【連載小説】「ロマンティックが終わる時」第28話【毎朝6時更新】

更新:2018.1.27

ユウと呉道の対峙に割ってはいるジュンヤ。ジュンヤが来ることは呉道の想定内だったようで……。

1991年生まれ 神奈川県横浜市出身 早稲田大学文学部卒 2014年から電子書籍作家として活動を開始する。 いろんなウェブメディアで物書き、編集者として活動中。 「21世紀に書かれた小説のなかで最も完璧に近いと思うものは?」という質問には、鷺沢萠の「ウェルカム・ホーム!」を挙げる。
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幕間~榎本徹の歩く道~

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結構やばいんじゃないか。

俺たちは西ノ京駅の改札を出たところで立ちつくしていた。

山下が気づいていなかったら、問答無用で全員ホテルに強制的に帰らされていたかもしれない。

俺たちが乗り込んだ車両の隣の車両に、教頭が乗っていたのだ。

班別行動の前提として、当然のことながら班員全員で行動しなくてはならない。仮に俺たちが見つかった場合、まず人数のことを問いただされるだろう。なんで8人班が6人なんだと。

見つかった場所が寺などであれば、トイレに行っているとか言い訳できなくもないけれど、電車の中で見つかりでもしたら言い訳できない。さらにまずいことに、離脱しているふたりは村上と奥山だ。校外学習中にカップルが班を離脱しているという状況は、ふたりだけでどこかで遊んでいると思われてもおかしくはないだろう。

「どうするんだ、山下?」

杉本が淡々と聞く。何とも思っていないようなポーカーフェイス。

「リョウスケにはメールしておいたけど、どうなるかまだわからないな」

結果として、教頭は俺たちには気づかず、西ノ京駅を出て、唐招提寺方面に向かっていった。西ノ京駅改札から東側に出て、駅前の丁字路を右に曲がれば薬師寺方面で、左に曲がれば唐招提寺方面だ。左に曲がった時点で、10中8,9は唐招提寺に行くだろう。

山下によると、村上と奥山は唐招提寺にいるらしい。つまり、教頭が唐招提寺に着いてしまった場合、それもかなりピンチになるということだ。

冬川を人質に取っているとはいえ、呉道の班は班員全員いるだろう。教頭の立場から見れば、呉道たちは普通に校外学習の班別行動をしているだけで、村上と奥山は勝手に班を離脱して行動していたということになる。冬川を人質に取られたなど事情を説明しても、完全に信じてもらうことはできないだろう。呉道は否定するだろうし、教師陣からの村上の評価は呉道よりも低い。山下と並んで学年の問題児ツートップと見られているふしがある。俺も村上と直接話すまではそう思っていた。

そして、冬川が人質に取られたことを認めてしまうということは、教師側の無能さを認めてしまうことだ。普段の学校生活から冬川がいじめられている状況を把握していなかったことにもなる。教頭がそんなことを簡単に認めるとは思えない。

村上たちは教師に相談しても無駄だと思うから自分たちで解決しようとしたのだし、現行犯、もしくは絶対的な証拠でも出さない限り、教頭がこのタイミングで冬川が人質に取られたと認めることはないだろう。そして、呉道はそんなにわきが甘いやつではない。

「ちょっと様子見てくる」

そう言って山下はT字路の方に歩いていった。

山下が離れたことにより、空気が変わる。緊張感が薄れる。でも、その緊張感は必要なものだ。ピリピリとした気づまりなものではなく、頼もしい緊張感だったのだ。山下の放つ独特のオーラは、こいつについていけば大丈夫だと思わせるものがある。

