするのです。
この甦りの現象は、徹生だけに起きたものではなく、世界中で同時多発的に起きたものでした。いったいなぜこんなことが起こったのか。甦ったものたちは「復生者」と呼ばれ、奇異な存在として扱われることになります。
- 著者
- 平野 啓一郎
- 出版日
- 2015-11-13
夫が自殺をしたことによって、3年間苦しんできた妻。ようやく傷も癒えようかという頃、突然生き返った夫の姿に、混乱と葛藤を抱える姿が印象的です。家族の絆についても存分に描かれ、涙なしには読めないこの平野啓一郎の作品。読みやすい文章で描かれているため、情景が鮮明に浮かび、ダイレクトに心に響いてきます。ストーリー展開もテンポが良く、どんどん引き込まれていくことでしょう。
作品を通して、人はなぜ自殺をするのかという問題と真摯に向き合い、その答えを出そうという試みには、とても胸を打たれます。「分人」という言葉も登場させながら、生きるということについて熱く語られ、切なさとともに、生きる勇気を与えてくれる平野啓一郎の作品でしょう。死生観についての新たな考えが提唱された、多くの方に読んでいただきたい、おすすめの傑作です。