青い暴走3
ジュンヤたちは新薬師寺を後にし、東大寺に向かう。東大寺に着いたシンゾウは、呉道の姿を見つけて……。

12月に校外学習の計画立てをする時は、まだテンションを保てていた。
でも、冬休みを経て、明らかに俺のテンションは変わっていた。自分でもわかるし、客観的に見ても、誰が見てもわかるだろう。それにこのグループのメンバーはそれぞれ勘の良いやつらが集まっている。みんな、俺に話しかけないのは気を使ってるんだろう。
俺自身、話しかけるなオーラじゃないけど、そんなようなものを出している気がしなくもない。というか、あんまり話しかけて欲しくない。正直今は疲れるだけだ。
少しわかってきたのは、俺はハルカに甘えていたんだということ。誰かのために何かをしようとするというのは、誰かに甘えることなのかもしれない。全部が全部そうではないかもしれないけれど、俺の場合はきっとそういうことだったんだと思う。ハルカのために何かしようと考えたり、諦めたり、そういう全部ひっくるめて、俺はハルカに甘えていたんだと思う。
愛してるという言葉は、もちろん純粋に相手に気持ちを伝える言葉なのだけれど、同時に、自分の心の欠落を埋める言葉でもあると思う。
あの時に戻れたら、どういう言葉をハルカにかけ、どういう風に接するのだろう。
あの時、というほど決定的な瞬間はそう多くなかった気もする。もしかしたら、そんなものはなかったのかもしれない。
初めて話した時。ハルカから転校を告げられた時。最後に一緒に帰った時。
少しずつ近づいているような気がしたけれど、俺とハルカの距離は、はじめからおわりまで、ほとんど変わっていなかったように思う。
1年半気持ちを伝え続けて、最後に言われた言葉は「嫌いじゃなかった」程度のものだ。確かに転校することを真っ先に伝えられたのは俺だし、そのことに少し優越感のようなものを感じることもあったけれど、それはハルカにとっては瑣末なことで、ハルカは優しいから、最後に俺に対してちゃんと断りを入れようと思っただけなのだと思う。
忘れるというわけじゃないけれど、ハルカのことばかり考えていても仕方がないこともわかっている。でも、仕方がないと諦めてしまったら、これから先も仕方がないと諦め続ける人生を送るような気もして。
あれほど強くあった想いを仕方がないとしてしまえるなら、これから先にあるほとんどのものは仕方がないと諦めてしまえるものなのだろう。
そんな人生を生きる意味はあるのだろうか?
ハルカはもうずっと遠くへ行ってしまって、俺は十字路の真ん中で、ハルカが行ってしまった方向を茫然と見つめながらたたずんでいて。
ヒロタカと澄香ちゃんといる時ですら、うまくコミュニケーションがとれなくて、両隣をふたりが歩いていることがひどく苦痛に思えて、気持ち悪くなって、吐きそうになった。喉元までせり上がってきた熱くごちゃごちゃしたものを下におろす。
来るべきじゃなかった。仮病を使ってでも休むべきだった。
限界だと思った。
「この後どうする?」
新薬師寺を一通り見学し終え、おれはアキラに聞く。
「時間的に、東大寺に行くのが無難だろうな」
時刻は3時。東大寺の開門は4時半までだから、遅くても4時までには着きたい。ここから東大寺までは30分くらいだろうから、そんなにせっぱつまっているわけではないけれど、調子に乗ると遅れかねない時間でもある。
「春日大社経由してく感じか?」
新薬師寺と東大寺の間に春日大社はある。少し遠回りになるけれど、時間にして5分くらいの差だろう。5分の差であれば、せっかくだからという話にもなる。
「いや、それはやめた方がいいな」
「なんで?」
「微妙な空気になるのは、もう嫌だからな」
「どういうことだ?」
微妙な空気っていうのは、さっきのティータイムみたいな感じだろうか。なんで春日大社に行くと微妙な空気になるのだろうか。
アキラは地図を取りだして、春日大社の近くを指差す。
夫婦大國社の文字。
「ここ、縁結びの神社なんだよ」
アキラの言おうとしていることが理解できた。今の状態の榎本を連れて、縁結び系の神社の前を通るのはいい案とは言えない。
「おまえはそんなに気にしてないのかと思ってたんだけど」
アキラはさっきだって、微妙な空気になっていたのに我関せずとパフェをつついていた。
「気にしてなくはない。北川が動かなかったら、おれが動いてただろうし」
「ん? もしかして、北川が新薬師寺行こうって言ったのって」
「空気変えるためだろうな」
あの提案はそういう意図だったのか。
新薬師寺に着いた時に北川にした質問を思い出して、恥ずかしくなる。
なんで新薬師寺なんだ?
