青い暴走3
ジュンヤ、シンゾウ、トオル。それぞれの校外学習2日目の夜。「青い暴走」シリーズ第1部完。

アキラに話を聞くと、今回の事件の全体像がなんとなく見えてきていた。
ユウがひとりで呉道のところに向かったとなれば、おれが黙っていることはないだろう。おれが追いかけることは、呉道でなくても、おれを知る人間であれば容易に予測できたことだ。
おれとアキラにつけた見張りには、おそらく期待していなかったはずだ。おれたちにプレッシャーをかけて、おれとアキラを離すことができれば御の字といったところか。
リョウスケと呉道は、おれが唐招提寺に行く前に、唐招提寺ですれ違っていたらしい。だとすれば、おれがリョウスケと連絡を取って、唐招提寺に向かうことも予測できる。しかし、呉道はあえて、他の場所へ移動しなかった。
呉道の計画は、教頭の見回りスケジュールから逆算して立てられたものだったからだ。仮におれが唐招提寺に辿り着けなかったとしたら、教頭が唐招提寺に着いた時、呉道の班は全員いて、ユウは自分の班から離れてひとりでいることになる。ユウになんらかの処分がくだることになっただろう。
結果としては、おれは唐招提寺の呉道のところに辿り着いたわけだが、おれが森下たちを突破しようがしまいがどちらでもよかったのだろう。突破できなければ、呉道の勝ちだ。
おれにタイマンを吹っ掛けた時も、わざと負けるつもりだったのだろう。呉道をボコボコにした頃に教頭が来る。おれはめでたく処分確定だ。
校外学習で班別行動を無視してユウとふたりで行動したあげく、呉道とケンカしてボコボコにしたと教頭の目にはうつる。昨日の件も合わせて、最低でも長期停学、呉道のやりようによっては退学の可能性もあっただろう。おれを退学にするもうひと押しも考えていたかもしれない。
そういう仕掛けを全部ひっくり返されて、冬川も手元にいない、アキラとリョウスケに囲まれている状況を長引かせるのは不利と判断したのだろう。
全体像を把握した時には、腹が立つより先に呆れてしまった。もっと有意義なことにその頭脳を使えよと思ってしまう。
ひとまず今回の件は終了ということで、おれは一時的に自由の身となって、ユウと一緒に夜の奈良の街を歩いている。
JR奈良駅前のホテルから、近鉄奈良駅の方へ向かって、ブラブラと歩く。特に目的地があるわけではない。しいて言うなら、ユウと歩くことが目的だ。
駅前のバスターミナルの横を通って、信号を渡る。
商店街みたいな雰囲気の、車通りの少ない道。奈良の街の夜は早いのか、半分ほどの店の明かりは消えている。暗すぎず、かといって明るすぎない、いい感じの照明具合。
頭上には、できすぎなくらいキレイな夜空が広がっている。明るくはっきりと光る星が3つ並んでいる。おれにわかるほとんど唯一の星座、オリオン座だ。
ロマンティックな雰囲気をぶち壊す、盛大なくしゃみをひとつ。
ヴァックシュンッ!
