【連載小説】「CROSS ROAD」第8話【毎週土曜更新】

更新:2017.12.23

「私、今月いっぱいで転校しなきゃいけないから」。ハルカに転校することを告げられたトオルは……。

1991年生まれ 神奈川県横浜市出身 早稲田大学文学部卒 2014年から電子書籍作家として活動を開始する。 いろんなウェブメディアで物書き、編集者として活動中。 「21世紀に書かれた小説のなかで最も完璧に近いと思うものは?」という質問には、鷺沢萠の「ウェルカム・ホーム!」を挙げる。
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「……私、今月いっぱいで転校しなきゃいけないから」

「……えっと、それはどういうこと?」

「来月から韓国」

「……澄香ちゃんとかは知ってるの?」

「まだ誰にも言ってない」

「いつ決まったの?」

「秋休み」

そういえば、秋休み明けの登校の時の演劇の歌のチェック。最後の県大会に全力で演劇をするってことだったのか。県大会の後泣いてたっていうのも、最後だからか。体育祭の優しかったのとかも、最後だからだったのだろう。気合いが入ってる気がしたのもそれか。最近微妙に優しかったのも……なんか色々納得、でも。

「ハルカだけこっちに残るとかできないの?」

納得できない。

「無理だと思う」

ハルカの口調から本当に無理であることがわかった。少なくとも、ハルカは無理だと思っていることはわかった。

ハルカと離れる? そんなの絶対に嫌だ。

「ハルカ、俺と付き合ってください」

俺の言葉に、ハルカは足を止める。

「……今までの話聞いてた?」

「うん」

「私、日本にいないんだよ?」

「うん」

「全然会えなくなるんだよ?」

「メールとか電話とかすればいいじゃん。休みになったら会いに行くし。遠距離恋愛してるやつなんていっぱいいるし」

「私が遠距離恋愛なんかするような人間だと思う?」

「わかんない。俺はまだハルカのことをよく知らないから」

「じゃあ、私は恋愛をする気はないし。まして、遠距離恋愛なんてありえないから」

「どうして?」

俺の言葉にハルカは眉根を寄せる。俺は思ったより熱くなっていない。自分でも驚くほど冷静だ。

「じゃあ逆にどうして付き合うの?」

「楽しいから。ハルカが好きだから」

「そうやって、楽しんで、別れて、後には何も残らないじゃない」

「別れるって決まってないし」

「じゃあ仮に別れたとしたら後には何も残らないでしょ?」

「思い出とか」

我ながら陳腐でくだらない答えだと思った。少なくともハルカが求めている答えにはほど遠い。

「元恋人との思い出を大切にして生きるんだ?」

「それは違うけどさ」

「じゃあ、意味ないじゃない」

「それじゃあ、俺以外の、たとえば澄香ちゃんとかヒロタカと遊んだことも意味ないってことかよ」

うなずいたら、さすがに怒る。相手がハルカでも怒る。

「楽しいこともあったけど、それがたとえば10年後とかに思い出すほど意味があることであるかどうかはわからない」

「そんなん俺だってわかんないよ。でもさ、それってどうなんだよ」

「どうって?」

「そういう風に考えたらつまんなくない?」

俺がそう言うと、ハルカはため息をつく。

「私の人生のつまらなさに関しては、私が一番残念に思ってる」

「じゃあ、面白くする努力してみればいいじゃん」

「榎本と付き合って?」

「それでもいいし。それじゃなくてもいい」

「それ、本気?」

「本気」

「……榎本がそんなこと言うとは思わなかった」

俺も自分がこんなことを言うとは思わなかった。でも、言った後で、俺の本心から出た言葉だと確信した。

「俺と付き合わない方が、ハルカが幸せになるんだったらそれの方がいいよ」

「……今までのは何だったのよ」

「今までっていうのは、ここ1年半のこと?」

「そう」

「俺はハルカを好きだし、愛してるけど。それとハルカが幸せになることは別の話で、俺はハルカを愛することはできるけど、ハルカを幸せにすることはできないから。幸せになるのは自分の力でしかなれないと思うから」

