果物のセクシーで知的で変態チックな側面を学ぶ
- 著者
- ジャン=リュック エニグ
- 出版日
最初に挙げた『フルーツハンター』もなかなか文学的でしたが、こちらの『果物と野菜の文化誌』は事典形式とはいえ、よりいっそう文学的だ、と言えるかも知れません。
本書のテーマは、副題に記されている通り「エロティシズム」。さまざまなエロティックなエピソードが古今東西から集められ、気取った文体で紹介されています。この本に書いてあることを人前で披露すると、変態な上にちょっと嫌なヤツと思われかねませんが、ひとりで読みふける分には…。
なお、こんな感じです。
「マルセイユでは《いちじくを干す》あるいは《いちじくの胸》という表現が、戻らない夫を待ってやせ細る娘たちについて言われていたということは驚きである。というのも、干しいちじくは耽美主義者たちを常に夢中にさせたからである。なかでもフランシス・ポンジュは本を一冊丸ごと捧げている。1977年の『言葉のいちじくはいかにそしてなぜに』である。彼はいちじくにおもねったりはしない!彼は干しいちじくからとりわけ二つのイメージを取り出す。ひとつは《しおれた胸》である。乾いた石の色をした大きな乳首、形はたるみ、垂れ下がり、しぼんでいるがまだしぼみすぎではなく、ちょうどかぶりついても恥ずかしくない程度である。そしてもう一つは…p.64より」
このあとには「もう一つ」のイメージが紹介されているのですが、そっちはぜひ書籍でご確認ください。いちじくの味がちょっと違う感じに思えてきます。
ちなみにほとんど同じタイトルの『くだもの・やさいの文化誌』という本もありますので、セクシーに興味のない人はそっちをチェックしてみてくださいね。くれぐれもお間違えのないように。
SFに登場する圧倒的な果物の表現
- 著者
- 宮部 みゆき 牧野 修 北野 勇作 斉藤 直子 蘇部 健一 樺山 三英 松崎 有理 高山 羽根子 船戸 一人 七佳 弁京
- 出版日
- 2011-11-05
現代日本SFの旗手のひとりである樺山三英による短編小説。
この作品を収録しているのは大森望氏による人気の短編アンソロジー『NOVA』の第6集。作品のタイトルは「庭、庭師、徒弟」。タイトルの通り「庭」がテーマになっています。本作において、庭師とその徒弟は、語り合いながら庭の中を彷徨します。
この作品に登場する「庭」は、おそらく「世界」そのものの別名であり、庭師はいわば世界を創る神、もしくはその創造主から世界の管理を任された何者かであると考えることができます。そしてその「徒弟」は、この世界の管理者に学び、やがてその跡を継ごうとする者なのです。神とともに世界を彷徨すること、それはまさに当て所無く歩くように生きる人生そのものだと言えるでしょう。
この作品に登場する「庭」が果てしなく広大で、その内部では国が戦争をしたりしています。そこでは圧倒的な存在感を持った「無花果(いちじく)」が描かれます。
旧約聖書の失楽園のエピソードでイブにそそのかされたアダムが口にした「禁断の果実」は林檎ではなく実は無花果だったという説もあり、ヨーロッパの文化において無花果が与えられている位置づけは独特の重みがあります。そういえば、羞恥を知ったアダムとイブは、たしかに「無花果の樹の葉」で陰部を隠していました。
さらにちょっとした薀蓄を書いてしまうと、「無花果」と書かれるこの果物、実は食用になっている部分じたいが「花」そのものです。「花嚢(かのう)」と言われる部位が無花果のいわゆる果実として食用に供されているわけです(精確には、内側のプチプチの部分が花にあたる部位ということになります)。
ここまで書いてきたように、無花果ひとつとっても神話のエピソードあり、意外な植物学的な薀蓄があったりと、「くだもの」は非常に奥が深いモチーフです。フルーツが好きで本が好きな人にはきっと退屈な人間はいないのではないでしょうか。そんな人が身近にいるあなたはとても幸せ者なのかも知れません。ぜひ今回紹介した書籍をプレゼントして、2人で世界の滋味を堪能してください!