【連載小説】「ロマンティックが終わる時」第9話【毎朝6時更新】

更新:2018.1.8

夜になり、ユウとふたりきりになったジュンヤだったが、ユウは浮かない様子で……。シンゾウはコーヒー牛乳を買おうとするも、休憩室にはジュンヤとユウがいて入れず……。

1991年生まれ 神奈川県横浜市出身 早稲田大学文学部卒 2014年から電子書籍作家として活動を開始する。 いろんなウェブメディアで物書き、編集者として活動中。 「21世紀に書かれた小説のなかで最も完璧に近いと思うものは?」という質問には、鷺沢萠の「ウェルカム・ホーム!」を挙げる。
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村上淳也SIDE

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それにしても東大寺の大仏は凄かったな。

呉道の件とかあって教頭に怒られたけど、そんなこと忘れるくらい凄かった。

仏像を大きさで判断するのは間違ってるかも知れないけど、新薬師寺の薬師如来を見て、その後すぐに東大寺の大仏を見て、もうなんというか圧倒的だった。ラスボス感がマジでハンパなかった。

大仏の横に控える中ボス的な仏像でさえ、新薬師寺の薬師如来よりでかかった。

屋久杉を見ると人生観が変わるとか聞いたことがあるけれど、あの大仏を見て人生観が変わるやつもいるんじゃないか? 自分の小ささに気づくじゃないけど。

おれの人生観が変わったかどうかはよくわからない。元々大した人生観を持ってるわけじゃないし。

ホテルで夕食を食べた後は自由時間だ。

おれは風呂に入った後、ユウと待ち合わせをしていた。

自販機が置いてある休憩スペース。収容可能人数20人くらいの、イスとテーブルだけの部屋。今はおれとユウしかいない。

他の生徒は、一般客も来る可能性のあるスペースにあまり行きたくないのだろう。自分たちの部屋であれば気を使う必要はない。自分の部屋にこもるか、他の部屋に行って消灯時間に自分の部屋に戻る生徒が大半だ。

おれの部屋は、おれとアキラと杉本の3人。洋室で、ベッドがあって、風呂とトイレもある結構いい感じの部屋。花村と榎本は2人部屋だ。

ユウの部屋はうちの班の女子3人。さすがにその部屋に単身突入する勇気はない。

おれとユウは隣り合って座っている。

風呂上がりのユウは、黒のタートルネックに白のカーディガン姿。胸元に下がっているのは、おれがクリスマスにプレゼントしたネックレス。シャンプーのにおいとあいまって、殺人的な破壊力を生み出している。

しかし、おれの心は晴れない。

塞ぎこんでいるというほどではないけれど、ユウの表情が昔みたいに冷めた感じになりかけているからだ。視線はテーブルの上の指先に落ちたままだ。

付き合い出して3ヶ月、ユウの表情は日に日に柔らかくなってきていたのだ。

学校祭の前までは、ユウが話せるのは安藤ただひとりだった。ユウの小学校の頃からの友達である安藤は、小さい頃のユウはもっと明るかったと話していた。中学に入って少ししてから、徐々に壁ができていったと。

学校祭の当日、クラスのお化け屋敷の当番をしている時に、ユウは自分が変わってしまった理由を話してくれた。その頃はまだユウと付き合っていなくて、あまり深くは聞けなくて、その後すぐに付き合いだして、今さら蒸し返すのもなと思って、深い話は今まで聞いていない。

学校祭の時にユウは、中学の頃に一生懸命になり過ぎて、空回りして、まわりから引かれて、気がついたら愛想が悪くなっていたと話していた。

おれも初めて話した時は無愛想だなと思った。でも最近では、少なくとも仲のいいやつら、おれとか安藤とか北川がいれば、自然に明るい感じだったのだ。もちろん機嫌が悪くなることはあるけれど、今みたいに冷めた表情をすることはほとんどなくなっていた。

おれ、なにかやらかしたか?

でも、ユウならおれに何か言いたいことがある時は、直接言うんじゃないかと思う。

そんな気も起きないくらいクリティカルなミスを犯したって可能性もなくはないけど、新薬師寺まではちゃんと会話が成立してて、その後、ユウに何かした記憶はない。

あっ、そういえば、新薬師寺を出る時に、アキラがファーストキスの話をし始めたんだ。あれがユウに聞こえてたのか? それはちょっとまずいかもしれない。それにあの後、なんか自分の中で気まずくてユウと話していない。

話聞こえてた? とか聞くのはおかしいだろう。ごめん、で入るのもおかしい。

間違いなく言えるのは、ユウの様子が普通じゃないってこと。でも、こうやってふたりで会ってくれてるんだから、まだ救いはあるというか、少なくともおれと話そうって気持ちはあるんだと思う。