俺やヒロタカは、こういうトラブルとはほとんど関わりなく生きてきた。こういう時にどう動けばいいのか、まったくわからない。

山下はこの道のプロだ。学年の誰もが敵にしたくないと思う男だろう。これ以上に頼もしい味方はいない。

リョウスケにメールしたと言っていたけれど、リョウスケも唐招提寺にいるということだろうか。

「トオル、もう大丈夫なの?」

隣に立つヒロタカが、俺にしか聞こえないだろう声量で聞く。

大丈夫、ではないと思う。自分でもわからないのだ。次の瞬間にはバッドトリップしているかもしれない。

「今のところは。でも、わからない。ごめん」

「……そっか」

なにかもっと言葉があるはずだ。結局、今朝も伝えるべきことを伝えられなかった。気にしないでくれじゃなくて、気にしなくて大丈夫って意味なんだけど。もっとこう、不安はあるけれど大丈夫みたいな感じの。真っ暗な道を進んでるんだけど、この先に光があるような気がするというか。光は見えないけど、光がある予感はしてるというか。

そう、ずっと俺はハルカを探していたんだ。ハルカという光を。でも、違う種類の光もあるというか。もちろん、それはずっとそこにあって。俺が気づかなかっただけの話で。でも、まだそれが何なのかはわからなくて。

この道の先にハルカがいるかはわからない。もしかしたらいるかもしれないし、いないかもしれない。でも、今はこの真っ暗な道を歩いていこうと思ったんだ。

立ち止まってるだけじゃ、まわりに何もなくなってしまう。歩いていれば、すごく小さな可能性かもしれないけど、またハルカに会えるかもしれない。いや、ハルカに会えるってだけじゃなくて、もっと違う何かが見つかるかもしれない。でも、それはハルカを忘れるってことじゃない。

ハルカがいなくなって、俺はすごく多くのものを失った。大げさに言ってしまえば、そこには、生きる意味とか理由とかも入ってくると思う。

これ以上失いようがないほどのどん底を経験した。

もちろん、俺がどん底を這いつくばってる時も、ヒロタカや澄香ちゃんは隣にいてくれたんだけど、二次元的には隣にいても、三次元的には隣じゃないというか。上から見たら隣なんだけど、俺だけ地下30階くらいにいた。

今、地下何階にいるのかはわからないけれど、ヒロタカの声は聞こえる。

これからまた堕ちていくかもしれない。いや、きっと堕ちていくだろう。でも、こうしてまた上がってくることもできる。

今はそれでいい。

だから、俺が今伝えるべきことはきっと。

「ヒロタカ、ありがとう」

鑑真和上御廟前

村上淳也SIDE

呉道は余裕たっぷりの笑みを浮かべている。

思ったより遅かったな、だと?

呉道はおれが来るのを予想していたのだろうか。それとも、ただのブラフか。

予想していたのだとしたら、何か罠を仕掛けられているということだ。おれが監視を振りきって、森下たちを突破して、ここまで来ることを予想していたのだとしたら。

「外でリョウスケが待機してる。おまえが何企んでるか知らないけど、もう詰みだろ」

「詰みとか将棋じゃねぇんだからよ。もっとシンプルに考えようぜ。つまるところ今回の勝負は、おれとおまえ、どっちが強いかって話だろ?」

呉道の言うことは、ある一面においては間違ってはいない。でも、今回大切なのは、おれが呉道に勝つことじゃない。

ユウが呉道に勝つことだ。ユウが呉道との過去を乗り越えて、また笑うことだ。

「それは違うな。おれはユウが戦うのを見に来ただけだ」

おれは呉道と視線を合わせる。睨みあうのではなく、おれも呉道も互いに余裕の表情を崩さない。

「自分の恋人がいいようにされてるのを黙って見てるってわけか」

呉道は鼻で笑うように言う。

「ユウがおまえごときに負けるわけないだろ」

あとはおれの出番じゃない。ユウの方を見て、ひとつうなずく。

ユウもおれを見て、目だけでうなずく。

「負けないって言ってもなぁ。さっきからお互い引かないだろ。落としどころが見えないんだよな」

わざと緊張感をなくした呉道の声。こうやって挑発して、相手が食いついてくるのを待つのだろう。

もちろんそんな挑発に乗るユウではないが、落としどころが見えないのは確かだ。話がループしていたからこそ、おれが流れを変えようと出てきたのだ。

正面からもう何もするなと言っても、呉道が何もしなくなることはないだろう。やめざるをえないような条件を提示しなくてはならない。

でも、そんなものあるのだろうか?

