伝説のなかから日本人の信仰の原形を見出す
『信太妻の話』
説経節で語られる信太妻(しのだづま)は安倍晴明を生んだ葛の葉狐の伝説がもとになっていることを皮切りに、狐が妻になって子をなすパターンはいろいろあるとして伝説が改編、加筆される過程を考証しています。
また、祖先が動物であるとする系譜が生まれた意味や、異なる信仰や生活習慣から入ってきた嫁という存在が夫婦の破綻をきたす結末と、狐とばれていなくなってしまう狐妻の伝説のパターンを結び付けて論じた内容です。
- 著者
- 折口信夫
- 出版日
- 2015-04-30
伝説は、どの話がもとになったとは確定的には言えないもので、本に書かれる以前にすでに他から影響を受けているかもしれないものだと折口信夫は語っています。
伝説は全く固定したものではなく、似た話を取り込んだり、面白くないものははぶかれたりして、いろいろなものがあって、やがて戯曲や小説になるとそれがお定まりの伝説になるのだそうです。
折口信夫はこの論文の中で、狐が妻となり子を生む。しかし狐という秘密がばれていなくなる。のパターンの中の秘密に注目します。
異文化から来た嫁が夫とは違う信仰を持っていて、「見ないでください」と物忌みする。しかし夫はつい見たくなる。それで夫婦の関係が破綻する。ということがこの狐妻の奥底にあるのではないかと説いています。
そのほか、外来の仏教によって化け物におとしめられた神々の成り行きなど、日本人のそもそもの信仰の原形を伝説の変遷から解明しようと試みる論文です。
人間の一生を描いた作品として『源氏物語』をとらえなおす
『反省の文学源氏物語』
『源氏物語』といえば主人公の光源氏が数々の女性と恋愛していくプレイボーイの話というイメージでとらえている人は多いと思います。
この話がいつ書かれたのか、そして舞台として設定した時代はいつなのかが大切だと折口信夫は述べています。そして、作者の紫式部が生きた時代より数世代前であるとしたら、それは紫式部の時代から見たその時代の印象を描いているのだということです。
紫式部がこの作品に込めた意義とは何か。折口信夫が『源氏物語』から何を読み取ったかを論述した内容です。
- 著者
- 折口信夫
- 出版日
- 2016-07-31
『源氏物語』に興味はあるけど長くてなかなか手が出せないという方におすすめの論文です。
主人公の光源氏はいろんな女性を恋人に持って、恋愛を楽しんでいる貴公子というイメージがあるのではないでしょうか。しかし折口信夫は、紫式部の書き手の意図として別のことを含ませているのではないかと論じています。
もともと完璧な人間というものはいなくて、この主人公は恋愛をしながら失敗を繰り返します。他人に対してよくないことをして、それがわだかまりになったまま時が過ぎて、今度は同じことを光源氏がされる側になる。そして反省して理想の人間像に近くなるが、しかし年を取って悪い面が再び出てくるという人間臭さから抜けられないという、読み手自身も心当たりがあるようなことを光源氏に託しているというのです。
日本人がこうありたいという生き方の方向性を光源氏というモデルによって示し、生活の奥にある信仰と道徳を考え、人間として向上するための反省の書なのだと結論づけます。
この論文を一読すれば『源氏物語』を恋愛とはちがった視点で読むことができるでしょう。
文学としての短歌の変遷を知る
『短歌本質成立の時代 万葉集以後の歌風の見わたし 』
歌人として短歌を愛した折口信夫。
万葉の時代から引き継がれる歌の調子「575・77」は私たち日本人に共通して染みついているものではないでしょうか。
本書は、連歌や俳諧に傾倒するものの作った短歌、仏者の短歌、様々な作り手の作品から短歌を見つめ直すことを試みた内容です。
短歌の文化的価値や万葉集との関り、短歌に込める人々の感情がいかに成立していったのかを論じています。
- 著者
- 折口 信夫
- 出版日
- 2016-07-20
教科書でおなじみの人物たちの短歌に対する折口の評価をとても興味深く読むことができる論文です。
短歌が文学として成立していくうえで歌人たちにどのように試みられていったのかを奈良朝から平安末期を中心に論述しています。宴遊での歌垣(うたがき・かがい)のような掛け合いの勝負事から相手なく一人で吟ずる歌が短歌以前の兆しとなり、そこから創作という文学態度が現れたとしています。
「美」の意識を込める、あるいは感情のままに詠うのではなく、静かに自然に向き合う感覚の萌芽を山部赤人や大伴家持に見出すのです。
平安期に入ると生活から離れた心境を楽しむ「美」を意識し、女房生活の女性の方が短歌を自在にするようになったといいます。自分を詠うというよりは、物語の登場人物を象徴的に詠う傾向が出てくるのだそうです。
連歌や俳諧に押されつつもその形式を今に伝えてきた短歌の成立に対する折口の分析が記述されています。