【連載小説】「ロマンティックが終わる時」第31話【毎朝6時更新】

更新:2018.1.30

池にダイブしたジュンヤ!ボリューム増でクライマックスをお届け!

1991年生まれ 神奈川県横浜市出身 早稲田大学文学部卒 2014年から電子書籍作家として活動を開始する。 いろんなウェブメディアで物書き、編集者として活動中。 「21世紀に書かれた小説のなかで最も完璧に近いと思うものは?」という質問には、鷺沢萠の「ウェルカム・ホーム!」を挙げる。
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幕間~榎本徹の疾走~

連載第1回はこちら


山下が小走りに戻ってくる。

「大丈夫だ。行こう」

リョウスケたちがなんとかしてくれたのだろうか。なんにせよ、山下が大丈夫と言うからには大丈夫なのだろう。

西ノ京駅から唐招提寺までは、普通に歩いて10分かからない。わかりやすい一本道。

俺たちは早歩きで唐招提寺を目指した。

会話は無い。話せる雰囲気ではない。

山下の発する圧倒的なオーラが場を支配していた。昨日や、これまでの学校生活では感じなかったものだ。

かと言って、別に気づまりするというものではない。村上と奥山がピンチだというのに、へらへらと笑い話をするような無神経なメンバーはいない。元から口数が多くないメンバーが揃っている。口数が少ない代表の杉本は、昨日から一貫して言葉を発していない。俺と同じくらいの口数の少なさだろう。