昨日、ユウが冬川を人質に取っている内容の会話を録音したのは効果がなかった。たとえば、それを教師に提出したところで、処分はどんなに重くても停学だろう。呉道を止めるには、最低でも、退学になる可能性のあるものを提示しなくてはならない。

そう考えて、すごく嫌な想像をしてしまう。

ユウが自分をおとりにしようとしたんじゃないか、という可能性。

女子ひとりを男子複数人で囲んだとなれば、長期停学は確定だろう。首謀者である呉道は退学の可能性が高い。

ユウならやりかねない。何か証拠をつかむための策は立ててきただろう。呉道も昨日の今日で警戒しているだろうから、おそらくユウは二重三重の手を考えてここに来たはずだ。二重三重の手を考えて、それでも自分も無傷では済まない覚悟をして。

逆に言えば、それぐらいしか、呉道を止める方法はない。呉道のやり方を、身をもって経験しているからこそ、覚悟を決めて、ひとりでユウは来たのだろう。

確かにその方法であれば、呉道を止めることができるかもしれない。しかし、それはあまりに悲しく虚しい勝利だ。そんなものをおれは勝利とは思わない。単純な敗北よりも、もっと最悪な敗北だ。

リョウスケは、ユウはひとりじゃないと言ったけど、そんな選択をさせているってことは、ユウは、自分はひとりだと思ってるってことだ。

呉道を止めることなんか、そんなに重要じゃない。それよりもっと大切なことはたくさんある。仮にユウがそんな方法で呉道をひとりで止められたとしても、そのあとユウが心から笑えなくなってしまったら、そんなの無意味だ。

おれがこの場にいる以上、ユウがそういう選択をすることはないだろう。ある意味では、おれはユウの手札を減らしたことになる。でも、これでいい。

ユウの手札が1枚もなくなってしまったとしても、ユウが傷つけられるよりは全然いい。

ユウの気持ちを考えてないのかもしれない、ユウはおれのことを嫌いになるかもしれない。でも、それすらも受け入れようと思う。

勝手なことするなとか邪魔するなとか言われて、もしかしたらそれが原因で別れて、おれと別れた後に、ユウはまた呉道とひとりで戦おうとするかもしれない。そういう直接的な原因がなかったとしても、いつか別れることになってしまうかもしれない。

でもおれは、今この時、ユウの隣にはおれがいて、ユウはひとりじゃないんだってことを、ちゃんと思い出して欲しかった。傷つけられることよりも、ユウが傷ついている時に何もできない方がツライんだってことを、わかって欲しかった。

だから、おれはここに立っている。

そういう気持ちを込めて、ユウを見守る。

そして、ユウは正しい選択をする。

「何もするななんて、言っても無駄だってわかった。だけど、もし何かしてきたら、私の大事な人たちを傷つけようとしたら、全力で私は戦う」

原島真蔵SIDE

「教頭がこっちに向かってるって」

松本の言葉に、それまでアホなやり取りをしていた班員たちも会話をやめる。

「それ、呉道が仕組んだってことか?」

いくら呉道でも、教師を自分の思い通りに動かすっていうのは、ちょっとできないような気がする。それに教頭は一番取り入りがたい教師と言っても過言ではないだろう。

「仕組んだっていうか、教頭が見回るルートの情報を知ってたってことじゃないかな」

なるほど。教師を自分の思い通りに動かすとなるとあまり現実的ではないが、教師の見回りルートの情報を入手して利用するという方法なら、おそらく可能だ。

そうなると、さっきから僕と松本が考えていた、呉道がああいうフォーメーションをとった理由も説明できる。ここからは唐招提寺の金堂の前にかたまっている6人の姿が見える。ということは、村上、奥山、呉道は3人でいるということだ。