「大丈夫?」
ユウが心配そうに聞いてくる。白い吐息は、ユウの優しさを形にしたようだった。
「平気平気」
ユウが、寒いならホテルに戻ろうとか言い出さないように、まったく問題ないように振舞う。正直なところ、結構寒気がする。
いろんなことがありすぎて、何を話せばいいのかわからなかった。
大丈夫といえば、ユウの方こそ大丈夫なのだろうか。本当に、呉道のことを振りきれたのだろうか。
うまく言葉にできない想いを抱きながら、ユウと手を繋いでゆっくりと歩く。
自分のした判断にも自信がもてなかった。本当にユウを追いかけたことは正しかったのだろうか。もしかしたら、ユウがひとりで戦う機会を奪ってしまったんじゃないか。
ユウと一緒にいると、ユウのことを考えれば考えるほど、自信がなくなっていく。
本当にこれで正しいのか、この言葉で伝わるのか、ああしておけばよかった、ああ言った方がよかったんじゃないか。正しい答えは、結局いつも見つからない。
一番自信がもてないのは、本当にユウはおれのことを好きなのだろうか、ということだ。
昨日だって、今日だって、おれはユウに何もしてあげられていない。昨日、ホテルで呉道に絡まれた時は、ユウとリョウスケのおかげでなんとかなった。今日だって、おれは勝手に暴走して、池にダイブしただけで、ただカッコ悪い恥をさらしただけだ。
こんなバカみたいなことをしてるやつを、ユウは好きなんだろうか。どん引きしているんじゃないだろうか。
結局ぜんぶ、おれの自信のなさが原因なんだ。
今、何も言うことができないことも、今日、ユウをひとりで行かせてしまったことも、これまで、一度もキスできていないことも。
自信っていうのは、そう簡単に持てるものじゃない。
たとえば、ユウが好きだと言ってくれたとしても、最終的に、自信を持てるかどうかはおれ次第なんだ。
どうしたら、自信を持てるのだろう。
アキラやリョウスケと一緒にいる時は、こんなことは考えない。何も考えないで楽しめばいい。でも、ユウと一緒にいる時は違う。
ユウと一緒にいると、それまで見ない振りをしていた、いや、見えていなかった、自分の嫌な部分とかダメな部分が、これでもかってくらいに見えてくる。
「今日は、ごめん」
ユウがポツリと、でも確かな声で言う。
謝ることないと言おうとしたおれに先んじて、ユウは続ける。
「ジュンヤが謝って欲しいとか思ってないことはわかってるんだけど、私の気が済まなくて、だからごめん」
ユウは筋を通すとか、ケジメをつけるみたいなことを、すごく大切にする。ひとつひとつ目の前のことと向き合わないと、次に進めない不器用さ。
そういう不器用なところが、おれはすごく大好きなんだ。
「おれの言いたいこと、完全に読まれちゃってるな」
おれの言葉に、ユウは微笑む。
好きだ、という気持ちも、言葉にせずとも伝わっているのだろうか。
伝わっていて欲しい、とは思わない。それはきっと言葉にしなくちゃいけないことだ。言葉にしなくても伝わることであっても、言葉にして伝えなくちゃいけないことはある。
おれは言葉を選んで伝える。
「本当のこと言うと、ユウがひとりで呉道のところに行った時、なんでひとりで行ったんだよって思った。ひとりで行かなきゃいけないからひとりで行ったんだって思っても、納得できなかった。おれはさ、頼りないかもしれないけど、次にこういうことがあったら、もちろん、ない方がいいんだけど、もし次にこんなことがあったら、おれも一緒にユウと戦いたい」
戦いたい? 違う。
「一緒に戦ってくれたよ」
優しいアルト。違うんだ、ユウ。
「戦いたいっていうか、一緒にいたいんだ。戦う時だけじゃなくて、ユウがツライ時とか、悲しい時とか、もちろんうれしい時も、隣にいたいんだ。ユウのことが、大切だから。ユウのことが、大好きだから」
頬が熱くなる。さっきまで寒気がしていたくらいなのに。
結構頑張ったつもりなのだけれど、ユウの返事はない。うつむいて、ゆっくりと歩いている。
でも、私も、とか言うのは、ユウのキャラじゃないよな、と思う。
鼻の頭に何かが触れる。
ふわりと、くすぐったい感触。
「雪だ」
背の高い俺の方がユウより先に雪に気づく。
ふたりで空を見上げる。
こぶりではあるものの、空から降ってくるのは、真っ白な雪だ。
おれの手を握るユウの手に力が入る。
足を止めてユウを見ると、おれにまっすぐ視線を合わせていた。
ユウが前におれに言ったことを思い出す。
大切なことを伝える時は、相手の目を見て伝えなくちゃいけない。
