親鸞は浄土真宗の宗祖と言われていますが、実は史料が少なく、その人物像や人生についてはあまり知られていません。そんな中でも彼を多面的に知れる本を集めましたので、思想や人となり、生き様をぜひ感じ取ってください。

1:19歳のとき、夢の中で聖徳太子から「お前の寿命は、あと10年」と告げられる
彼は、9歳のとき得度(出家)して、比叡山へ入山し修行を始めました。 出家して10年後の1191年、19歳のときに、大阪の磯長にあった聖徳太子廟にて、3日参籠(さんろう)したと伝えられています。参籠(さんろう)とは、寺に一定期間こもって祈願することです。
祈り続けて、2日目の真夜中に、聖徳太子から夢告がありました。 「そなたの命は、あと、10年なる。命終わると同時に、清らかな世界に入るであろう。よく信じなさい、深く信じなさい、真の菩薩を」と。 19歳で「お前の寿命は、あと10年」であると言われたのです。これは大変なショックだったようです。
2:浄土宗から、新たな宗派である浄土真宗を作ったわけではない法然(浄土宗)は、「南無阿弥陀仏」の念仏のみ唱えることで極楽浄土できるとしていました。 親鸞は、念仏から信心を取り出して、信じる心によって極楽浄土できると言いました。 つまり、彼は法然の教えをそのままに、表現を変えただけなのです。 それ故に、彼は浄土宗を発展させて浄土真宗を作ったわけではありません。浄土真宗の名称は、彼の死後に門弟たちがつけたものです。
3:「私に弟子はいない」と言っていた
彼のそばには、弟子のような人達が大勢いたのですが、本人は「私に弟子はいない」と語ってしました。 すべては、仏の救いによるものなのに、「私の弟子だ」とか「師に背き、他人に念仏する者は、浄土へ往けない」などと言うのは、傲慢であると考えていたのです。
4:生前に、死体は鴨川に流せと言っていた
1263年1月16日、90歳に入滅(死去)しました。 本人は生前に「私が死んだならば、この体は鴨川(京都の川)に流して魚の餌にせよ」と遺言していました。 とはいうものの、遺族や門弟たちは実際にそうすることができず、墓を建立したのです。
1:赤山明神にて、美しい女性から詰問される
26歳のとき、京都から比叡山延暦寺へ帰る途中、赤山明神にて、ある美しい女性から話しかけられました。 「私を深い悩みから救うため、比叡山に連れて行って下さい」と頼まれたのですが、当然女人禁制なので、断りました。
すると女性は、「お釈迦様は、すべての生き物に仏性があると言われているのに、何故女だけはこの山に入れないのですか。それに鳥や獣のメスは山にいるのに、何故人間のメスは入ってはならないのですか」と鋭く反論し、去っていきました。 この出会いと問答が、親鸞が後に妻帯するきっかけの一つになったのです。
2:性欲に苦しんだ青年時代に女犯(戒律を破り女性と肉体関係を持つこと)
磯長での聖徳太子の夢告から、10年が過ぎました。 寿命が終わると予告された29歳のとき、六角堂(紫雲山頂寺)へ参籠します。 祈りの中、観音菩薩(聖徳太子の化身)が現れて、 「そなたがこれまでの因縁によって、たとえ女犯があっても、私(観音菩薩)が玉女という女の姿となって、肉体の交わりを受けよう」と言われました。 女性と肉体関係を持っても良い、つまり妻帯を許可されたのです。
3:師である法然の理論(僧侶の妻帯は可)を実践した
彼の師である法然は、生涯不犯でした。つまり妻帯していません。しかし、浄土宗(法然)の理論としては、僧侶の妻帯を認めていました。 彼はその理論を実践し、妻帯したのです。
また、彼は 師である法然の教え(浄土宗)を絶対的に信じていました。『歎異抄』によれば「法然上人に騙されて、念仏して、地獄に落ちても後悔しない」とまで言い切っていたのです。
親鸞はいくつもの名言を残していますが、今回は厳選して『歎異抄』に書かれているものをご紹介します。
「善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや悪人をや」
この名言は、「善人でさえ浄土へ生まれかわることができる。ましてや悪人は、なおさらだ」と説いたことから「悪事を働いても極楽浄土へ行ける」と放言したと誤解されがちです。
しかし真意は、自分は悪人だと思っている人ほど罪の自覚があるので、過ちを改めることができるのだ、ということです。
「さるべき業縁の催せば、如何なる振舞もすべし」
「さるべき業縁」とは、「避けることのできない縁」という意味で、「縁があれば、誰でもどんな行為でもしてしまう可能性がある」ということを述べています。
これだけだと想像がつきづらいかもしれませんが、たとえばニュースで酷い事件が流れた時、「これは自分とはまったく関係のない世界のことだ」とどこか他人事のような目で見てしまうことはありませんか。
親鸞は、仮に殺人や、もっと想像のできないほどむごたらしいことでも、どうにもならないきっかけや避けることのできないきっかけがあると、誰しもがそのような行為をしてしまう可能性があると言っています。
人間はそれだけ罪を犯す可能性があるし、どんなことでも他人事ではない、ということです。
- 著者
- 金子 大栄
- 出版日
「善人なおもって往生を遂ぐ いわんや悪人をや」(『歎異抄』より引用)
という悪人正機説で有名な親鸞の言葉も、『歎異抄』に書き記されています。聞いたことはあるけれど、その本当の意味は何かと問われるとなかなか正しく答えられないような言葉の答えが、本書の中にあります。
ただただ必死に念仏すれば阿弥陀様の本願を得られるということが示され、彼が言う「他力本願」についても知ることができるでしょう。難しい言葉が並びますが、一人一人の心に迫るフレーズが必ずあるはずです。これからの人生に活かしていってください。
親鸞について語っていながら、キリスト教と歎異抄の話になったり、蓮如やブッダが登場したりと、講義ならではの面白さが続きます。それが読者を飽きさせません。遠い人である彼を、少し身近に感じられる本と言えるでしょう。実は悩みぬいた生涯を送ったことも分かります。
- 著者
- 五木 寛之
- 出版日
- 2016-03-17
本書では彼が流刑生活の後、生涯行った非僧非俗の精神についても触れられています。自分は「僧」だという思い上がりが、結局は「俗」に結びついていると悟った親鸞。こう考えると僧ではない人が俗人、という図式は成り立ちません。そして彼は「非僧」と「非俗」は並び立つものだとするわけですが、文字にすると分かりにいものです。頭で理解するのではなく感じ取るものが思想なのでしょう。
- 著者
- 吉本 隆明
- 出版日
本書では彼の思想について、家族の中でも考えが違っていたことを追求しており、面白く読むことができます。妻は死装束をまとっていたり、長男は呪術信仰へ傾いていったりと、親鸞が苦悩する様子が伝わってくることでしょう。
- 著者
- 小山 聡子
- 出版日
- 2017-01-17
小説であることや、親鸞の生い立ちがはっきりわかっていないことから、フィクション部分が多くあるのは当然で、それが本作品の魅力です。しかし彼の思想に関しては本筋を捉えた内容になっており、要所要所でしっかりと分かりやすく教えてもらえます。物語の中で登場してくるので、理解しやすいでしょう。
- 著者
- 五木 寛之
- 出版日
- 2011-10-14
親鸞とその思想について少し理解できたでしょうか。宗教の話は難しく理解しにくいですが、さまざまな書籍に触れて考えを深めてもらえると嬉しいです。