映画を観たからOK、とはいかない作品。
『小さいおうち』は、晩年を迎えたタキという女性が、女中をやっていた若い頃の愛おしい記憶を、孫のような存在の健史に語る(手記を読ませる)という体で物語が進みます。時代は戦前から戦後にかけて。数年前、山田洋次監督によって、タキを
黒木華さん、タキが仕えた奥様・時子を松たか子さんで映画化されていますので、映画をご覧になった方も多いかもしれません。
個人的に一番印象に残る場面を挙げるなら、何といっても夏の日の鎌倉での場面。与謝野晶子の歌を巧みに挟んでくるあたり、タキちゃんが顔を伏せて現場から逃げ出すよりも先に、私は思わず読んでた本を閉じてしまったくらいです(笑)。
実はこのシーン、映画には登場しません。結末においても、映画と小説では違った余韻が用意されています。戦前という時代にありながら、人々の暮らしに悲壮感がちっとも感じられないことも、我々の感覚からすると意外な事実。興味深い作品です。
- 著者
- 中島 京子
- 出版日
- 2012-12-04
「ちいさいおうち」があらわすもの
小さいけれど、しっかり丈夫に建てられたおうち。このおうちは、建てた人の一生の時間をゆうに追い越して、「まごの まごの そのまた まごのときまで」ずっとそこに建ち続けて、時代とともに様々な技術が発展し、人々の暮らしが激変してゆくのを目の当たりにすることになります。
ページをめくるごとに、大都市に備わっている要素がどんどん描き加えられていく様子は、まさにアメリカという大国が歩んできたそれまでを定点観察しているかのようです。
この絵本のストーリーを知った上で小説を読んだ方ならば、「これは、戦後を気丈に生きてきたタキちゃんそのもので、ラストはタキちゃんの希望そのものだ」と思った方もおられるんじゃないでしょうか。大人になって改めて読むと、この絵本が持つテーマはもしかしたら、自分の暮らす国が長く先進的に豊かであればこそ意味をなすのかもしれない、そんな風にも考えさせられる作品です。
- 著者
- バージニア・リー・バートン
- 出版日
- 1954-04-15
手記を読む健史の気分が味わえるかも
絵本『ちいさいおうち』の翻訳者をご存知でしょうか。日本における児童文学のパイオニア、石井桃子さんの評伝をご紹介します。
石井桃子さんが101歳という生涯を終えたのは2008年のこと。最晩年までご活躍されていたためピンとこないんですが、若い頃は太宰治に恋されたりと、教科書に出てくるような文豪と同じ時代を生きた方です。生涯独身だった、ということにも驚きます。
この評伝は、新聞記者である著者が綿密な取材に基づいてまとめたものですが、これほど私的な資料や証言を集め得たということだけをみても、著者の熱意と人柄が関係者の惜しみない協力を引き出したんだろうなとうかがえます。自身の仕事に対して誠実であろうとする、使命感を漂わせた文章で書かれています。
小説の中でタキが女中として仕えた時子の年齢設定は、石井桃子さんやバージニア・リー・バートンと同じくらい。とりわけ前半を読むと、事実として同時代の東京の暮らしや文学界をとりまく状況を読む事になるので、手記を読む健史に似た気分を味わえます。
- 著者
- 尾崎 真理子
- 出版日
- 2014-06-30