青い暴走3
池にダイブしたジュンヤ!ボリューム増でクライマックスをお届け!

山下が小走りに戻ってくる。
「大丈夫だ。行こう」
リョウスケたちがなんとかしてくれたのだろうか。なんにせよ、山下が大丈夫と言うからには大丈夫なのだろう。
西ノ京駅から唐招提寺までは、普通に歩いて10分かからない。わかりやすい一本道。
俺たちは早歩きで唐招提寺を目指した。
会話は無い。話せる雰囲気ではない。
山下の発する圧倒的なオーラが場を支配していた。昨日や、これまでの学校生活では感じなかったものだ。
かと言って、別に気づまりするというものではない。村上と奥山がピンチだというのに、へらへらと笑い話をするような無神経なメンバーはいない。元から口数が多くないメンバーが揃っている。口数が少ない代表の杉本は、昨日から一貫して言葉を発していない。俺と同じくらいの口数の少なさだろう。
5分で唐招提寺に着く。
入ってすぐ、呉道の班のメンバーの姿が見えた。
「ジュンヤたちはどこに行った?」
山下が問うが、班員たちは答えない。
「答えろ」
山下の鋭い声。俺が聞かれているわけじゃないのに、胸が冷たくなる。
班員のひとりが、左に向かって指を差す。
山下は何も言わずに、班員が指差した方に向けて、歩きだす。
俺たちも山下の後に続く。
玉砂利を蹴る大きな音がする。
見ると、呉道の班のひとりが、北川に向かって駆けている。人質に取ろうとでも言うのか。しかし、それは叶わない。
班員と北川の間に、杉本が体を滑り込ませる。
杉本は、班員の肩をつかんで、そのまま、腹にひざ蹴りを入れる。
班員は目を大きく開いて、膝をつく。
「森下、おまえ、後で覚悟しておけ」
山下はそう言い捨てて、先を急ぐ。
北川を先に行かせて、俺と杉本で最後尾を守る。さすがにもう何もしてこないだろうが、念のため。
先頭を行く山下が早歩きから小走りに変わる。緩やかな坂を駆け上げり、突きあたりを右に曲がる。
俺たちも遅れないように、後に続く。
突きあたり辿り着く頃には、山下の姿は、小道のずっと先に小さくなっていた。
木々に囲まれた、暗い小道。葉が陽の光を遮っている。
山下は、小道を途中で左に曲がる。
俺たちの足も小走りというより、ほとんど走っている感じになる。
山下が曲がった場所には小さな門がある。この中に山下は入っていったのだ。
門をくぐると、苔むした林が左右に広がっていた。中央を小道が真っ直ぐのびている。
バシーン、と大きな音が聞こえる。
大きな音が消え、すぐに山下の声が響く。
「ジュンヤ!」
服の中の空気が、ボコッと外に出ていく。服が体に張り付き、ついで、水の刺すような冷たさを感じる。
寒い! 冷たすぎる! こんなに池の水冷たいのか。手の震えを無理矢理落ち着かせて、水面を目指す。服が重い。手も足も思うように動かない。
飛び込む直前に見えた、池に浮かんでいた枯れ葉やゴミの存在を思い出し、呼吸するのと目を開けるのをためらう。
無我夢中で水をかく。水泳の授業のようにはいかない。寒くて重い。指の先が水面から出るのを感じる。あと少し。両手で水を下に押すように、水面を目指す。
水面から頭が出たところで、髪の水を振り払い、息を吸い込む。
さらに寒い。口のまわりが寒い。息を吸い込むと、冷気が顔に襲いかかってくる。
「ジュンヤ!」
アキラの声だ。
目を開けて、陸を目指す。
陸に上がると、服がさらに重くなったように感じた。上着がのしかかってくる。
風が吹く。寒い寒い寒い寒い寒い。奥歯がカタカタ鳴る。
服脱いだ方がいいのか、着たままの方がいいのか。立った方がいいのか、それともこうやって両膝をついていた方がいいのか。
「ジュンヤ!」
ユウの声だ。
ユウが駆けよって来る。おれの前に滑り込むように膝をついて、おれの肩に触れる。
「バカ」
ユウは泣きそうな声で言う。
