青い暴走
めんどくさい男子榎本徹と不愛想な女子奥山優。クセの強いふたりに加えて、話したことのない3人と班を組むことになったジュンヤを待っていたのは、想像よりもさらにめんどくさい状況で……。

教室に戻ると、いきなり修羅場だった。
うちの班は、おれ、榎本、奥山、それから美術部の女子北川、リア充系女子ふたり組、鈴木と斉藤で構成されている。
おれと榎本がベニヤ板を持って教室に戻ると、奥山とリア充ふたり組が対峙していた。北川は両者の間でオロオロしている。
おれと榎本は、ベニヤ板を教室の壁に立てかける。
「なんであんたが出てんのよ!」
鈴木が大声で言う。わざとまわりに聞かせているようにも思えた。
「関係ないでしょ」
落ち着いたトーンで言う奥山。
他の班のクラスメイトも、遠巻きに様子をうかがっている。
「あんたが出なければ、私が出るかもしれなかったのに!」
もしかして、鈴木と斉藤は軽音部だったのか? おれたちのミュージカルの噂を聞いて、奥山に難癖をつけているんだろうか。
「だから、私が出て、あなたが出ないことと、あなたが作業をしないことは関係ないでしょ?」
読めてきた。班の準備をしない鈴木と斉藤を奥山が注意して、この修羅場になったのか。でも、奥山が注意したっていうのは、なんかしっくりこないな。他人に干渉しないやつだと思っていたのだけれど。
「北川、なんでこうなったんだ?」
おれは北川の隣まで行って、小さな声で聞いた。
北川は、髪型はボブっぽい感じで、ふちなしのメガネをかけている。ボブっぽいっていうのは、おれはボブという髪形を正確に知らないからだ。中学の頃、アキラにボブとおかっぱってどこが違うんだと聞いて笑われて以来聞けずにいる。ネットで調べればすぐにわかるだろうけれど、そこまで髪型に興味はない。
「あの、そ、その」
説明しようにも、眼の前でやりあっていて落ち着かないのだろうか。
「鈴木と斉藤が作業してなかったのか?」
おれが聞くと、北川はコクリとうなずいた。
「それで、奥山が注意して、こんな感じになったのか?」
「注意というか、その……」
「なんて言ったんだ?」
「……邪魔、って」
北川の言った「邪魔」は、はっきりとした輪郭をもって、教室に響いた。
静寂。
教室にいる全員の脳裏に、「邪魔」という言葉が浮かんでいるだろうことがわかる。
張り詰めた空気を破ったのは、鈴木だった。教室を飛び出していく。ふたり組の片割れの斉藤も、はっとして、鈴木の後を追った。
おそらく教室中で一番テンパっているであろう北川を落ち着かせ、おれは奥山に声をかけた。
「大丈夫か?」
奥山はおれを睨んで言う。
「私が3人分働けばいいんでしょ?」
こいつ、おれが準備大丈夫かって言ったと思ってんのかよ。
「そうじゃなくて、奥山は大丈夫なのかって」
奥山は一瞬気の抜けた表情をした。すぐに取りつくろって言う。
「大丈夫」
そう言って、奥山は新聞紙を裂き始めた。裂かれた新聞紙は床に撒くもので、ゾンビ、すなわちおれが隠れる時に使う。客が来たら新聞紙のなかから飛び出して驚かせる計画だった。
「そうか」
深くは突っ込まなかった。いや、突っ込めなかったという方が正しい。おれと奥山は深い話をする関係じゃない。奥山が大丈夫と言うなら、大丈夫なんだと思うしかない。
「ジュンヤ、ベニヤそんだけじゃ足んないだろ」
アキラの声で教室の空気が変わる。それぞれが自分の作業に戻っていく。
「あぁ、榎本取り行くぞ」
そう言って、榎本と体育館裏にむかった。廊下を歩きながら、大丈夫、と言った時の、奥山の表情が頭から離れなかった。
ベニヤ板とタルキを運び終え、おれと榎本は班の境を作っていた。
教室を六等分して、各班がひとつのスペースを作ることになっていて、うちの班にあてがわれたスペースは教室を窓側と真ん中と廊下側にわけた窓側で、窓側を二等分したうちの後ろ側だった。
おれは長袖のシャツの袖をまくって仕事をこなしていた。学校に来るまで着ていたブレザーはカバンと一緒に教室の隅になげてあった。
ベニヤ板にタルキを釘で打ちつけていく。ベニヤ板を班境の壁にするためだ。
北川はベニヤ板をアクリル絵の具で塗っている。黒い背景に血しぶきが飛ぶ。北川が塗り終えたベニヤ板をおれと榎本が壁にしているのだ。
奥山は今日の朝からずっと新聞紙を裂き続けていた。それはもう相当な量を裂いている。予定ではリア充ふたり組もいるはずだったのだが、やつらはどこに行ったのかわからない。
北川は制服で作業をしていたが、奥山は学校指定のジャージに着替えていた。黒の地に赤のラインが入ったシンプルなデザイン。
「あの~」
北川がおそるおそるといった感じで声をかけてきた。
「ん?」
「アクリル絵の具がなくなってしまったのですが」
「奥山、アクリル絵の具買ってきていいか?」
うちの班の予算は奥山が管理していた。
奥山は領収書と予算の入った封筒から千円札を2枚取り出しておれに渡す。
