教育格差とは何か?
一般に教育格差とは、周囲の環境などさまざまな要因によって、受けることのできる教育に格差が生じることを言います。
子どもの教育機会は、親の経済状況によって左右されることがあります。たとえば、大学に進学させるためには、一番負担の少ない国立大学の場合でも初年度納付金は80万円以上。2年目以降も授業料として毎年約50万円がかかります。奨学金制度などを利用する手もありますが、それでも家庭への負担は決して軽いものではありません。この金額を負担できない家庭では、大学進学という選択肢が消えることになります。
また、住んでいる地域によって、「学びたい分野のある大学・専門学校等が近くにない」などの理由で教育機会が十分に得られていない場合もあります。すると必然的に、学校がたくさんある首都圏や各都市に住んでいる人が進学に有利になり、地方間格差が広がっていきます。
また、高学歴家庭では子どもも高学歴になる傾向が強く、家庭の養育環境や遺伝といったことも、学力に大きく関連しています。
このように教育格差に共通する問題は、「どの家庭に生まれたか」によって教育の質が決まってしまうことが多いことです。親の社会的な階層の差が教育によって浮き彫りとなり、子どもがそれを受け継いでさらに格差を広げてしまっているのが現状なのです。
しかし、では安直に「格差を埋めよう」という方針は、はたして本当に正しいのでしょうか。一見、正しいように見えるこの方針のめざす先に「結果の平等」を(無意識に)おいている論者もいます。しかし本当に議論するべきは、「結果の平等」をめざすことではなく、「機会の平等」がなされているかどうか。そしてまた、「結果の差」があったとしてもそれぞれに異なる幸せなライフプランが描けるかどうか、なのではないでしょうか。
ここでは、今日本で起こっている教育格差について、
・機会の平等の姿を歴史から学ぶ
・格差社会のあるべき姿を考える
・教育格差問題の解決策を考える
など、それぞれの視点から詳しく学ぶことができる本を5冊ご紹介します。
教育格差の概観を、歴史から学ぶ
教育格差は、どのようにして生まれてしまったのか。そもそも、議論されている教育格差とは何なのか。それらを、戦後の教育がどのような理念に則り、どのような仕組みでつくられてきたのかという視点から学べるのがこの本です。歴史に目を向けることで、現代日本の教育制度の意図を理解することができ、今後どのようにすべきか考える材料になります。
- 著者
- 苅谷 剛彦
- 出版日
キーワードは「面の平等」。これが日本の教育の根底にある考え方です。アメリカの場合、子ども一人ひとりの個性に合わせるという意味の平等を目指すことができましたが、日本では戦後間もない頃は、それに対応できるほどの人的・経済的資源が不足していました。そのため、「学級」という単位をつくり、画一的に予算を配分して「教育機会の平等」を図ろうとしたのです。
要するに、各個人や各地方の優れている点、劣っている点などに集中的に資源を投下するのではなく、全体を平均的に形づくるのが「面の平等」です。これは集団の底上げという部分で一定の成果をあげました。つまり一貫して、日本の教育は、教育機会の平等を追求してきていたのです。では、それが浸透した現代におこっている「教育格差」とは、いったい何なのでしょうか。
その1つが、教育機会が平等であるがゆえに、学力・能力の差が一層際立ってみえてきたことです。すなわち「結果の差」が明らかになってきた。教育機会が平等かどうか測るために行われてきた「全国学力調査」などが、皮肉にもこの「結果の差」を見える化してしまった、というのが歴史経緯なのだと分かります。
では、これを受けて、日本の教育は、今後どの方向に舵を切っていくべきなのでしょうか。「結果の平等」を目指すべきなのか。このような思考の基盤を築くためにも、歴史から学ぶ1冊として、教育関係者には必読と言える内容です。
教育機会の差が生む社会的分断ははたして悪か
「学歴」というと、“一流大学”といわゆる“Fラン大学”のようなレベル格差を示すこともありますが、本書では「大卒層」と「非大卒層」の間にある社会的「分断」のほうが大きな問題であるということを主張しています。
- 著者
- 吉川 徹
- 出版日
「学歴は関係ない」という意見・言説は最近になって多く聞かれるようになっていますが、実際には企業の新卒採用で「大卒以上」という条件が付いていることはとても多く、人々の心象としても格差があることは事実です。
また、大学全入時代と言われ、大学が限られたエリートだけが進むところではなくなった現在、大卒と非大卒の人口は半々になっています。それにより、一層両者の間の溝は深まっているというのです。
では、大卒も、非大卒も平等に扱う「結果の平等」を日本社会は志向するべきなのでしょうか。上記の現実を分析したうえで、しかし著者は単に「大卒は善、非大卒は悪」と分類することはありません。
親の学歴が子どもに受け継がれることで学歴の上限が規定され、格差を生んでいるこの現実の中で、「それぞれの層が社会の中でいかに役割を担うか」という点に本書の焦点は置かれています。大卒も非大卒も同じように扱う「結果の平等」を志向するのではなく、それぞれ別の、幸せなライフプランの描きかたがあり、その道すじを整えることが大切だという考え方です。
すなわち格差社会を一概に悪いことと決めつけず、「共生」していくことが大切であるという意思の感じられる1冊です。