仏像好きなのか?
仏像好きなのかじゃねぇつーの。
たぶんユウも気づいてたんだろうな。呆れられたかな。
新薬師寺に行こうって言ったのが、アキラとかユウだったら、空気変えるための発言だなって思っただろうけど、北川がまさかそんなにアグレッシブなやつだとは思わなかった。
空気が読めないやつと思っていたわけじゃなくて、空気を読んでも発言しないというか、ことなかれ主義なやつかと思っていたのだけれど、どうやら北川を甘く見ていたみたいだ。
「で、ジュンヤ、どこで仕掛けるんだ?」
「何を?」
「ファーストキス」
「アキラ、ちょっと黙ろうか」
ユウに聞こえたらどうすんだよ、バカヤロー。
アキラは満面の笑みを浮かべている。
危険を察知したおれは、アキラの肩を掴んで強引に足を前に進めた。
元いた東大寺前の交差点に戻ると、時刻は3時半になっていた。
国を変える意義はあるのか、本当にそれは必要なのかという問いは、春日大社から東大寺に向けて歩いているうちに、今考えても仕方がないことだと思い直した。神奈川に戻ってからでも考えられることを今考えるのはもったいない。奈良でしか見られないものがたくさんあるのだから。
そう考えたら、少し気持ちが楽になった。
二体の金剛力士像が両側で睨みをきかせている東大寺南大門を抜ける。
鹿が南大門を出たり入ったりしているが、もうさすがに見慣れた。
規則的に並べられた石畳には、そこかしこに鹿の糞が転がっている。踏みつけないように注意して歩く。
やっと奈良を楽しむ余裕が出てきた。
そう思っていた。
呉道の姿を見るまでは。
鏡池の近くに呉道の班が見える。鏡池は東大寺の南大門と大仏殿の間にある池だ。
呉道とその仲間たちは鹿にノートやらパンフレットやらを食べさせている。鹿に鹿せんべい以外のものを食べさせると消化不良を起こすと事前学習で習ったはずだ。
おそらく呉道は知っていてやっている。確信犯だ。
呉道の手下の森下は、一緒の班の冬川を鹿に乗せようとし始めている。新幹線でいじられていた男子・冬川に、鹿に乗るように言っている。鹿を指差して、冬川の背中を押す。
松本が前にやっていた鹿せんべい作戦を思い出す。
近くの出店の鹿せんべいを購入。
意を決して、呉道の集団に歩を進める。
シミュレーション。
呉道の前に颯爽と現れる僕。
手持ちの鹿せんべいを砕いて、呉道の集団に向かって投げつける。鹿が殺到して、パニックになる。将棋倒し。倒れる呉道に鹿の群れが襲いかかる。
よし、これでいこう。
考えるだけで痛快な光景だ。
「シンちゃーん」
後ろから松本の声がして振り返る。
「助けて~」
松本は満面の笑みを浮かべて叫びながら、おれに向かって走ってくる。
後ろには数匹の鹿。松本の手にある鹿せんべいを追いかけて来ているのだろう。
松本が助けを求めた僕の手には、買ったばかりの鹿せんべいがある。
「こっち来んなー」
鹿がさらに増えたのを確認して、松本に背を向ける。
追いつかれる前に走り出す。
松本の笑い声が追いかけてくる。
振り返る。
鹿が増えてる!
ってか、鹿、足はえぇ。
次回:1月8日6時更新予定
青い暴走3
2015年01月01日![]()
青い暴走
高校生が主人公の青春小説「青い暴走」シリーズを連載しています。