違う意味で気を失いかける。なんだこの破壊力は。寒いはずなのに、急に体の芯が熱くなってくる。
ユウのむこうには、おれを心配そうに見つめるうちの班のメンバー。
全員来てくれたのか。
そうだ。まだ終わってないんだ。
おれは立ちあがる。
ユウの手がおれの肩から離れる。
奥歯を噛みしめて、震えを止めて、言う。
「呉道、これで手打ちにしてくれ」
おれの方をポカンとした表情で見たままだった呉道は、おれの言葉を聞くと、腹を抱えて笑い始めた。
「村上、おまえ、バカじゃねぇの」
その様子を見て、アキラが呉道の方へ足を踏み出す。
「アキラ、これで手打ちにしたい」
おれがそう言うと、アキラは足を止める。
「呉道、これでいいんだな?」
アキラの問い。
「あぁ。教頭も撒いて来たんだろ? それにしても、久しぶりにこんなに笑ったよ。おまえみたいなやつといると、クソみたいな高校生活も少しは楽しくなるのかもな」
腹を抱えたまま呉道は言う。まだ笑いを抑え切れないようだ。
「無茶苦茶楽しんでるよ」
おれの言葉に、呉道はニヤリと口の端を上げる。
「おれたちを見張ってたやつらのだ。返しとけ」
アキラはそう言って、携帯とスマートフォンが入っているであろう袋を呉道にむかって投げる。
呉道はそれを片手でつかみ、じゃあな、と手をあげて去っていく。
呉道の背中を見ながら、鼻水をすする。
……やばい、頭いたくなってきた。
松本たちの後ろを走って行くと、途中で呉道とすれ違った。
一瞥して、通り過ぎる。
松本が向かっているのは、鑑真和上御廟。
門をくぐり、小道を走ると、そこには村上たちの班が揃っていた。
「ジュンヤちゃん、大丈夫?」
「頭いてぇ」
村上がしゃがみこんでいる。呉道に何かされたのだろうか。
「何があったの?」
「ジュンヤが池にダイブした」
松本の問いに山下が淡々と答える。
池にダイブしたって? 呉道に脅されたとかか?
次の瞬間、大きな笑い声が響いた。松本だ。
「ジュンヤちゃん、相変わらずバカなことするねぇ」
松本は腹を抱えて、かがみこんで笑っている。
「まったくだ」
山下も薄い笑みを浮かべている。
「おまえら、少しは心配しろよ」
寒そうな村上の声に、笑い過ぎの涙を拭いながら、松本が答える。
「ごめんごめん。いやぁ、発信機のサインが消えた時は何があったのかと思ったけど。こういうことだったのか」
松本が急に走り出したのはそういう理由だったのか。
「発信機って、いつの間につけてたんだよ」
村上が不満げに漏らす。
「スマートフォン渡したでしょ」
「あっ!」
そう言って、村上は上着のポケットをさぐる。
「そっちの防水じゃないからね。たぶんもう成仏してるよ」
「悪い、リョウスケ」
申し訳なさそうにする村上に、松本は手を振ってこたえる。
「いいっていいって。その代わり、貸しイチね」
松本の声を聞いてほっとしたのか、村上は思い出したように凍えだす。離れていてもわかるほどに震えている。そりゃ1月の奈良の池に飛び込んだらそうなるわな。
村上の後ろから奥山が近付き、自分のレザージャケットを村上にはおらせる。
村上の手を奥山が握ったのを見て、うちの班員たちが一斉に。
「「「「「「村上、凍え死ね!」」」」」」
凍え死ぬかと思った。
「教頭は大丈夫なのか?」
アキラがリョウスケに聞く。
「あっ、そういえば」
「撒いたんじゃないのか?」
「いや、途中までは撒いたというか、一緒に喜光寺にむかってたんだけど、発信機のサインが消えたから慌てて引き返してきたの」
「じゃあ、来るかもな」
「ごめん」
教頭が来るかもしれないのか。まぁいい。うちの班もリョウスケの班も班員は全員揃ってるわけだし、怒られるとしても、池に飛び込んだおれくらいだろう。足を滑らせたといえば、最悪で短期の停学になるレベル。大したことじゃない。おれが処分されることで呉道が溜飲を下げることを考えれば、1週間くらいの停学は安いもんだ。
