青い暴走3
順調に校外学習をしていたジュンヤの元にメールが届く。ついに呉道が動き出す19話。ボリューム増でお届け!

チェックポイントなだけあって、法隆寺には、うちの学校の生徒が多くいた。見える範囲で言うなら、8~9割はうちの生徒だと思う。一般の拝観客はあまり多くない。見える範囲で10人くらいだろうか。昨日の東大寺は少なく見積もって100人は一般客がいた。奈良駅からすぐということと、やはりあの大仏の力が大きいのだろう。
五重塔の横にある金堂を覗く。中に入るタイプの建造物ではなくて、中の仏壇を外から観るタイプだ。
正直、暗くてよく見えない。
「見えるか?」
おれは前を歩く北川に聞く。
「あっ、はい。なんとか」
北川は見えているようだ。あれかな、見ようとするものには見える的な。
「北川は、こういうの観て楽しいのか?」
「楽しい、ですか」
楽しいという言葉がピンとこなかったのか、咀嚼するように考え込む北川。
「楽しいっていうのは、映画とか観て楽しいみたいな、そんな感じ」
我ながら貧弱な語彙。それでも北川には伝わったようだ。
「映画を観て楽しいっていうのとは違うんですけど。写真でしか見たことがないところを、実際に見てみる楽しさみたいなものはあると思います」
口調から、北川は本当にこの校外学習を楽しみにしていたんだなと思った。
当たり前のことだけれど、同じものを見ても、見た人によって感じるものは違う。ほとんど何も感じないおれと、見るものに感動を覚える北川。どちらが幸せかは言うまでもないだろう。
「北川は、すげぇな」
おれが言うと、北川は三秒くらい固まって、今度は顔と手を同時に勢いよく振る。
「全然、全然すごくなんてないです」
この反応を見ていじりたくなるやつはおれだけじゃないはずだ。すげぇいいキャラしてんのに、クラスのやつらと話しているのをあんまり見たことがない。もったいない。
法隆寺のメインとも言うべき大講堂に入る。
決して広くはない、でも歴史を感じさせる落ち着いた堂内。入口には写真撮影禁止と書かれていたが、注意書きがなかったとしても、写真に撮ってはいけない神聖さみたいなものを感じる。
西院伽藍を出て、大宝蔵院に向かう。
大宝蔵院の向かいにある食堂(じきどう)は日本最古の食堂であるらしい。正直、今までで一番興味をそそられるフレーズではあったが、中に入ることはできないとのこと。
大宝蔵院は、ペンキ塗りたてというか、作りたてというか。歴史ある法隆寺の中にあって、ちょっと浮いているくらいの新しさを感じた。入口は自動回転ドアで、これは建造物というよりは、博物館的なあれかと思った。
入ってすぐのところには、20世紀に作られた作品。奥に進むごとに時代が遡って行く。少し進むと、ほとんどが飛鳥時代のものになる。
こういうのこそ、北川が見たいものなんだろうなと思って、北川の方を見てみると、1個1個の作品の前で立ち止まって、じっくりと見ているようだった。
おれなんかは立ち止まらないで、歩きながら、流すように見て行くだけだ。じっくり見たところで何も見えてはこない。
あんまり先に行き過ぎると北川がじっくり見られなくなってしまうと思い、おれは同じところを行ったり来たりして、見ている振りをすることにした。
唐招提寺というのは、境内単体では、おそらく奈良市内で一番大きな寺なんじゃないかと思う。
東大寺にしろ薬師寺にしろ、境内の四隅に立てば、だいたい全体図を把握することができるが、唐招提寺はどこまで行けば端に着くのか、ぱっと見ではわからない。
「やべぇ、ダンジョン感ぱねぇ」
「あれだ、神隠しだ」
「おれたち連れてかれるのか」
「おまえだけは連れてかれねぇから安心しろ」
「いや、むしろおれらが連れてくんだろ」
「いざ進めやキッチン♪」
御影堂の前から東に続く小道を見た時の班員たちの反応。頭の悪そうな発言だけれど、気持ちはわからなくもない。
左右を林に挟まれた小道は、背の高い木々が太陽を遮って、暗く長く続いていた。ここからのアングルの写真を見せられたら、境内とは思わないだろう。何も知らない人は山の奥深くの森とでも思うんじゃないだろうか。
これまでの道とは違う世界がその先に続いているように思えた。
パンフレットの境内略図を確認すると、この先にあるのは鑑真和上御廟らしい。
そもそも唐招提寺は、鑑真和上が創建した道場が元になっている。だから、ある意味では、この鑑真和上御廟がメインといっても過言ではない。創建者の墓所なのだから。
班員たちがダンジョンとか、神隠しとか言っていたことも、小道の奥にあるのが鑑真和上の墓所であることと関係があるだろう。落ち着いた静かなところで安らかに眠って欲しいという願いが、この場所からは感じられる。
小道をなかほどまで進むと、鑑真和上御廟の入口がある。
門をくぐると、まっすぐ参道がのびている。参道の両側は苔むした林になっている。これまでより一層鮮やかな黄緑色の苔。林の背の高い針葉樹の葉の間から射してくる木漏れ日が心地よい。