5分で唐招提寺に着く。

入ってすぐ、呉道の班のメンバーの姿が見えた。

「ジュンヤたちはどこに行った?」

山下が問うが、班員たちは答えない。

「答えろ」

山下の鋭い声。俺が聞かれているわけじゃないのに、胸が冷たくなる。

班員のひとりが、左に向かって指を差す。

山下は何も言わずに、班員が指差した方に向けて、歩きだす。

俺たちも山下の後に続く。

玉砂利を蹴る大きな音がする。

見ると、呉道の班のひとりが、北川に向かって駆けている。人質に取ろうとでも言うのか。しかし、それは叶わない。

班員と北川の間に、杉本が体を滑り込ませる。

杉本は、班員の肩をつかんで、そのまま、腹にひざ蹴りを入れる。

班員は目を大きく開いて、膝をつく。

「森下、おまえ、後で覚悟しておけ」

山下はそう言い捨てて、先を急ぐ。

北川を先に行かせて、俺と杉本で最後尾を守る。さすがにもう何もしてこないだろうが、念のため。

先頭を行く山下が早歩きから小走りに変わる。緩やかな坂を駆け上げり、突きあたりを右に曲がる。

俺たちも遅れないように、後に続く。

突きあたり辿り着く頃には、山下の姿は、小道のずっと先に小さくなっていた。

木々に囲まれた、暗い小道。葉が陽の光を遮っている。

山下は、小道を途中で左に曲がる。

俺たちの足も小走りというより、ほとんど走っている感じになる。

山下が曲がった場所には小さな門がある。この中に山下は入っていったのだ。

門をくぐると、苔むした林が左右に広がっていた。中央を小道が真っ直ぐのびている。

バシーン、と大きな音が聞こえる。

大きな音が消え、すぐに山下の声が響く。

「ジュンヤ!」

ジュンヤがダイブした池

村上淳也SIDE

服の中の空気が、ボコッと外に出ていく。服が体に張り付き、ついで、水の刺すような冷たさを感じる。

寒い! 冷たすぎる! こんなに池の水冷たいのか。手の震えを無理矢理落ち着かせて、水面を目指す。服が重い。手も足も思うように動かない。

飛び込む直前に見えた、池に浮かんでいた枯れ葉やゴミの存在を思い出し、呼吸するのと目を開けるのをためらう。

無我夢中で水をかく。水泳の授業のようにはいかない。寒くて重い。指の先が水面から出るのを感じる。あと少し。両手で水を下に押すように、水面を目指す。

水面から頭が出たところで、髪の水を振り払い、息を吸い込む。

さらに寒い。口のまわりが寒い。息を吸い込むと、冷気が顔に襲いかかってくる。

「ジュンヤ!」

アキラの声だ。

目を開けて、陸を目指す。

陸に上がると、服がさらに重くなったように感じた。上着がのしかかってくる。

風が吹く。寒い寒い寒い寒い寒い。奥歯がカタカタ鳴る。

服脱いだ方がいいのか、着たままの方がいいのか。立った方がいいのか、それともこうやって両膝をついていた方がいいのか。

「ジュンヤ!」

ユウの声だ。

ユウが駆けよって来る。おれの前に滑り込むように膝をついて、おれの肩に触れる。

「バカ」

ユウは泣きそうな声で言う。

違う意味で気を失いかける。なんだこの破壊力は。寒いはずなのに、急に体の芯が熱くなってくる。

ユウのむこうには、おれを心配そうに見つめるうちの班のメンバー。

全員来てくれたのか。

そうだ。まだ終わってないんだ。

おれは立ちあがる。

ユウの手がおれの肩から離れる。

奥歯を噛みしめて、震えを止めて、言う。

「呉道、これで手打ちにしてくれ」

おれの方をポカンとした表情で見たままだった呉道は、おれの言葉を聞くと、腹を抱えて笑い始めた。

「村上、おまえ、バカじゃねぇの」

その様子を見て、アキラが呉道の方へ足を踏み出す。

「アキラ、これで手打ちにしたい」

おれがそう言うと、アキラは足を止める。

「呉道、これでいいんだな?」

アキラの問い。

「あぁ。教頭も撒いて来たんだろ? それにしても、久しぶりにこんなに笑ったよ。おまえみたいなやつといると、クソみたいな高校生活も少しは楽しくなるのかもな」

腹を抱えたまま呉道は言う。まだ笑いを抑え切れないようだ。

「無茶苦茶楽しんでるよ」

おれの言葉に、呉道はニヤリと口の端を上げる。

「おれたちを見張ってたやつらのだ。返しとけ」

アキラはそう言って、携帯とスマートフォンが入っているであろう袋を呉道にむかって投げる。

呉道はそれを片手でつかみ、じゃあな、と手をあげて去っていく。

呉道の背中を見ながら、鼻水をすする。

……やばい、頭いたくなってきた。

原島真蔵SIDE

松本たちの後ろを走って行くと、途中で呉道とすれ違った。

一瞥して、通り過ぎる。

松本が向かっているのは、鑑真和上御廟。

門をくぐり、小道を走ると、そこには村上たちの班が揃っていた。

「ジュンヤちゃん、大丈夫?」

「頭いてぇ」

村上がしゃがみこんでいる。呉道に何かされたのだろうか。

「何があったの?」

「ジュンヤが池にダイブした」

松本の問いに山下が淡々と答える。

池にダイブしたって? 呉道に脅されたとかか?

次の瞬間、大きな笑い声が響いた。松本だ。

「ジュンヤちゃん、相変わらずバカなことするねぇ」

松本は腹を抱えて、かがみこんで笑っている。

「まったくだ」

山下も薄い笑みを浮かべている。

「おまえら、少しは心配しろよ」

寒そうな村上の声に、笑い過ぎの涙を拭いながら、松本が答える。

「ごめんごめん。いやぁ、発信機のサインが消えた時は何があったのかと思ったけど。こういうことだったのか」

松本が急に走り出したのはそういう理由だったのか。

「発信機って、いつの間につけてたんだよ」

村上が不満げに漏らす。

「スマートフォン渡したでしょ」

「あっ!」

そう言って、村上は上着のポケットをさぐる。

「そっちの防水じゃないからね。たぶんもう成仏してるよ」

「悪い、リョウスケ」

申し訳なさそうにする村上に、松本は手を振ってこたえる。

「いいっていいって。その代わり、貸しイチね」

松本の声を聞いてほっとしたのか、村上は思い出したように凍えだす。離れていてもわかるほどに震えている。そりゃ1月の奈良の池に飛び込んだらそうなるわな。

村上の後ろから奥山が近付き、自分のレザージャケットを村上にはおらせる。

村上の手を奥山が握ったのを見て、うちの班員たちが一斉に。

「「「「「「村上、凍え死ね!」」」」」」

鑑真和上御廟出口

村上淳也SIDE

凍え死ぬかと思った。

「教頭は大丈夫なのか?」

アキラがリョウスケに聞く。

「あっ、そういえば」

「撒いたんじゃないのか?」

「いや、途中までは撒いたというか、一緒に喜光寺にむかってたんだけど、発信機のサインが消えたから慌てて引き返してきたの」

「じゃあ、来るかもな」

「ごめん」

教頭が来るかもしれないのか。まぁいい。うちの班もリョウスケの班も班員は全員揃ってるわけだし、怒られるとしても、池に飛び込んだおれくらいだろう。足を滑らせたといえば、最悪で短期の停学になるレベル。大したことじゃない。おれが処分されることで呉道が溜飲を下げることを考えれば、1週間くらいの停学は安いもんだ。

