頭で書かれた「文章」の本と、「声」をまとめた本がある。
同じ言葉の形をしていても、文章と声は違う。文章には筋道があるが、「声」は多くのノイズから選ばれ、誰かの耳を通して書き起こされたもの。明確な筋道がないからこそ、一緒に迷い込める余地がある。
優れた対談集やインタビューを読んでいると、話者の隣に腰かけて、直に耳を澄ましている心地がする。話し手の語り口、心の動き、その場の空気感までも伝わってくる。文字から響く声に「うんうん」と頷いたり、唸ったりする時間が何より楽しい。
あなたも本の「声」に導かれるまま、その人の人生へ分け入ってみてはどうだろう。
街の人生
- 著者
- 岸 政彦
- 出版日
- 2014-05-31
『断片的なものの社会学』(朝日出版社)で注目を集める社会学者、岸政彦さんによるインタビュー集。外国籍のゲイ、摂食障害の女性、シングルマザーの風俗嬢、ホームレスたちが語る〈普遍的な物語〉を集めている。
話し手たちは、それぞれ境遇も生き方も異なるが、皆この社会が包んでいる(あるいは覆い隠してしまった)「私」の一人だ。
〈ここに収められた断片的な人生の断片的な語りは、それがそのままの形で、私たちの人生そのもののひとつの表現になっているのです。
「私」というものは、必ず断片的なものです。私たちは私から出ることができないので、つねに特定の誰かである私から世界を見て、経験し、人生を生きるしかないのです〉
過食症の経験を語る31歳の女性〈マユ〉。彼女の次の言葉に、訴えかけるような響きを感じた。
〈そら痩せたいとずっと思うわこんな世の中にいたらと思ったり(笑)。だから自分が悪い、自分のせいやと思ってたけど、こんな世の中にいたら女子が痩せたいと思うの、その、普通っていうのはあれかもしれんけど、その、そうやったんやろうなって〉
話し言葉はときに、実感に追いつこうとしてつまずく。その〈つまずき〉こそが、その人自身を浮かび上がらせるようだ。
ぼくはこうやって詩を書いてきた 谷川俊太郎、詩と人生を語る
- 著者
- ["谷川 俊太郎", "山田 馨"]
- 出版日
- 2010-06-26
日本を代表する詩人の谷川俊太郎さんが〈初めて書いた詩〉から近作まで、自身の人生を振り返る。735ページに渡る大著で、名作誕生の裏側や、三度の結婚と離婚について振り返る場面もあり、本書を開けば、必ずあなたの知らなかった“谷川俊太郎”像に出会えるはず。
このような対談形式の場合、詩は一部抜粋になることが多いが、本書は話題に登場する詩88篇を全篇収録。半世紀以上にわたる詩作の変遷を丁寧に追うことができる。
聞き手は、谷川さんが長年信頼してきた編集者、山田馨さん。そのためか谷川さんの言葉には構えがなく、やわらかい。こんな風に砕けた愉快な物言いが魅力的だ。
〈うん、あるやり方で書いていくと、もうなんか飽きちゃって、もっと違うのをやんなきゃダメじゃねーのっていうことになって、それでちょっと書いてみて、だんだんそれが定着してくるっていうことの繰り返しなんですよ〉
私が最も印象深く、僭越ながら共感を覚えた箇所がある。〈よく、オマエの詩にはオチがあるとかさ、殺し文句があるとか言われるんだけれど、自分ではそれを意識的に書いてるわけではないんですよ〉と谷川さん。どきりとする。計算的なオチ、殺し文句――。私自身、谷川さんの詩にそういう感想を抱いたことはなかったか。
〈とにかく、自分にはもう書くことしかないわけですからね。銀行員でもないし、学校の教師でもないし、人とつながるには詩を通してしかないんだから、ともかくここでつながろうとは思っていましたよね。そのためには、わけのわからないひとりよがりでは書けないわけですよ。つまり、他者っていうものを、自分の内にちゃんともってなきゃいけない〉
オチをつけよう、と思って書くのではない。自分の中の他者に向き合いながら、書いていくのだ。