「自分の力でしか幸せになれないとしたら、ひとりで生きてった方がいいってことにならない?」

「違う違う。俺はハルカと同じクラスで幸せだったし。ハルカがいたから幸せになれたっていうのは間違いなくて」

「さっきと言ってること違うでしょ」

「違くないよ。だから、幸せだって思ってるのは俺自身で、俺がハルカを好きになれたから幸せだって思ってるわけで」

「本人の心次第ってこと?」

「そう、それそれ。さすがハルカ」

こんな時でも話がかみ合うと嬉しくなる。

「じゃあ、私は一人でいる方が幸せだし、楽。恋愛とか正直時間の無駄だとすら思ってる」

「時間の無駄?」

「そう。時間の無駄。たとえば、遊んだりなんだりの時間を勉強とかにあてれば、その分いい大学に行けたりするし。勉強じゃなくても、自分のやりたいこととかやるべきことができるでしょ」

「それはさ、確かに時間的に考えるとそうかもしれないけどさ。その人がいるから頑張れたりすることだってあるじゃん。たとえばさ、ハルカがいなかったら、俺はたぶんそのへんの私立文系に行くと思うけどさ。ハルカが東大行くとか言ったら、俺はたぶん死ぬ気で勉強すると思うし」

「じゃあ、私が名前書けば誰でも入れるような大学に入るって言ったら一緒に来るの?」

俺は少し考える。

「うーんと、まずなんでその大学に行きたいか理由を聞くと思う。で、たとえばその大学にしかない何かがあるなら一緒に行くかもしれないし。理由によってはハルカに幻滅するかもしれない」

自分の口から出た幻滅という冷たい響きに動揺する。

「幻滅するんだ」

そう言って、ハルカは笑う。

「可能性。あくまで可能性の話だよ」

俺が慌てて取り繕うと、ハルカはまた笑う。

「私の人生はつまらないけどさ。努力しないと、そのつまらない人生すら送れないかもしれないし。たぶん、大学行って、社会に出て、何年かして、そのへんの無難な男と結婚して、毎日同じ時間に起きて同じ時間に寝るような人生送ると思うんだ」

「俺だってたぶんそんな感じだよ」

「でも、人生楽しいんでしょ?」

「うん。ハルカがいれば」

「私がいても毎日同じような生活には変わりないでしょ」

「生活の時間とかの話じゃなくてさ。学校とか会社の時間とかは変わらないかもしれないけどさ。毎日、気持ちって変わるじゃん? 毎日っていうか、毎分、毎秒変わるじゃん? 今だって同じ時間に学校通って下校してって生活だけど、ハルカがいて、ハルカと話して、楽しかったり悲しかったりして、そうやって、やってること自体は変わらないかもしれないけどさ。気持ちって変わるじゃん? 俺はたぶん、そういう気持ちのために生きてるんだと思う」

「……気持ちのために、生きる、ね」

「もっと言えば愛のために生きている」

「……それはクサすぎ」

「いや、愛って言ってもさ、ハルカに対するってだけじゃなくて、ヒロタカとか澄香ちゃんに対する友情も愛の一種なわけで。だから、俺は自分の好きな人たちと関わって、その人たちが喜んでくれれば楽しいし、悲しんでるなら話を聞いたりしたいし。たぶん俺ひとりじゃ生きている意味がないと思う。でも、生きる意味とか幸せを本当の意味で作りだせるのは自分自身だけなんだとも思う」

「……そんなこと考えてたんだ」

「ううん。さっき考えた。というか、ハルカに伝えたいなって思ったら自然に色々出てきた。だから、ハルカのおかげ」

「……バカなだけだと思ってた」

「確かに俺はハルカのことになるとバカになったりすることもあるけどさ」

俺がそう言うと、ハルカは柔らかな笑みを浮かべる。

ハルカらしくない笑みを見て、俺は悲しくなる。

「榎本はきっと人生楽しいんだよね。私もそうやって生きられればよかったんだけど」

「まだ16じゃんかよ。なんで過去形になってんだよ」

「でもね、今回韓国に行くのはちょっと楽しみなんだ。行ったことないところだから」

表情と口調から、ハルカが本心からそう思っているのがわかった。

「……そっか。それは、うん。いいことなんだと思う。俺も嬉しい」

「ありがと」

「じゃあ、韓国で楽しかったこととかメールしたりしてよ」

「……気が向いたらね」

ハルカは笑って、爽やかに笑って、これで話は終わりだとでも言うように、歩きだす。ハルカに言ってあげられることは、もう何もないんだとわかった。

ハルカが前を向いていて、嬉しい気持ちも少しあったけれど、それ以上に圧倒的に寂しい。今は笑っていられるけれど、俺はハルカがいなくなって本当に大丈夫なのだろうか?