橋のむこうから、男が歩いてくるのが見える。教頭だ。

「ホテルに忘れ物をしたんじゃなかったのかな?」

法隆寺から走ってる時にすれ違った教師か。ひとりで走ってるのを目撃されて、唐招提寺の池に飛び込んで、さらに昨日の件もある。今回はちょっと厳しいかもしれない。

「いやぁ、よく考えたら、別になくてもいいものだったんで、合流したんですよ」

このタイミングで来たということは、教頭は呉道の班とすれ違っているだろう。その時にもしも、呉道が教頭に何か言っているとしたら、たとえばおれたちに冬川を奪われたとか、そういうことを言っているとしたら、呉道たちも教頭と一緒に来るはずだ。昨日のこともあるし、教頭は両方から話を聞こうとするだろう。呉道たちが来ないということは、教頭は何も聞いていない。

「松本くんたちはどうして急にここに来る気になったのかな?」

教頭の立場から考えるなら、リョウスケたちと一緒に喜光寺にむかっていたところで、急にリョウスケがこっちに逆走しはじめたということだ。何かあると思って来てみたら、おれがずぶ濡れだったと。処分するほどではないにしても、このままホテルに強制送還されてもおかしくはない。

「ジャクソンたちはおいてきたんですか?」

おいてきた。罪悪感を刺激する言葉を使うリョウスケ。

「ちゃんと喜光寺までの地図は渡してきた。そもそも彼らは君たちの知りあいじゃないか」

「それはそれはありがとうございます」

「それで、なんで松本くんはこっちに来たのかな?」

「おっちょこちょいのジュンヤちゃんが転んだような気がしたんで」

リョウスケがおどけて言ってみせるも、教頭が信じる様子はない。

しょうがない。今回はここらが落としどころか。

そう考えていると、意外な人物が声をあげる。

「村上、とりあえず服を乾かそう」

原島だ。

原島真蔵SIDE

村上は見るからに寒そうだった。このままでは風邪を引いてしまうだろう。普段であれば村上が風邪を引くのはかまわないが、今回は違う。

今回、村上は冬川を守ろうとして、奥山を守ろうとして、呉道と戦って、結果として池に落ちることになったのだ。ここで村上が処分されたり、風邪を引いたりするのはおかしい。村上にはこの校外学習を楽しむ権利がある。

「村上は売店かどっかで服乾かして、他の班員は唐招提寺見学してればいいんじゃないですか? その間に、先生は村上に話を聞けばいいわけですし。でも、実際、滑って落ちただけなので、それ以上に何か聞けるとは思いませんが」

この場合、松本の言葉よりも、僕の言葉の方が信憑性が高い。松本は村上と仲がいいけれど、僕はそれほど仲良くはない。それに僕は生徒会にも入っている学年トップクラスの優等生だ。村上をかばうようなキャラじゃない。

「原島くん、それは本当かな?」

「本当ですよ」

僕の目を真っ直ぐに見てくる教頭。

教師にむかって堂々と嘘をつくのは初めてだ。内心ばれないかびくびくする。

これまでは基本的には教師が正しいと思ってきた。もちろん、教師も人間だから間違うことはあるにしても、問題児を教師が注意するという場合には、僕は異を唱えることはなかった。むしろもっと厳しくしろと思っていたくらいだ。

その僕が、今、教師に対して嘘をついている。昨日までならばありえないことだ。

「確かに。まずは服を乾かした方がいいね。村上くんには話を聞かせてもらうけれど」

教頭の言葉に、村上はうなずく。見ると、唇が紫になっている。

これで充分だろう。あとは村上がなんとかするはずだ。

そんなことを考えていると、肩を叩かれた。

松本だ。親指を立ててウインクしている。

その表情を見て、一気に肩の力が抜ける。と同時に、やってしまったと、ため息をつきたくなった。


次回:2月1日6時更新予定

最終話

青い暴走シリーズ一覧

青い暴走3

2015年01月01日
大場諒介
KDP

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  • 青い暴走

    高校生が主人公の青春小説「青い暴走」シリーズを連載しています。

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