創作意欲旺盛な生化学者、アイザック・アシモフのめくるめく世界
アイザック・アシモフはロシア系アメリカ人の作家です。コロンビア大学で生化学を専攻し、のちにボストン大学の医学部で生化学教授を務めた、本物の科学者でもあります。その科学への造詣の深さから生み出される数々のSF作品は、のちのSF界に多大な影響を与えました。
そんなアシモフはアーサー・C・クラーク、ロバート・A・ハインラインとならぶSF御三家と称されています。とくに初期のロボットシリーズで示した「ロボット工学三原則」は有名で、後世のSF作品のロボットという存在を定義づけた他、実際の工学の世界でも応用されることになりました。
SF作家として名声を確立したアシモフですが、その後小説から科学ノンフィクションの世界に活動の軸を移し、科学の啓蒙に努めます。わかりにくい理系の世界をアシモフは軽妙なユーモアで表すことに成功しました。
他にも自伝や聖書の解説書、子供向けの科学ノンフィクション、そして推理小説と多岐にわたるジャンルで活躍をつづけ、旺盛な創作意欲から生み出された作品数は生涯で500冊を超えるというとんでもないものでした。
SFでもあり、ミステリでもあり……「ロボット工学三原則」を堪能せよ
『われはロボット』はアシモフの有名なSF短編集です。『われはロボット』を映画化した『アイ ロボット』という作品が2004年に公開されていますが、画面映えするようにでしょうか、SFアクション的つくりになっているため原作とはかなりの別物です。原作の『われはロボット』はSF作品でありながら、かなり論理的なミステリ作品もふくまれていますので。
まず「ロボット工学三原則」について言及しておかなければなりません。
.「第一条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
.第二条 ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
.第三条 ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。」
(『われはロボット』より引用)
つまり大雑把に言うと人間を第一に行動せよということです。これだけ厳格にロボットに規定を与えればロボットに不具合など起きないはず……ところが、これらの規定を守っていながら、ロボットが役に立たないという事態が発生する、というのがこの作品のミステリなのです。
- 著者
- アイザック・アシモフ
- 出版日
- 2004-08-06
『われはロボット』の中の一編「堂々巡り」という作品がそのミステリをよく表現しています。
水星で探索チームとして仕事をするグレゴリイとマイクの二人組に困った事態が発生します。水星での行動には強すぎる太陽光から身を守るためにセレンという物質が必要です。そのセレンを高性能ロボット、スピーディに取りに行かせたのですが、いつまでたっても戻ってきません。調べてみるとセレンの採掘場所付近をスピーディがぐるぐる回っていることが分かります。
実はセレンの採掘場所にはスピーディを爆発させる可能性のあるガスが発生していたのです。高性能なロボットのスピーディにはロボット工学三原則の第三条が強く定義されていました。人間の命令である「セレンを取ってこい」、つまり第二条に従ってセレンの採掘場所に近づこうとすると、自分を守らなければならない第三条が働くため、今度は遠ざかってしまう。これを繰り返していたためスピーディーは帰ってこなかったのです。
スピーディにかかっているこの行動パターンをどうにか崩してセレンを手に入れないと二人とも死んでしまいます。そこでグレゴリイがとった行動とは、自分を危険にさらし、ロボット工学三原則の第一条をつかってスピーディの堂々巡りを破ろうというもの。さて、この一か八かの行動は実を結ぶのでしょうか?
銀河帝国、その壮大な滅びの物語
『ファウンデーション』はアシモフの代表的SF作品です。日本ではハヤカワ文庫として7冊が出版され、「ファウンデーション」シリーズとして親しまれています。さらにアシモフの死後も『新 銀河帝国興亡史』とされる3部作が別の作家の手で公式に作成されている息の長い作品なのです。
『ファウンデーション』のサブタイトルが『銀河帝国興亡史』であることからもわかるように、この物語は壮大な銀河帝国が滅びゆくさまを書いた小説です。なぜ多くの小説のように銀河統一の話ではなく帝国の滅びから話が始まるのでしょうか。エドワード・ギボンの『ローマ帝国衰亡史』という1700年代にベストセラーとなった歴史書がありますが、アシモフはこの本から「ファウンデーション」シリーズの発想を得たといいます。偉大なローマ帝国の滅びゆく姿を、今度はSFの世界に投影させた小説が『ファウンデーション』なのです。
- 著者
- アイザック・アシモフ
- 出版日
長い物語の発端は銀河帝国の滅びを天才数学者ハリ・セルダンが予言したことから始まります。1万2000年の長きにわたり、銀河を統一してきた帝国の滅亡は人類に長い混迷の時代をもたらすことを彼は悟っていました。この暗い時代はセルダンによれば3万年続くと予想されます。
これを1000年に縮めるためハリ・セルダンがたてた計画がありました。彼は銀河百科事典を作るという名目で「ファウンデーション」という集団を組織します。この集団に科学技術を結集し、人類の英知を保存しようという計画です。さらには第二銀河帝国の発祥の核となるべくことも見越して……。
ところがこの集団は銀河帝国の滅びを公言しているという罪で辺境の地ターミナスに送られてしまいます。頓挫しかけたようにみえた「ファウンデーション」計画ですが、それすらもセルダンの目論見の一つでした。
このシリーズで何より魅力的なのはこのセルダンの鮮やかな予測です。「ファウンデーション」が危うい!となったとき、たいていこれらの危機はセルダンの予測の範囲内なのです。彼がこの予測に用いているのは心理歴史学という学問。個々の人間の行動予測は難しいですが、それが膨大な量(銀河規模にまで)になると、理論的にどういう行動をおこすのか予想が可能というもの。
シリーズの冒頭でこの物語の主役といえるハリ・セルダンは死んでしまうのですが、その後も彼の予測どおりに物事は運び、やがて「ファウンデーション」は第二銀河帝国の基礎となっていくのです。
読者はアシモフの、そしてセルダンの掌の上でもてあそばれているような感覚に陥ります。いったい今回の危機はどのように回避されるのか…。読者をミスリードしてくるストーリー展開や伏線の数々は上質な推理小説を読んでいるようにも感じられます。長年愛される鮮やかなSFヒストリーをお楽しみください。