『太陽にほえろ!』や『探偵物語』などで人気を博した松田優作。役で演じていたハードボイルドなイメージは、今も尚多くの人々に影響を与え続けています。そんな彼について記した書籍を紹介します。

1:松田優作の韓国名は金優作だった
彼は山口県下関市で、日本人の父と韓国人の母との間に生まれました。当時父親には別に妻子がおり、父母との間には婚姻関係が無かったために「在日韓国人」として生活しています。 当時の韓国籍の名前は「金優作」で、その後『太陽にほえろ』に出演中に日本に帰化して「松田優作」となりました。
2:黒沢明に弟子入りを志願して断られていた
優作は、大学生の時に黒沢明監督の自宅を訪問し、弟子入りを志願しています。そのとき自宅前で3日間座り込みをしましたが会ってもらえず、断られました。 その後役者になった彼は、役者仲間に「有名になっても黒沢明の映画には出ない」と語っています。
3:松田優作は傷害の容疑で逮捕されていた
彼は1976年の『俺たちの勲章』の鹿児島ロケ打ち上げの時、傷害事件を起こしたとして逮捕され、その後1年間番組出演を自粛しています。 実際には優作は襲われた方で、揉みあっているうちに相手に重傷を負わせてしまった事件です。この件は示談になっており、慰謝料も払ったのに逮捕されてしまいました。
4:アドリブ芝居が多かった
松田優作はアドリブ芝居が多く、芝居のバリエーションも豊富でした。そのため台本とは全く別のことを優作が芝居の時に話すと、共演する相手も優作の芝居のバリエーションに合わせて、ただセリフを覚えるのではなくアドリブに対して答えをいくつかある中で選んで演じていました。
実際には台本通りの方が良かったと思えることも多くあり、先輩俳優から台本通りに演じるように怒られたことも多かったようです。
5:『蘇える金狼』の撮影時、実はは無免許だった
『蘇える金狼』ではたくさんのスポーツカーが登場しますが、その運転をする彼は当時免許を持っておりませんでした。そのため運転シーンは合成画面で運転しているように撮影し、走行シーンはスタントマンが運転していました。
6:憧れの原田芳雄の家のとなりに引っ越した
長らく原田芳雄に憧れており、若いころは原田芳雄の真似ばかりしていました。その後、渋谷の大山町にある原田邸裏の洋館が空き家になった時、優作はそこに引っ越しています。
7:松田優作が残したボトルナンバーが命日と同じ
彼は下北沢にあるバー「LADY JANE」に「アーリー」というお酒をボトルキープしています。それが最後のボトルとなりましたが、ボトルナンバーの「116」は優作の命日11月6日と一緒でした。
8:松田優作の墓には「無」と刻まれている
西多摩霊園には優作のお墓があります。そこには妻で女優の松田美由紀さんの「最も優作らしい言葉」という想いから、「無」と刻まれています。
『太陽にほえろ! 』『探偵物語』『ブラック・レイン』など時代を熱狂させ、ハリウッドに渡った矢先、40歳の若さで逝った伝説の俳優松田優作。栄光とともに語られるその人生の裏側には、壮絶な苦悩と葛藤があったことが記載されています。
- 著者
- 松田 美智子
- 出版日
- 2010-06-29
癌に犯されながらも命を賭けて迫真の演技で『ブラック・レイン』に臨んだ松田優作の怒涛の人生を、ドキュメンタリー作家である大下英治の目線で綴られた長編ドキュメント・ノベルです。
- 著者
- 大下 英治
- 出版日
- 1996-11-01
作者である松田美智子が無名時代から全盛期までの21年間を松田優作と一緒に暮らし、サポートし続けていたからこそ綴ることができる内容だと思います。
- 著者
- 松田 麻妙
- 出版日
本書はあえて『探偵物語』を脚本家から見ることにしており、担当した脚本家のうち、複数の話を書き下ろしている6人を取り上げています。
- 著者
- 李 建志
- 出版日
- 2011-02-11
松田優作が直筆で演技プランが書き込まれていた台本・ノートや、映画俳優を夢見ていたころに投稿していたシノプシス、出演作品の新聞批評記事のスクラップ、幼年期からの晩年までの秘蔵プライベート写真などが収録されています。
- 著者
- 松田 美由紀
- 出版日
様々な人に愛されていた松田優作。どの本も彼のファンや、古いドラマや映画で見たことある俳優だけど、実際どういう人なのか興味あるという人には読んでもらいたい内容になっています。本屋や図書館で見つけた際には手に取って読んでみてください。