橋のむこうから、男が歩いてくるのが見える。教頭だ。
「ホテルに忘れ物をしたんじゃなかったのかな?」
法隆寺から走ってる時にすれ違った教師か。ひとりで走ってるのを目撃されて、唐招提寺の池に飛び込んで、さらに昨日の件もある。今回はちょっと厳しいかもしれない。
「いやぁ、よく考えたら、別になくてもいいものだったんで、合流したんですよ」
このタイミングで来たということは、教頭は呉道の班とすれ違っているだろう。その時にもしも、呉道が教頭に何か言っているとしたら、たとえばおれたちに冬川を奪われたとか、そういうことを言っているとしたら、呉道たちも教頭と一緒に来るはずだ。昨日のこともあるし、教頭は両方から話を聞こうとするだろう。呉道たちが来ないということは、教頭は何も聞いていない。
「松本くんたちはどうして急にここに来る気になったのかな?」
教頭の立場から考えるなら、リョウスケたちと一緒に喜光寺にむかっていたところで、急にリョウスケがこっちに逆走しはじめたということだ。何かあると思って来てみたら、おれがずぶ濡れだったと。処分するほどではないにしても、このままホテルに強制送還されてもおかしくはない。
「ジャクソンたちはおいてきたんですか?」
おいてきた。罪悪感を刺激する言葉を使うリョウスケ。
「ちゃんと喜光寺までの地図は渡してきた。そもそも彼らは君たちの知りあいじゃないか」
「それはそれはありがとうございます」
「それで、なんで松本くんはこっちに来たのかな?」
「おっちょこちょいのジュンヤちゃんが転んだような気がしたんで」
リョウスケがおどけて言ってみせるも、教頭が信じる様子はない。
しょうがない。今回はここらが落としどころか。
そう考えていると、意外な人物が声をあげる。
「村上、とりあえず服を乾かそう」
原島だ。
村上は見るからに寒そうだった。このままでは風邪を引いてしまうだろう。普段であれば村上が風邪を引くのはかまわないが、今回は違う。
今回、村上は冬川を守ろうとして、奥山を守ろうとして、呉道と戦って、結果として池に落ちることになったのだ。ここで村上が処分されたり、風邪を引いたりするのはおかしい。村上にはこの校外学習を楽しむ権利がある。
「村上は売店かどっかで服乾かして、他の班員は唐招提寺見学してればいいんじゃないですか? その間に、先生は村上に話を聞けばいいわけですし。でも、実際、滑って落ちただけなので、それ以上に何か聞けるとは思いませんが」
この場合、松本の言葉よりも、僕の言葉の方が信憑性が高い。松本は村上と仲がいいけれど、僕はそれほど仲良くはない。それに僕は生徒会にも入っている学年トップクラスの優等生だ。村上をかばうようなキャラじゃない。
「原島くん、それは本当かな?」
「本当ですよ」
僕の目を真っ直ぐに見てくる教頭。
教師にむかって堂々と嘘をつくのは初めてだ。内心ばれないかびくびくする。
これまでは基本的には教師が正しいと思ってきた。もちろん、教師も人間だから間違うことはあるにしても、問題児を教師が注意するという場合には、僕は異を唱えることはなかった。むしろもっと厳しくしろと思っていたくらいだ。
その僕が、今、教師に対して嘘をついている。昨日までならばありえないことだ。
「確かに。まずは服を乾かした方がいいね。村上くんには話を聞かせてもらうけれど」
教頭の言葉に、村上はうなずく。見ると、唇が紫になっている。
これで充分だろう。あとは村上がなんとかするはずだ。
そんなことを考えていると、肩を叩かれた。
松本だ。親指を立ててウインクしている。
その表情を見て、一気に肩の力が抜ける。と同時に、やってしまったと、ため息をつきたくなった。
次回:2月1日6時更新予定
青い暴走3
2015年01月01日![]()
青い暴走
高校生が主人公の青春小説「青い暴走」シリーズを連載しています。