藤子・F・不二雄が描く、世界の終末『箱舟はいっぱい』
表題作『箱舟はいっぱい』は、世界の終末を扱った話です。彗星の尾が地球をかすめ、地球の生命が滅亡するという噂が街に広がり、街はパニックに陥ります。しかしこれは「ノア機構」を名乗る詐欺団体の陰謀だと明らかにされ、人々は安堵するのです。ところが、その裏では……。
本短編集には他にも世界の終末を描く作品が、いくつか収められています。その中の傑作が『カンビュセスの籤』という短編です。
砂漠をさまよえる一人の男の名前は、サルク。彼は、ペルシア王・カンビュセスのエチオペア遠征のために派兵された兵士でした。放浪の果て、やっと見つけた奇妙な建物に入ります。中には少女が一人いました。二人は言葉が通じませんが、少女は疲れ果てたサルクを介抱し、食料を与えます。
回復したサルクは、都に帰ろうと食料と水を求めます。ところが少女はそれを拒否。勝手に食べ物を持ち出そうとしたサルクは、少女に見つかり、電子銃で止められます。拘束されたサルクは脱出の機会をうかがいますが、少女の悲しげな振る舞いを慰めるうちに、いつしか心を通わせるように。そして少女が修理していた翻訳機が作動し、二人が話せる日がやってきます。
- 著者
- 藤子・F・不二雄
- 出版日
サルクが少女に語った話は、恐ろしいものでした。
エチオピア遠征の四分の一の行程を進んだところで、食料は枯渇し、兵士たちは飢えで倒れていきます。動物から草まで食べつくし、彼らは籤(くじ)を引き、当たりを引いた人間を食べることにしたのです。当たりを引いたのは、サルクでした。彼らから砂漠を逃げまどううちに霧の中に迷い込んだという彼の言葉に、少女はうなずきます。その霧は次元の不連続地帯であり、タイムトラベル効果をもたらしていたのです。
少女は、未来人でした。週末戦争中、シェルターに逃げ込み、生き残ったメンバーの一人でした。しかし放射能に汚染された世界は、シェルター設計者の想定を超えていました。草一本ない外世界で食料の生産はできず、備蓄の食料も底をつきます。彼らは地球外文明へのSOS信号を最後の希望に、少しでも長く種を残すことを選びました。応答を待ちながら、人口冬眠を繰り返す彼ら。しかし冬眠には体力をつけるため、食事をとらなくてはなりません。その食料の正体は、図らずもサルクの仲間が選択したものと同じだったのです。
「籤引きでね、二十三回冬眠したわ…。残っているのは私だけ。」
物語最後に、サルクに笑顔で話しかける少女の姿は切ないものです。
『ミノタウロスの皿』と『カンビュセスの籤』、ともにカニバリズム色の濃い作品ですが、作品の雰囲気は違います。前者の作品ではブラックジョークが添えられていたのに対して、後者の作品は悲劇と哀愁の物語となっています。
藤子・F・不二雄が得意とする、価値観が逆転した世界
道徳や良識が覆った奇妙な世界を描く話です。
世界がおかしく見えるのだと、医者に話を聞いてもらう主人公。いきさつはこうです。ある日、彼が目覚め、新聞を取りに行こうとした矢先、激痛を感じます。痛みは収まったものの、日常生活で違和感を感じ始めます。
- 著者
- 藤子・F・不二雄
- 出版日
初めはちょっとした違和感でした。会社に遅れそうな時刻なのに、朝食の支度ができていません。妻に大声で「早く飯にしろ!」とどなると、「あなたっ。ご近所に聞こえるじゃありませんか!」と真っ赤になって恥ずかしがります。「メシの催促がなぜ悪い?」と不思議がる主人公。用意された食事を、カーテンを閉め切ってこそこそと食べる妻と子ども。
あるときには、主人公が娘にシンデレラの絵本を読もうとします。しかしエンディングシーンで仰天。なんとシンデレラと王子様が、裸でベットインしている絵が載っているのです。とんでもない絵本だと憤慨する彼に妻はしらっとしています。
この話を聞いた医者は、主人公にこう言います。食欲も性欲もともに大切な欲望、しかし「食欲とは何か!?個体を維持するためのものである」「個人的、閉鎖的、独善的欲望といえますな」「性欲とは!?種の存続を目的とする欲望である!」「公共的、社会的、発展的性格を有しておるわけです」。だから食欲を隠し、性欲をおおっぴらにしてなにがおかしいのか、というわけです。なんとなく説得力のある説ですね。
さらにこの世界では、殺人の権利も公に認められているのでした。医者の説得により、この世界を受け入れる主人公。すっかりこの世界の住人となった彼は、殺人の権利を行使しようしますが……。
藤子不二雄作品によくみられる、価値観の逆転。たくみなせりふ回しによって「こんな世界もありかも?」と思わせるところに恐怖を感じます。
他人の生活は、どんなものでも羨ましい?『パラレル同窓会』
「隣の芝生は青い」ということわざを現したような作品です。ある大企業の社長のもとに、一通の同窓会通知が届きます。
「パラレル同窓会のおしらせ 日時 その時、 場所その時 」
社長は不思議に思ったものの、はがきを捨てます。ところがその日から、奇妙なことが起こり始めます。SMショーで見かけたと言われたり、昔の恋人に「昨夜はどうも」と意味深な電話をもらったり……。
- 著者
- 藤子・F・不二雄
- 出版日
彼に身に覚えはなく、首をかしげるばかりです。家に帰ると妻が腰を抜かします。なんとすでに自分が帰宅しているというのです。部屋にいたのはもう一人の自分、パラレルワールドの自分でした。人生の選択の数だけ世界があり、その世界の別の自分同士が一堂に会す「パラレル同窓会」に主人公を誘いにきたと言います。
同窓会で会ったのは、様々な自分。出世コースを外れた自分、社会革命家というかテロリストとして活躍する自分。社長という立場の主人公は、みんなから羨ましがられるのですが、彼が一番羨ましかったのは昔の夢である小説家を目指し続ける自分でした。やめておけという彼の言葉を聞かず、半ば強引に自分の生活との交換を迫る社長ですが……。
価値観は人それぞれですが、どうやら人間には自分が持っていないものに憧れる性質があるようです。しかし、いざ本当にその憧れを手に入れたとき、人は満足できるのでしょうか。