「ユウ、何かあったの?」

無難な質問。ちょっと遠慮がちな響きをこめて。

おれの言葉が聞こえていないということではないだろうが、ユウの視線は自分の指先から動かない。

こういう時に、聞こえてる? とか聞かない方がいいということは、ここ3ヶ月のユウとの付き合いで学んだ。人が考えてる時にまくしたてるのはダメだと、ユウに怒られたことがある。

ユウが考えをまとめるのを待つ。

相手に自分の考えていることを正しく伝えるのは、すごく難しい。そのことをユウはわかっている。かつて、自分の懸命さが正しく伝わらずに誤解されたユウは、ちゃんと言葉を選ぶ。こうやって真剣に考えてくれているということは、おれに誤解されたくないということだ。

ユウが何も言わないことに安心する。

安心できるようになった。ユウと出会って、おれも少しは変わったのだ。

「嫌なことがあってね」

ユウが口を開く。

おれは次の言葉を待つ。

「嫌なものを見たっていう方が正しいかな」

そう言われて、おれは思い出す。東大寺で顔をこわばらせていたユウ。

「東大寺の時の?」

「うん」

うなずくユウの横顔を見て、胸が締めつけられるような気持ちになる。

言葉が出ない。

言うべき言葉が見つからない。

何か言いたいという気持ちと、正しい言葉を見つけられなくて空回りする頭。胸と喉の間でもやもやしたかたまりが引っかかる。嫌なものというのは、呉道の班のやつらが鹿にノートを食わせていたことだろうか。

「でも、ジュンヤが止めにいってくれたから」

ユウは休憩室に入って初めておれの目を見る。

大切なことを伝える時は、相手の目を見て伝えなくちゃいけない。これも前にユウに言われたことだ。

ユウの視線と、真剣な物言いに気恥ずかしくなる。

「おれも不快だったからさ」

照れ隠しも入っていたけれど、不快になったのは本当のこと。

悪いことをするなと言うつもりはない。おれも人のことは言えない。でも、呉道のすることは面白くないし、誰も幸せにならないのだ。つまらなくて笑えない悪事ほど、不快なものはない。

自分のやってきたことを正当化するわけじゃないけれど、たとえば中学時代にケンカをしていた時も、理由もなくケンカしたことは一度もない。正しいことをしたとは言わないけれど、100%間違ったことではないと今でも思っている。

「私が嫌そうにしてたのわかった?」

「うん」

当たり前だ。

「そっか」

そう言って、息を吐くユウ。

嫌なことという言葉以上に、重い何かがあるような気がした。

息を吸い込んで、ユウは口を開く。

「呉道は中1の時に同じクラスだったんだ」

原島真蔵SIDE

風呂を出た僕は、風呂上がりの一杯のために休憩室へと足を進めていた。

風呂上がりの一杯といってもビールとかじゃない。僕は未成年だ。それに酒は堕落の入口だ。

コーヒー牛乳。

ビン入りのコーヒー牛乳の自販機を、銭湯に設置しようと考えた人は天才だと思う。銭湯で売ろうとした人が誰かは知らないけれど、コーヒー牛乳は1920年に国府津駅で売られたのが始まりだ。日本発の飲み物で、アメリカで発売されるのは1930年代。コーヒー牛乳には日本人の心がある。

ひとりになる時間が必要だと思った。部屋に戻れば、松本とふたりきりだ。無事寝られるかどうか心配である。そして今日は半日だけだったけれど、明日は丸一日あの班で行動しなくてはならない。しかも、明日は相当歩く。そのことを考えるだけで疲れる。

今のうちに一息ついておかなければならない。

休憩室の前まで来ると、先客がいた。

村上と奥山がふたりきり。

……さすがに入れない。

といっても、部屋に戻る前に一服したいしな。それにあいつらのせいでひとりになれないというのはしゃくだ。

あいつら出て行かないかな。

……出て行きそうな雰囲気じゃないな。というか、なんか深刻そうな空気。別れ話でもしてるのか?

「シンちゃん。何してんの?」

振り返れば奴がいる。松本涼介。

「大きな声だすなよ」

ボリュームを落として言う。

休憩室を見て、なるほどねと言う松本。

「覗いてんだ」

「ちげぇよ!」

「遠慮しないで混ぜてもらえばいいのに」

「できるか!」

「とまぁ冗談はこれくらいにして、部屋に帰ろっ」

反論しかけるが、冷静に考えると妥当な選択だ。攻める、留まる、帰る。1個目はKYで、2個目は客観的に危ない。

「じゃあ、その前に売店だけ寄りたい」

せめてもの抵抗。

「OK!」

松本は満面の笑みでうなずいて、スキップを始める。

売店♪売店♪と謎めいた歌を歌いながらスキップする松本。

……やっぱり直で帰ろうかな。


次回:1月10日6時更新予定

第10話

青い暴走シリーズ一覧

青い暴走3

2015年01月01日
大場諒介
KDP

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  • 青い暴走

    高校生が主人公の青春小説「青い暴走」シリーズを連載しています。

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