3位: 歴史の裏側(?)を探る
「時代小説か」と問われれば「その通り」と答えますが、「エンターテインメント小説か」と問われても「その通り」と答えてしまう、答えざるを得ない小説が『影武者徳川家康』です。
- 著者
- 隆 慶一郎
- 出版日
- 1993-08-31
なんと言っても徳川家康は実は関ヶ原でその命を落としており、その後の家康は影武者だったという新しい史実(?)に基づく話を、著者得意の、史実を仮説でコーティングする手法で、その時代をさもありなんと読ませます。ヘタな作家が同じ手法をとっても、陳腐な読み物になってしまう危険がありますが、そこはさすが隆慶一郎です。「これが本当の歴史なのでは」「もう、これでいいや」と思わせてくれます。そこには著者のキャラクターの書き込みの緻密さがあるのでしょう。本多正信に見出された「世良田二郎三郎元信」が単に家康に顔形が似ているだけでなく、ものの考え方から元の知識まで家康にそっくりであるといったバックボーンが詳細に示されており、読み手に疑いを持つ余地を与えません。
解説の縄田一男をして「伝奇的手法」「歴史的事実を再構築」「歴史を捉え直す」と言わしめた本作は、原哲夫の作画で漫画化もされました。
謎解きの面白さよりも、一篇の歴史小説風に完成された物語。氏のファンの中には『影武者徳川家康』をナンバーワンに上げる方も多いと聞きます。ぜひ手に取って読んでもらいたい1冊です。
2位: 隆慶一郎が描き出す武士道
『死ぬことと見つけたり』を書くきっかけとなった『葉隠』という佐賀鍋島藩の口述書物。『葉隠』に関しては「武士道と云ふは死ぬことと見付けたり」の文言が独り歩きしてしまっている感がありますが、きっと隆慶一郎は全文を理解していたのでしょう。ただし主人公斉藤杢之助以下の葉隠武士たちは、どこまで理解していたのか……。
- 著者
- 隆 慶一郎
- 出版日
- 1994-08-30
斎藤杢之助の朝は「死ぬこと」から始まります。死を恐れない自分を創るには、既に死んでいることとして生きるのが望ましいと考え、毎朝「死」をイメージトレーニングするのです。ある時は虎の爪にかかり、またある時は敵の刀に倒れる。起きた時には死んでいるのですから、主君のためにその日死ぬことになっても死を恐れなくて済むわけです。
死を恐れぬ人間の恐ろしさが想像できますか? いや、死人の恐ろしさと言い換えましょう。なにをやってくるかわからない死人ら、それも武器を持った複数の死人との対峙です。江戸時代、財政破綻や天災などで何度も危機的状況に陥った鍋島藩は、きっとそんな彼らに守られていたから存続できたのだろうと思います。
陸軍士官として先の大戦に参加した際、陣中に『葉隠』を持って行った隆は、別にそれを読もうと思って持って行ったわけではありませんでした。くり抜いた『葉隠』の中に、敵性禁書を忍ばせていたのです。しかし戦地での活字の欠乏に我慢が出来ず、『葉隠』を読破したと後に語っています。
作者急逝のため絶筆となった本書。隆慶一郎本人は、『死』に対しての準備は出来ていたのでしょうか? その辺りにも注目してもらいたい1冊です。
1位: 隆慶一郎の柴田錬三郎賞受賞作!
本書を隆慶一郎作品の第1位とするのに、反論は少ないでしょう。少年誌に連載された漫画『花の慶次』の原作として有名な本書には、漫画では描ききれない深さがあります。本書で氏が貫いている「漢の美」は、目からの情報だけでは足りません。脳で構築する情報が十人十色の「漢」を創り出すのです。
- 著者
- 隆 慶一郎
- 出版日
- 1991-09-30
主人公は天下御免の傾奇者、前田慶次郎。彼が、愛馬である松風と共に戦国時代末期を駆け抜けて行きます。権力者に媚びず、弱い者には優しく、敵も味方も男も女も惚れさせる、野蛮で粗野なところもある主人公の姿が魅力的です。また他の登場人物は前田にその魅力を引き出されていきます。
第2回の柴田錬三郎賞受賞作である本書を、ぜひ読んでみてくださいね。