天才梅棹忠夫の半生を綴った自伝『行為と妄想 わたしの履歴書』
日本経済新聞に連載されていた「私の履歴書」がベースとなった、梅棹忠夫の自伝です。幼い頃から国立民族博物館館長を退官した後までの70歳半ばほどの、半生が書かれています。知=妄想が先にあったから、行動=行為が成り立つのでしょう。すべての探険と学究のきっかけは「知りたい」という欲求からからはじまるのです。梅棹忠夫の独自の発想や創造力の原点がここにあります。
- 著者
- 梅棹 忠夫
- 出版日
- 2002-04-01
そもそも、ある一定の年齢以上の人たちが、高等教育を受けられる機会はどれくらいあったのでしょうか?今やほとんどの人が高等学校に進学し、さらに上の学校、大学への進学率も50%以上ですが、今から7、80年前はほんの一握り、それこそ裕福な家の子弟が学問を修めるというのが一般的でした。
梅棹忠夫は「苦学生」というイメージがあるかもしれませんが、京都の裕福な商家の生まれで、いわゆるお坊ちゃま。枠にとらわれない伸び伸びとした発想や柔軟さはそういう育ちに裏打ちされているのかもしれません。
単なるお坊ちゃまの暇つぶしではなく、梅棹忠夫は秀才でした。旧制京都府立一中を5年かかるところを、飛び級で4年で卒業し、旧制第三高等学校へと進学しています。ただし進学後は趣味の登山にのめり込み、2年連続して三高を留年して退学処分の憂き目に遭ったのです。
しかしここで終わらないのがこの話で、梅棹忠夫を慕う後輩や同級生から助命嘆願の運動が起きて、復学を許されます。ここから真面目に授業を受けるようになった著者はあっさり三高を卒業すると、京都帝国大学へ進学……。ここまでくると秀才でなく天才なのだろうと思うしかありません。
その後も、大学での実学志向の学生と自分の学問との温度差を感じることはあったものの、自分の興味のある方向に突き進みます。上手くメデイアと付き合い、専門としている事以外にも、広く関わっていく姿勢は、まさしく「自由」を体現しているように我々の目には映ることでしょう。
とにかく一般的な「枠」にとらわれない、グローバル時代を予見するかのような半生でもあります。
失明!でも強い精神力で乗り越える姿に感動!『夜はまだあけぬか』
モンゴルへのフィールドワーク時にウィルスによって突然、視力を失う梅棹忠夫の、発症、闘病、リハビリなどをしている姿を書いています。色々なことを試し、仕事や趣味も続け、さらなる挑戦をも厭わなかった、著者の姿勢に感動を覚える方もたくさんいることでしょう。
周りで支えてくれる友人たちにも恵まれていたのかもしれませんが、その友人を引き寄せたのは誰あろう梅棹忠夫自身なのです。そのことも感じさせる内容になっています。
- 著者
- 梅棹 忠夫
- 出版日
- 1994-12-27
どういう経緯で目の光を失ったか、その後の闘病やリハビリを通して鬱になり、自殺を考えたということが書いてあります。しかし、何とか気持を切り替えて、手探りで音楽や著述という活動に移行していけたか、という過程をも著すことによって、梅棹忠夫の中の葛藤も垣間見られるのです。
学者として、視力を失うということは、やはり相当な衝撃だったに違いありません。これだけ素晴らしい実績のある方だからこそだとは思いますが、日常から逸脱した状況下では、自分のことしか考えられなくなるのだという感覚に、人間らしさを感じる人もいることでしょう。
目の見えない状況に陥って、心折れそうになりながらも、好奇心や、望みを捨てない梅棹忠夫の姿は、様々な壁にぶつかり、現状で足踏み状態にある人に勇気を与えてくれるでしょう。
未完の本を再構築『梅棹忠夫の「人類の未来」暗黒のかなたの光明』
1970年に河出書房から出版予定になっていた梅棹忠夫執筆「世界の歴史」シリーズ全25巻の最終巻になるはずだった『人類の未来』というタイトルの本です。しかし当時の梅棹は、国立民族学博物館の開設を控え、超多忙のため執筆が滞り、完成を見なかった幻の著作です。
未完ですが、その構想に関するメモ書きがあるので、その構成過程は分かるようになっています。
- 著者
- 梅棹忠夫
- 出版日
- 2011-12-16
本書は、未完である『人類の未来』を可能な限り再現しようとしたものです。梅棹忠夫の手書きによる、本の組み立て要素となる「目次」と、『知的生産の技術』で有名になった、知的生産ツールであるメモに書かれた発想が写真で示してあります。これによって、『人類の未来』についての構想プロセスをうかがい知ることができるのです。
また、当時多忙を極めていた梅棹忠夫は、その執筆だけではなくインタビューや対談も行っていたため、そういった仕事の時の発言なども参照して、この未完の本の全容を明らかにしようとしています。
著者の未来予測がほとんど的中しています。それは神がかりめいた予言ではなく、自説に基いて導き出した、当然のあるべき姿だからです。地球規模の巨大な視点と、個々の具体的な事物の小さい視点で異なる2つの視点で物事を捉えているからでしょう。
そしてこの未完の『人類の未来』は悲観的な話ばかりが出てくるので、1970年代に無事に発刊されていたとして、どのように読者に受け止められたかは、ちょっと今の時代を体験している我々には分かりません。随分、絶望的に捉えているなとか、ネガティブな印象しか受けない人もいるかもしれません。
ただし、その未来を体験している我々は、梅棹忠夫の先見の明に驚きや、賞賛を隠せません。そして特に、3.11の震災と原発事故を体験してしまった我々にしてみれば、著者の予測していた悲観的な未来を目の当たりにしているわけですから、深刻な局面を迎えていると感じざるを得ません。