木漏れ日の中を少し歩くと、小さな橋がかかっている。池の上にかけられた橋。池の深さは、橋の上からではわからない。
橋を渡ると、石でできた灯篭がある。灯篭の奥にあるのが、鑑真和上の御廟だ。
木々に囲まれた静かな場所。
冷たく澄んだ空気は、それまでと変わらないはずなのに、明確に違う何かを感じる。
おそらく、この違和感の原因は、この場所が墓だからだ。
鑑真和上の旅が終わり、長い眠りについた場所。唐招提寺の最深部。
さっきまではうるさかった班員たちも、今は静かだ。
鑑真和上は、1000年以上も昔に、5度、中国から日本への航海を失敗する。5度の失敗の中で鑑真和上は失明してしまうが、諦めずに6度目の航海で成功を果たす。光を失ってなお、周囲の反対を押し切り、海の外を目指したのだ。
開くことのない目で、鑑真和上は何を見たのだろうか。
静謐なこの地に、偉大なロマンティストは、安らかに眠っている。
大宝蔵院を出たおれたちは東大門を抜けて、東院伽藍に足を向けていた。
東大門からおよそ150メートルの東院伽藍には、夢殿という八角形のお堂がある。拝観券が必要な場所であるが、見るべきものは夢殿しかない。ゆっくり見て回っても、1分でひとまわりできてしまうほどの広さだ。おれには、西院伽藍と大宝蔵院と抱き合わせにしているとしか思えないのだが、こういうことを考えているから何も感動できないんだろうなと思う。
夢殿から歩いて1分ほどのところに中宮寺がある。
中宮寺。法隆寺から歩いて1分。拝観料はたったの500円。この機会に是非!
そんなくだらないことを考えながら、後ろを振り返る。
あたりを見渡すが、ユウの姿はない。
「ユウ、どこに行ったか知ってる?」
近くを歩いていた北川に尋ねる。
「奥山さんならトイレに」
「そっか」
入口で待っているか悩んだけれど、受付のおばさんからプレッシャーを感じたので、先に入っていることにした。
中宮寺は、はっきり言って狭い。入ってすぐの小さな池をぐるりと回ると、本堂がある。
靴を脱いで本堂に入る。冬の寒さにさらされていた木のすのこが足に冷たい。
堂内は線香の匂いがした。大きな仏像があるとかではなくて、正座しながらお坊さんの話を聞くような畳の部屋。
イスが隅の方に用意されていたが、座らずに立って歩きながら堂内を見学する。といっても、見学するものも特にないので、入口の方に意識を向けて、ユウを待つ。
ズボンのポケットのスマートフォンが震える。
開いて、受信メールを確認する。
差出人はユウ。
『ごめん、ジュンヤ。呉道との問題は、私が決着つけなきゃいけないことだから。みんなには普通に校外学習を楽しんで欲しいから。アユミをお願い』
鑑真和上の御廟を後にした僕たちはそのまま南下。新宝蔵の前で右に曲がって、今度は西にまっすぐ。講堂や金堂がある唐招提寺の中央に向かって歩を進める。
「シンちゃん」
松本の声に振り返る。
「さっき、冬川ちゃんが助けてって言わないなら、ほっとくって言ったよね?」
「うん」
「目の前で冬川ちゃんがいじめられてても?」
僕にとって、冬川は特定の守りたい誰かじゃない。でも。
「目の前で誰かがいじめられているなら、それは止める。冬川じゃなくても」
僕の言葉を聞いて、松本は満足したように笑顔でうなずく。
「そっか。それならいいや」
なんだよ、と思いながら前を向くと、うちの学校の生徒の集団が歩いていた。
呉道。
振り返って、松本を見る。
「いまのところ大丈夫みたいだけどね」
「おまえ、知ってたのか?」
「何を?」
「呉道たちが来ること」
「だから勘だって言ってるじゃん」
勘、と言われて、松本がホテルを出る時に言っていたことを思い出す。
唐招提寺かな。
なんなんだ、こいつ。
「松本っ!」
呉道の手下の森下が声を上げて、僕たちから一歩あとずさる。
「ハロハロ」
手を振りながら軽い挨拶をする松本。
「なんでおまえらここにいるんだ?」
松本に尋ねる呉道の声に、驚きの色は浮かんでいない。
「いやぁ、だから勘だって」
「どれくらいここにいるつもりだ?」
「うーん、もうすぐ出てくけど。クレミー、またなんかたくらんでんの? やめといた方がいいと思うよ」
「おまえらがここに残るなら、おれたちは出てくよ」
「いやいや、そこまでしてもらわなくても。もう出てくから」
そう言って、呉道のわきを通り過ぎた松本は、呉道から三歩ほど離れたところで立ち止まる。
「ちなみに、冬川ちゃんになんかあったら、シンちゃんがマジギレしちゃうからね。そこんとこよろしく!」
そこでおれに振るか!?
松本は無責任な捨て台詞を残して、唐招提寺の南大門に向かって歩いていってしまった。
次回:1月20日6時更新予定
青い暴走3
2015年01月01日![]()
青い暴走
高校生が主人公の青春小説「青い暴走」シリーズを連載しています。