「ジュンヤと会って、本当に、初めて人を好きになった。一緒にいたいって思ったけど、どんどん自分が弱くなってく気がして怖かった。ひとりになった時に、もう元の自分に戻れなくなるんじゃないかって」
ユウの言葉はそのまま、おれに幸福と恐怖を与える。
今自分が手にしている幸福が、ユウと手を繋いで歩いているこの時間が、ひどく曖昧で不安定で、ふとしたひょうしに崩れてしまうんじゃないかという恐怖。
幸福と思うほどに、それを失う恐怖も増していく。幸福が大きくなり過ぎて、それを失う恐怖に耐えられなくて、人は距離をとってしまうのだろうか。おれとユウもそうやって次第に離れてしまうのだろうか。
違う。幸福を確かなものにするために、手を繋ぐんだ。恐怖はそのまま、おれがユウと離れたくないことの証だ。
幸福も恐怖も、ともに、おれとユウを繋ぐものだ。
「ジュンヤが橋から飛び降りた時、本当に怖かった。このまま、ジュンヤがいなくなっちゃうんじゃないかって思った」
「……いなくなんないよ」
「いなくならなくても……いなくならないかもしれないけど、次はジュンヤが落ちる前につかまえるから」
「……おれが落ちなきゃ、おさまらなかったから」
「おさまらなくても、つかまえるから」
珍しく熱いユウの言葉に、返す言葉が見つからなかった。ユウの目はまっすぐにおれを見つめている。目をそらすことはできない。
もしかしたら、言葉で言うだけでは足りなくて、手を繋ぐだけでも足りなくて、それでも、大切な誰かと繋がっていたくて、だから、人はキスをするのかもしれない。
息をつめて、ユウの顔を見る。
顔をゆっくりと近づけ、目を閉じ、触れたユウの唇の感触は、不安になるくらいの柔らかさだった。離れて初めて、確かに唇が触れていたことを自覚する。
目を開けると、同時にユウも目を開いて、視線が合う。
おれは素早く、ユウはゆっくりとうつむき、沈黙がおりる。
胸の中央がぐちゃぐちゃになっているおれは、何も言うことができない。
やがて、ユウがポツリと言う。
「これも、初めて」
「雪だな」
窓の外を見てつぶやく。ホテルから見える奈良の街には、いつのまにか雪が降り注いでいた。これで女の子とふたりきりとかだったら、いい感じになったりするのかもしれないけれど、僕の場合は冬川とふたりきりだ。松本は外に出ている。
あのあと、僕たちは冬川と九人で喜光寺に向かった。喜光寺でジャクソンたちと合流して写経をして、結局、法隆寺に着いたのは、かなりギリギリの時間だった。僕たちの班は学校から配布された拝観券で拝観することができたが、冬川は一度呉道たちと拝観してしまっていたため、拝観券を購入しなくてはならなかった。まぁ、それは瑣末な問題だろう。
冬川が僕たちの班に合流していることは教師に気づかれなかった。仮に気づかれたとしても、呉道たちと話はついているということにすれば何とかなったとは思う。冬川の件を深堀されて困る呉道たちは話を合わせるだろう。そういう方向に知恵を働かせられるようにこの2日でなってしまった。
昨日と今日を経て、実際に呉道と村上や松本がやり合うのを見てみて、今までこういうのとは関わりなく生きてきたんだなということがわかった。
何が正しくて、何が間違っているのか、前からわからない部分があったが、この二日間でさらにわからなくなった。
今回の件は、僕ひとりでは解決することはできなかった。2日目に起こったことに関しては、松本がいなければ気がつきもしなかった可能性すらある。当初の計画では唐招提寺に行く予定などなかったのだから。
僕は今まで、解決できることを解決してきただけなのだということがわかった。もしくは、解決したつもりになっていただけだったんだ。学校には、学校の外には、僕が今まで経験したことのないような事件や問題がもっと多くある。今の僕では解決できないようなこともたくさんある。そういうことをわかっていたようで、わかっていなかった。
敵を知り、己を知れば、百戦危うからず。という言葉があるが、僕は己を知っていなかったんだ。自分の弱さを知っているようで知らなかったんだ。きっと、僕よりも村上や松本の方が自分の弱さを知っている。自分の弱さを知っているからあいつらは助け合うんだ。
自分の弱さについて考えていると気が滅入ってくるけれど、とりあえずは目の前の問題。
「冬川は、これからどうするんだ?」
自分でも少し冷たいと思う質問。でも、これからどうするかは、冬川自身が決めなくてはならない。
これまで、少なくともここ最近数ヶ月は、冬川は呉道たちと行動をともにしてきた。僕ならまずそういう選択はしないけれど、これからも呉道たちとつるんでいくという選択肢だってある。
冬川は答えない。
