夏目漱石という作家
夏目漱石は明治から大正にかけて傑作の数々を著した作家です。帝国大学(現在の東大)卒業後、中学、高校の教師になり、その後英国へ留学、帰国後は帝国大学で教鞭を執ります。その間に高浜虚子のすすめで発表した『吾輩は猫である』が大評判となり、そこから精力的に作品を発表していきます。
執筆活動に専念するため教職を辞し、朝日新聞社に小説記者として入社するという異色の経歴を持っている作家です。
夏目漱石は短編の名手であることで知られています。彼の発表する長編があまりにも著名なものが多いため、その陰に隠れている感は否めませんが、彼の描く短編世界にはファンも多く、人気は高いです。
もともと日本は短編小説の名手が多い土壌です。夏目漱石の弟子格にあたる芥川龍之介や梶井基次郎の作品は有名ですね。
短歌や俳句など世界で一番短い文学形式は世界でも特異な形式として注目を集めています。限られた方形の世界で宇宙を創造する、茶道の構造にも通ずる世界観です。大陸とは違う狭い国土がそれを育んだといわれています。
では、前置きはこのぐらいにして、さっそく夏目漱石の短編をご紹介していきたいと思います。
夢という迷宮『夢十夜』
- 著者
- 夏目 漱石
- 出版日
夏目漱石にはめずらしい、幻想の世界を描いた短編作品です。一夜ごとの短いストーリーが十夜分描かれ、その不思議な世界に読者は迷い込みます。十夜全てのお話はひとつひとつ独立しています。では、「第一夜」から「第三夜」までの不思議な世界を、少しだけご紹介します。
「第一夜」 死の床に瀕した女が、自分が死んだら墓のそばに100年待っていて欲しいと男に懇願します。男は約束通りに待つのです。しかし、100年はなかなか経ちません。騙されたのかと男は思いますが……。
「第二夜」 和尚は言います。お前は侍なのにまだ悟れていない。だからお前は侍ではない、人間の屑だ。自分は悟ったうえで和尚の首を落とそうと決意します。悟れなければ自刃する……。
「第三夜」 男は自分の6つになる息子を背負っています。息子は目がつぶれています。男は息子をこのまま森に捨てようと思うのです。そう思うと息子は不敵に笑い、見えない森の情景を次々に言い当てていきます……。
このようなストーリーが十夜分続いてゆくのです。漱石作品のなかでも異色であり、マイフェイバリット作品にこれを挙げる通なファンも多いです。
怪談話めいた不気味な世界観が、昔話を読んでいるような楽しさを感じさせます。夢というテーマで人の深層意識に受かびあがる不安や恐怖を描いています。夢の景色は耽美的で美しいです。この世界の中に迷い込んで遊んでいるとあっというまに読み終えてしまいます。
もっと読みたい!と思わせてくれる短編のうちのひとつです。
漱石の白昼夢『永日小品』
- 著者
- 夏目 漱石
- 出版日
漱石の白昼夢『永日小品』
形式が似ていることから前述の『夢十夜』に比較して論じられることの多いこの作品。前者が夜の夢なのに対して後者は日常の風景の切り取りです。こちらもひとつひとつのお話が独立しています。収録されている25編のうち3つのお話のあらすじをご紹介します。
「元日」 正月に漱石宅を訪れる3、4人の若い男。そのうちに虚子も車で来ます。そして2人で謡曲をうたいますが、漱石だけ不評です。虚子は鼓を習っているといいます。それに合わせて謡う漱石ですが……。
「蛇」 大雨の中、流されてくる魚を獲ろうと河のなかに網を投げるおじさんと漱石。なにか長いものがかかったと思い引き上げるとそれは蛇でした。鎌首をもたげる蛇。そして不可解なことが起こります……。
「クレイグ先生」 英国留学中に個人教授をうけたクレイグ先生の思い出。報酬の賃金を前借し、お釣りを返してくれない先生。機械のように情愛の感じられない先生。英国人は100人に1人も詩を解さないと嘆息する先生……。
上記のような小短編が25編集められています。どれも日常的な風景のなかに味わいのある人々が登場します。当時の生活文化も感じられ、興味深いです。
執筆年代として『三四郎』と『それから』の間に位置する作品です。あまり語られる機会のなかった作品ですが、『夢十夜』より実験的でより詩的創造性が多方向に向いているという評価もあります。
劇的な展開や深刻なテーマ性は見えませんが、日常の風景のなかに詩的要素を見つけ出し抽出する漱石の手腕がいかんなく発揮されています。