絢爛豪華につくりこまれた世界観で、昭和から現代にいたるまで数多くのファンをもつ三島由紀夫。国際的にも名をはせた彼は、一体どんな人生を送ったのでしょうか。彼の生涯と、おすすめ作品を紹介していきます。

1925年に東京都四谷区で生まれた三島由紀夫。本名は平岡公威(ひらおかきみたけ)といいます。虚弱な体質でしたが、母の影響で幼くして詩や俳句に親しみ、学校の機関紙に作品を発表するなどしていました。
その文学的な才能は早くから注目を集め、三島由紀夫の筆名に改め、16歳で文芸誌に『花ざかりの森』を発表。批評家から激賞を受けます。
戦後、1947年に東京大学法学部を卒業した三島由紀夫は、大蔵省に勤務して事務官に任官されますが、この職をわずか9ヶ月で辞め、職業作家としての道を歩むことになりました。
最初の書き下ろし長編小説『仮面の告白』、『禁色』『潮騒』『金閣寺』など話題作を発表し続け、ベストセラー作家となります。またボディビルや格闘技にも専心し、その鍛え上げた肉体を写真家が撮影、松屋銀座で発表するなどしました。
さらに映画俳優として大手事務所と契約を交わし、自身の短編小説『憂国』を映画化。監督と主演を務めています。執筆以外の活動でも社会から注目される存在となっていきました。
1960年代には、英訳された作品が海外からも高い評価を受けるように。「ノーベル文学賞」候補として名を連ねることになり、作家としての地位を不動のものにしていきます。
晩年の三島由紀夫は、政治的な行動を強くみせるようになりました。自衛隊に入隊すると「楯の会」を結成。国土防衛の思想にもとづき、会員たちに指導をしていきます。
1969年には、東大全共闘が主催する討論会に出席。思想が異なる全共闘のメンバーと激論を交わしました。
1970年、三島由紀夫は楯の会の会員とともに、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地を訪れ、益田兼利総監を人質に立てこもり。マスコミも注視するなかバルコニーに立って、憲法改正、自衛隊の決起を訴えました。その後、割腹自決をしています。45歳でした。
「三島事件」と呼ばれるスキャンダラスな死は、日本社会に大きな衝撃を与えました。波乱万丈な生涯とその衝撃的な死に注目されがちな三島由紀夫ですが、多くの名作を残しているのもまた事実。国語の教科書にも多数採用されています。
ではここからは、三島由紀夫のおすすめの作品を紹介していきましょう。
東大全共闘が主催した討論会に、三島由紀夫が出席したのは1969年のこと。三島が自決をする前年で、学生運動がピークだった時代です。
右と左、対立する思想に立つ両者は、一体どんな言葉を交わしたのでしょうか。討論会の記録と、当事者たちの振り返りが収録された作品です。
- 著者
- ["三島 由紀夫", "東大全共闘"]
- 出版日
2020年に映画「三島由紀夫vs東大全共闘〜50年目の真実〜」が公開されたことで、再び注目が集まった作品です。
超満員の東大教養学部で、三島由紀夫と全共闘のメンバーが議論したのは、「自我と肉体」「時間と空間」「天皇」「過去と現在と未来」「芸術」など……。日米安保条約には触れずに、お互いの主張を発していきます。全共闘側の参加者が観念的で抽象的な言葉を多用しているからこそ、三島由紀夫の頭のキレっぷりがわかるでしょう。
彼がどのような社会を実現したいと思っていたのか、賛否はともかく、その熱量だけは理解できます。日本の在り方をここまで真剣に考えていた、考えようとしていた人がいたことに、驚くかもしれません。
1960年代ニッポンの空気を体感できるドキュメンタリーな一冊、三島由紀夫の思想に触れたい方は必読です。
- 著者
- 三島 由紀夫
- 出版日
- 著者
- 三島 由紀夫
- 出版日
- 著者
- 三島 由紀夫
- 出版日
- 1968-07-15
- 著者
- 三島 由紀夫
- 出版日
- 著者
- 三島 由紀夫
- 出版日
- 著者
- 三島 由紀夫
- 出版日
- 1984-12-24
- 著者
- 三島 由紀夫
- 出版日
- 著者
- 三島 由紀夫
- 出版日
- 1967-11-17
- 著者
- 三島 由紀夫
- 出版日
三島由紀夫は半ば偶像化された作家の1人で、激動の昭和にあってその存在感は他の追随を許さぬ破格のものでした。作品を読まずともその名前は誰もが教科書で覚えることでしょう。
彼の描く物語は起伏が激しく、タブーともいえる主題を扱った挑戦的な作風で読むものを飽きさせません。ぜひこの機会に彼の小説を手にとってみてくださいね。