「携帯かして」
奥山がそう言ったので、おれはロックを解除して素直にスマートフォンを渡した。メールチェックとか、そういう笑えないジョークはしないやつだ。見られて困るメールがあるわけじゃないけれど。
どうやらおれの携帯に自分のアドレスを移しているようだ。
「なにかなくなったらメールするから。2回行くのいやでしょ」
アクリル絵の具は学校から10分くらいの駅前の文房具屋で売られている。2往復するのは、正直めんどくさい。
「おれも行く!」
話を聞いていた榎本が飛びあがって言う。
「おれひとりで大丈夫だよ」
「絵の具ないと、北川が作業できないだろ。ということは、おれも作業できない」
「他にやることあるだろ」
ただでさえ人数が減ってるっていうのに。
「どうせ行くなら他の班の必要なものも買ってきてあげよう。ひとりじゃ持てないだろうから、おれも行く!」
そう言うと、榎本は他の班に必要な物を聞きに行ってしまった。
おれは奥山を見る。
目が合うが、すぐに逸らされる。勝手にやれってことだろうか。
教室の外に出て、榎本を待つ。
教室からは一度は耳にしたことのある音楽が聴こえてくる。ヒットチャートを上から順に流してる感じだ。
「お待たせ」
榎本に肩を叩かれた。
「他の班にどんぐらい頼まれたんだ?」
「どの班も、まだ大丈夫だって」
「……じゃあ、おれひとりでよくないか?」
「いや、おれも行く!」
「必要ないだろ」
おれが言うと、榎本は顔の前で手を合わせた。
「頼むよ。あそこに男ひとりってのはきついんだよ」
「……じゃあ、おれが残る」
「えー」
なんなんだよ、こいつ。
「おれが行くか、おまえが行くか。どっち」
「……おれが行くよ」
「領収書忘れんなよ」
おれは榎本に千円札を渡して、教室に戻った。
奥山は、おれがやっていた他の班との班境作りをやっていた。かなりいい手つきで釘を打っている。釘1本分様子を見ていたのだが、一度も空振りをしなかった。力も弱いわけではなく、1回打つごとに確実に釘が沈んでいく。
しばらく見学していると、視線を感じたのか、奥山が顔を上げた。
睨まれる。
「早く行きなさいよ」
「榎本ひとりで大丈夫そうだから行かせた」
「……そう」
「北川は?」
うちの班のスペースに北川の姿はなかった。
「看板絵を描きに行ってる」
北川はうちのクラス唯一の美術部だ(たぶん)。看板絵を担当させる人間としては、適任だろう。
おれも班境作りにとりかかることにした。
「作曲できるってすごいよな」
おれは黙っているのも味気ないなと思って、奥山に話しかけた。
「私の場合歌詞つけなくていいから」
歌詞をつけなくていいから、すごくないということなのだろうか。
タンタンタンタン。
奥山は喋りながらも、釘を打つ手を止めない。
「でも、それって純粋に音だけで勝負するってことだろ?」
「よく言えばね」
「やっぱすげぇよ。クラシックの曲なんて作れる気がしねぇもん。ロックの曲なら作れるってわけじゃないけど」
「私が作ってる曲はクラシックじゃなくて、ただのインストだから」
そういえば、何をもってクラシックというんだろう? 明確な定義をおれは知らない。奥山がクラシックでないというなら、それはクラシックではないのだろう。クラシックの定義もわからないのに、ジャンル分けがどうとか話していたことを思い出して恥ずかしくなる。
タンタンタンタン。
「そもそも、なんで作曲しようと思ったんだ?」
おれの質問が意外だったようだ。奥山は珍しく考えているようだった。
「単純に、音楽が好きだからだと思う。あと、曲作ってると落ち着くから」
おれにはまったくもってわからない気持ちだった。
タンタンタンタン。
「そうやってできた曲を聴いた誰かが、音楽好きになってくれればって感じか」
「違う。私のはただの自己満足。こういう話がなければ誰かに聴かせるつもりはなかった」
「でも安藤さんには聴かせてたんだろ?」
「葵に聞いたの?」
奥山は眉に段を作って言った。
「いや、聴かせてなかったら、安藤さんは奥山が作曲してること知らないんじゃないかなと思って、もちろん、奥山が安藤さんに作曲してるっていうことだけ言ってたっていうことも考えられなくはないけど。作曲してるって言われたら、安藤さんは聴きたいって言うと思うし。すくなくとも、おれらに紹介する前には聴かせたのかなと思って」
「いつもそんなこと考えてるの?」
「そんなことって?」
「複雑かつ無駄なこと」
「無駄っていうなよ」
おれがそう言うと、奥山は声を出さずに笑った。口の横にえくぼができる笑顔だった。
「そんな情けない声出さないでよ」
「普段と同じなはずだけど」
奥山はいつもの表情に戻って立ち上がった。
次の瞬間、また座り込んだ、否、倒れた。
次回:10月7日土曜更新予定
青い暴走
2014年08月16日![]()
青い暴走
高校生が主人公の青春小説「青い暴走」シリーズを連載しています。