教頭が唐招提寺に行った場合、まず金堂の前の6人に話しかけるだろう。なんで6人しかいないのかと。学年500人全員の班編成を覚えているとは思えないが、教頭は昨日、呉道の班を東大寺で注意している。

森下たちがどういう反応をするかわからないが、あいつらじゃ、教頭をけむに巻くのは難しいだろう。となると、教頭は唐招提寺を見回り始める。いずれ、村上たちのところへ行く。

そこでは3人が口論している。状況から見るに、2対1だ。さきほどまでは村上&奥山対呉道たちで、呉道側の人数が圧倒的に多かったわけだが、教頭が着く時には、村上たちの方が多数派になっている。森下たちもなぜか金堂の前に放置されている。これまでの悪印象とあいまって、村上の心証はかなり悪くなるだろう。

村上が呉道たちになんらかの攻撃をしていると見られる可能性もある。

村上たちにとって最もよくないことは、村上と奥山が自分たちの班から離れているという事実だ。これは言い訳できない。呉道に呼び出されたといっても、呉道は否定するだろうし、いずれにせよ、村上たちが自分たちの班を離れたという事実は変わらない。もし本当に呉道に人質を取られたのであれば、まず教師に言うべきという話になる。

しかも仕組んだのは、あの呉道だ。言い逃れの達人であるし、もしかしたら他にも仕掛けをしているかもしれない。村上たちがかなり不利になったと言っていいだろう。

状況を考えるに、なんとかできるのは僕たちしかいない。教頭を唐招提寺に着かせた時点でほとんど負けが確定する。しかし、僕たちには冬川がいる。唐招提寺の前で足止めしたとしても、冬川がなんで僕たちと一緒にいるのか聞かれたら、その時は僕たちが厳しい状況になる。

「どうすんだ?」

「どうしよっかね」

さすがの松本でも、妙案浮かばずか。

「教頭先生には、僕から、事情を話します」

冬川が席から立ち上がって言う。

松本は立ち上がり、冬川の頭を2回、ポンポン、と叩く。

「ありがと、冬川ちゃん。でも、そしたら教頭はクレミーに事情聞きに行っちゃうからね。ジュンヤちゃんたちが帰ってくるまで、教頭を行かせちゃいけないのよ」

呉道はここまで想定したのだろうか。ここまでの流れを全部計算して、村上が来ることも、村上が冬川を奪還することも、全部計算のうちだったってことなのか。だとしたら、いや、だからこそ、これほど計算された計画を練れるからこそ、呉道は今まで生き残ってきたのだろう。

「ひとり5分な」

「そしたら、8人で40分か」

「40分ありゃ村上がなんとかすんだろ」

「むしろそれでなんとかしなかったら、もうしらん」

「奥山はおれがもらう」

「いざ進めやキッチン♪」

班員たちは食堂の入口に向かって歩いていく。

「冬川ちゃん、ちょっち待っててね」

松本もそう言って、食堂を出ていく。40分って、そんなに短い時間じゃないと思うけど。いや、それ以前に本当に40分も時間稼ぎができるのか。

「これ、おれの携帯の番号だから、何かあったら電話してくれ」

僕はテーブルの上にあった紙ナプキンに、携帯番号を書いて冬川に渡す。

冬川をひとりで残していくのは心配だったが、さっき自分から呉道の告発を申し出た冬川を見て、人は、1日のなかでも強くなれるものなんだな、と思った。


次回:1月29日6時更新予定

第29話

青い暴走シリーズ一覧

青い暴走3

2015年01月01日
大場諒介
KDP

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  • 青い暴走

    高校生が主人公の青春小説「青い暴走」シリーズを連載しています。

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