「教室で、おれが見てる前では、呉道たちの好きにはさせないけど。いつもおれや松本が近くにいるわけじゃない」
言いながら、僕は、呉道は冬川にはもう何もしてこないんじゃないかと考えていた。村上や松本は、後にしこりを残さないために奔走していたのだ。次に同じようなことがあれば、今度こそ山下も出てくるだろう。呉道はそんなリスクを冒すようなやつじゃない。
「どうやったら、強く、なれますか?」
顔を上げ、僕の方をむいて、冬川は言う。
「冬川の言う強さってなんなんだ?」
強さにもいろいろな強さがある。単純にケンカに強くなりたいのであれば、格闘技を習えばいい。ただ、心を強くするとなると、たぶんそれは、人によって鍛え方が違うものになってくると思う。
「ぼくは、小学校の頃もいじめられてて、いじめてた人たちと離れるために受験して、でも、中学でもいじめられて、高校も受験し直すことになって、高校でも……だから、いじめられないように、なりたいです」
いじめられないようにか。ずいぶん消極的だけど、それが冬川の本音なんだろうな。小学校の頃からずっといじめられていたのでれば、そういう考え方になってもおかしくない。
松本に、放っておいて欲しいと言ったの理由もなんとなくわかる。昨日の段階では、冬川は諦めていたんだ。どうせまたいじめられると。環境を変えてもいじめられ続けてきたんだ。そう考えるのも無理はない。でも、今年に限って言えば、僕から見て、冬川にいじめられる要因みたいなものはなかったように思う。
これはあくまで推測なのだけれど、人間観察に長けた呉道は冬川のことを観察していて、いじめられていたオーラみたいなものを感じたのかもしれない。
いじめられるやつと、いじめられないやつの違いはどこにあるんだろう。
僕には、冬川と他の生徒の間に、大きな違いがあるとは思えなかった。身も蓋もない言い方をすれば、ただ単に運が悪かっただけなのかもしれない。自分の個性と環境の相性であったり、たまたま呉道みたいなやつの目についてしまったり、そういう自分ではどうしようもないようなことで、いじめられることもあるように思う。
だから、僕は冬川に問いなおす。
「いじめってなくなると思うか?」
「いいえ」
冬川は即答する。
「おれもなくならないと思う。きっと大学生になっても、社会に出てもいじめはあると思う。おれだっていじめられるかもしれないし、松本だっていじめられるかもしれない。もしかしたら、学校とか職場とかをやめなきゃいけないこともあるかもしれない。そうなったら、次の場所を見つけなきゃいけない。だから、たぶん、いじめられない強さっていうのは、自分の居場所を自分で作る力と、それを守っていく力なんだと思う。どこででも生きていける力を身につけるってことなんだと思う。いじめられない強さっていうのは」
冬川だけじゃない。僕も、もっと強くならなくてはいけないんだ。
松本が言うように、全員を守れるわけじゃないとしても、せめて自分の大切な人を、両手の指の数くらいは守れる強さを持っていたいと思った。
僕は偉そうなことを言ったついでに、ひとつアイデアを思いつく。
「おれは今度の生徒会長選挙に出て、生徒会長になる。もし、冬川にやる気があるなら、一緒に生徒会やってみないか?」
僕にできるのは選択肢の提示まで、選ぶかどうかは、冬川次第。
「ぼくに、できるでしょうか?」
「できるかじゃない。やろうとするかどうかだ」
僕だって、100%できるわけじゃない。生徒会長にだって、まだなれると決まったわけじゃない。でも、やろうとする意志は誰よりもある。それは僕の強さだ。
冬川はうなずく。
「やります」
昨日よりも強い目。
「うん。冬川は、いい生徒会役員になると思う」
「そう、ですか?」
「弱さを知ってるから。ただ強いだけのやつにはできないことができる。本当の意味で、人に寄り添うことができると思う」
「寄り添う、ですか」
「うん。まだうまくまとまっていないんだけど、学校の中で立場が弱いやつにとって必要なのは、自分を守ってくれる強いやつよりも、自分に寄り添ってくれる弱いやつなんじゃないかって」
「弱いままでもいいんですか?」
「弱さを抱えたまま強くなるんだよ」
弱いままであれば、またいじめられてしまう。寄り添うことには、弱さと同時に強さも必要なのだろう。強さだけを追い求めたら、行く着く先は呉道だ。最終的に、呉道を止めたのは、村上の弱さだったのかもしれない。
冬川は、わかったような、よくわからないような、微妙な表情をしている。問題はない。僕だって、正直よくわかっていない。とりあえず今は、前をむいていればそれでいい。