これ以上好意を伝えても、重荷になるだけだろうなと思った。せっかく前を向いているのに後ろ向きにさせるだけなのかもしれない。ハルカの中で、俺の好意にどれほど重みがあるのかわからないけれど。

とにかく、俺にできることはきっと、もう何もないのだろう。

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どうやって帰ったのかも覚えていない。ハルカと同じ電車に乗って、たぶん、さよならとか言って、俺が先に電車を降りたんだと思う。

家でいつも通り振舞えたかもわからない。とりあえず夕飯は喉を通った。ベッドに入ったら寝ることもできた。いつも通り目覚ましで目が覚めた。朝シャンをして、学校に行った。でも、それだけだった。

次の日、学校に行くと、ハルカはいつも通りで、澄香ちゃんとヒロタカもいつも通りで、転校の話をハルカがしていないことを悟る。ハルカが言いたくなるタイミングまで、俺が言うべきことではないのだろう。

俺はハルカに話しかけることができなかった。そういえば、これまで毎日、ハルカに絡みに行ってたんだなと思い出す。本当にどうしたらいいのかわからない。何もすべきでないのかもしれないし。いつも通り絡みに行くべきなのかもしれない。

机に突っ伏している俺に、ヒロタカが、調子悪いのか? と心配そうに聞く。

うなずいておく。調子が悪いのは嘘ではない。

そっか、と言って、ヒロタカは俺を放っておいてくれる。

ハルカのためにできることはないのだろうか? そのことばかり考える。

もう付き合うとかそういうのどうでもいいからさ。そりゃ、遊びたいけどさ。そういうのじゃなくて、たとえば、もうこれから会わないとしても、最後にハルカのために何かできることはないだろうか?

でも、俺にできることがあるのだろうか? たぶん何も無いんじゃないだろうか?

そして、ハルカがいなくなった後、俺は大丈夫なのだろうか?

……きっと大丈夫なのだろう。そのことは簡単に想像できた。他に好きな人ができるかはわからないけれど、きっと学校にも通い続けるだろう。

俺、今まで特に何も考えずにハルカが好きだって気持ちだけで突っ走ってきたから。ハルカ以外の人と付き合うなんて考えられなかったし。毎日会えるだけで幸せだった。

でも、俺は幸せだったけど。ハルカはどうだったのだろう? 俺は、人から好きとか言われたら、誰だって嬉しいだろと思って絡み続けてきたんだけど……。いや、そうじゃない。今までがどうかとかじゃない。ハルカの転校は決まっていて、たぶん、もう会えなくなることも決まっていて、その上で、俺にできることは何か、だろ?

いや、その前に俺はどうしたいんだ? 自分の気持ちを伝えたいのか? ハルカに幸せになって欲しいのか?

両方だよ。両方。

でも、伝え方がわからないし。ハルカが俺に何を求めてるのかわかんないし。何も求めてない気もするし。俺なんかに興味ない気もするし。

それを言うなら、この時期になっても転校を知らされてない澄香ちゃんとかにそれほど親しみを抱いてないんじゃないかって気もしてくるし。そんなことはないにしても、別に会えなくてもしょうがないくらいには思っているかもしれない。大学が別になったら会わなくなるだろうし、遅いか早いかの違いくらいに思っているかもしれない。

そりゃ俺だって未来のことはわかんないよ。もしかしたら、このまま転校しなくても大学に行ったら会わなくなるかもしれないし、もしかしたら、明日にはハルカのことを好きじゃなくなってるかもしれない。

でも、今この瞬間、俺がハルカのことを好きなのは間違いないんだよ。ハルカが目の前にいなくたって、今この瞬間、ハルカのことが好きだし、また次の瞬間、この瞬間もハルカのことが大好きなんだよ。

こんなにも好きなハルカのためにできることなんか、きっと、何一つないことは、俺自身よくわかっていて。ハルカはきっと俺が近くにいなくても生きていけるだろうということもわかっていて。

それでも、最後に何かできることはないだろうか?

わかんない。何もわかんない。ただただ無力で、無能だ。好きな子のために何もできないとか、好きになる意味がない。それとも、生きている、意味が、ない、のか?


次回:12月30日土曜更新予定

最終話

青い暴走シリーズ一覧

青い暴走2

2014年11月07日
大場諒介
KDP

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  • 青い暴走

    高校生が主人公の青春小説「青い暴走」シリーズを連載しています。

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