「お互い頑張ろうな」
僕は冬川と握手をしようと手をのばす。
僕の手が冬川の手に触れる前に、ガチャッと音がして、部屋のドアが勢いよく開く。
「コーヒー牛乳買い占めてきたぜ!」
両手のコーヒー牛乳をかかげて、松本が言う。
「はいっ、冬川ちゃん」
そう言って、冬川の前にコーヒー牛乳を置く。
もう一方のコーヒー牛乳のふたを開ける。
「それじゃあ、乾杯といきますかー」
いやもう突っ込むのも嫌なんだけど、僕の分はないのな。
「っと忘れてた。はい、シンちゃん」
そう言って、ポケットから取り出したコーヒー牛乳を僕に向かって投げる。
僕は両手でキャッチする。
カバンから財布を取り出して、代金を払おうとする。
「お金はいいよ。ジュンヤちゃんかばってくれたお礼」
松本の好意をありがたく受けておくことにする。
「サンキュ」
「じゃあ、改めまして、かんぱーい」
松本に遅れながら、僕もコーヒー牛乳のふたを開け、びんをかかげる。
口をつけ、半分ほど一気に飲み干す。
うまい。
松本が笑う。
冬川はゆっくりとコーヒー牛乳を飲んでいる。
悪くない。国も、学校も、変えなきゃいけないところはたくさんある。僕たちの世代の未来は暗いと言われている。それでも、問題は山積みだけれども、こうして笑いながら、うまいコーヒー牛乳を飲んでいられる。
コーヒー牛乳を発明した愛すべき母国。
この国も、そんなに悪くないのかもしれない。
窓の外では、雪がちらついている。
ハルカと一緒に見たかったな、そう思った。
俺は今、部屋にひとりだ。
ヒロタカは部屋から追い出した。昨日の夜もおれと一緒に部屋に閉じこもっていたのだ。今日くらい、澄香ちゃんと一緒にいさせてあげたい。でもそうすると、北川がひとりになるのか。村上と奥山も外に出ているだろう。杉本が北川に会いに行くってことは、たぶんないだろうな。だとしたら、澄香ちゃんが北川を誘って、3人で土産物を物色するとかそんな感じになるかもしれない。
昨日と今日を通して、なぜだか一番印象に残っているのは、唐招提寺で見た呉道の表情だった。気のせいかもしれないけれど、失恋した後の表情のように見えた。普段の呉道の表情をそんなに知っているわけじゃないから断言はできないけれど、俺の横を通り過ぎていく時の呉道の表情は、村上との勝負に勝ったとか負けたとか、そういう表情とは違うと思った。
まぁでも、それは俺が気にしても仕方のないことだ。
西ノ京駅とか唐招提寺では不安に思っていたけれど、今日の昼くらいからは、比較的いい感じのテンションを保てている。いつまで続くかはわからないけれど。
元に戻れるかもわからない。でも、別に元に戻らなくてもいいと思う。というよりも、元に戻ろうと無理をしていたから、変な感じになってしまっていたような気もする。
これから何か目標をもってこうしようとかいうのはないし、希望を持って前に進んでいこうとかそういうことは思わないし、まだ思えない。明日とか、学校に戻ってからとか、ヒロタカに心配をかけることもあると思う。でも、俺が落ち込んだり悲しんだりするのは自然なことで、だから心配しなくていいと、ヒロタカには伝えようと思う。
失恋とか悲しみを乗り越えなきゃいけないとか、ハルカを忘れたくないとか、そういうことはもう考えないことにした。
乗り越えなきゃいけないと思うから、乗り越えられずに悩むんだ。
あれだけ好きだった女の子なんだ。きっとこれから、どうあったって忘れられそうにない。どんな女の子と付き合ったって、忘れられないだろう。
父親になっても、じいさんになっても、ハルカはずっと、俺の初恋なんだ。
初恋は乗り越えるもんじゃなくて、胸にしまっておくものなんだ、きっと。
今はまだコントロールできていない。考えたくなくても考えてしまうし、思い出したくないことを思い出してしまうこともある。そういうことを繰り返して、少しずつ、少しずつ、胸の奥の方にしまわれていくといい。そうやって、いつかは、取り出したい時に取り出せるようになるといい。
どん底に落ちるほど好きになれる女の子に出会えたんだ。一生かかっても巡り合うことがない人もいるかもしれない。それはきっと、すごく幸せなことなんだろうと思う。
大丈夫。少なくとも、今この瞬間は、確かに幸せなことだと思えている。
だから、こんなありきたりな言葉で、俺の初恋を肯定しよう。
ハルカを好きになって、本当によかった。
「青い暴走」シリーズ第1部完
青い暴走3
2015年01月01日![]()
青い暴走
高校生が主人公の青春小説「青い暴走」シリーズを連載しています。