佐藤栄作は、総理大臣時代に沖縄返還を実現し、非核三原則を唱えるなど外交面でさまざまな業績を残し、退任後はノーベル平和賞も受賞しています。在任期間も長く、日本の経済発展に尽力しました。そんな佐藤にまつわるおすすめ本をご紹介します。

1:栄作少年の失踪劇
少年時代、地元のお祭りの日に行方不明になったことがありました。 なんと、集落から集落へ渡り歩く祭りの神輿を1日中追いかけて歩いたそうです。 夜になっても帰らない佐藤を家族はさらわれたのではと大層心配したといいます。
2:底辺ギリギリからトップグループへの大躍進を果たした中学時代
1913年、佐藤は名門校である山口中学に入学します。 彼の入学時の成績は130番中127番というギリギリの順位でした。 しかし、第一学期末試験で佐藤は127番から18番に上がるという大躍進を見せました。 当時の一学期における記録的な躍進となりました。
3:蚕部屋で迎えた結婚初夜
1926年、門司(福岡県北九州市)で鉄道員をしている時、佐藤は許婚の寛子と結婚します。 このとき佐藤家は家業の酒造りをやめており、こうじやと呼ばれた家に住んでいました。 佐藤夫妻は、この家の物置のような暗く冷たい蚕部屋で結婚初夜を迎えます。 なぜか悲しくなって泣く寛子に佐藤は「なぜ泣く、俺がついている」と慰めたそうです。
4:賭け事が好きだった
賭け事が好きだったようで、門司に居た頃も麻雀やトランプで賭けをしていました。 それだけでなく、競馬や碁にやっており、多岐にわたっています。 しかし、大勝もせず大負けもしない堅実で程々な勝負をしていたといいます。
5:病床の寛子夫人を休まず見舞う
60年安保闘争真っ只中のある日、妻の寛子が倒れてしまいました。 全学連のデモ隊に襲撃されかねない佐藤を気負うばかり下血し倒れたといいます。 寛子は45日の入院生活となりましたが、佐藤は毎日お見舞いに行きました。 唯一行けなかった日は、兄・岸信介が襲撃された日のみだそうです。
6:入院するも脅威の回復
1966年、佐藤は身体の不調を訴え、軽井沢から東京へ戻り医師の診察を受けます。 結果は腎盂炎という病であり、入院を余儀なくされます。 前年、政界の実力者が次々に亡くなっており、佐藤もかと密かに囁かれていました。 しかし、わずか3日ほどで順調に回復し、入院から10日で退院をしています。
7:多忙の首相、写経を始める
首相になって3年の超多忙な時期に、佐藤は写経を始めています。 過去のワンマン政治の犯した過ちを省みた佐藤は、写経で心を保とうとしていました。 雑念や執着から脱し、そこにあるままの真実を掴まんとする佐藤の自省からきたものです。
8:大統領夫人と踊る
1973年、当時のアメリカの大統領ニクソンの就任祝賀会に夫婦で出席しました。 挨拶の後、ニクソン夫妻と佐藤夫妻がダンスを踊るというハプニングが起こりました。 実は、この時ニクソンから寛子にダンスの相手を申し込んでいました。 周りからの「チェンジ」の声もあり、佐藤はニクソン夫人に相手を申し込んだのです。
9:蒋介石との初対面は、蒋の「葬儀」
1974年4月5日に、台湾の蒋介石の訃報が佐藤の元に届きました。 佐藤は日中国交回復の際、台湾には礼を欠いてしまったという後悔がありました。 そのため、回復後に一度台湾へ行ってみたいと佐藤は願っていました。 蒋に会うがための台湾行きが、蒋の葬儀参列になるとは佐藤も思っていませんでした。
兄・岸信介や、ライバルであり親友でもあった池田勇人との関係、その他の政治との人間模様など興味深く読み進めることができます。本書は門外不出と言われていた『佐藤栄作日記』で事実確認しながら書かれているということもあり、佐藤の人物像も明確に浮かび上がってくるのです。
- 著者
- 山田 栄三
- 出版日
日記には法案に対する意見や、政治家に関する話題はもちろんのこと、週末のゴルフの話、夫人や息子、孫たちとの食事会の様子、好きな作家などプライベートに関することが多く書かれているので、とても面白く読むことができます。佐藤栄作という人物の姿が形を持って私たちの前に現れるようです。
- 著者
- 佐藤 栄作
- 出版日
佐藤栄作が成し遂げた外交の一つに沖縄返還があります。しかし沖縄返還についても著者は疑問を投げ掛けており、本当のところはどうだったのかを述べているのです。交渉の舞台裏を詳しく説明し、米軍基地を自由に使わせることや緊急時には核の持ち込みを許可することなどが条件であったことを明らかにします。
- 著者
- 春名 幹男
- 出版日
- 2015-11-20
佐藤は、東京オリンピックの不況を受けて、戦後初の建設国債の発行を行いました。これにより日本の景気は回復しいざなぎ景気と呼ばれる好景気時代へと突入。経済成長は続き、佐藤は「経済大国」へと日本を導いたのですが、公害や環境破壊などの問題も起こってくることとなりました。
- 著者
- 戸川 猪佐武
- 出版日
佐藤と池田は吉田学校の代表格として共に成長してきましたが、池田の高度成長政策に反対するようになる佐藤は、自らの政権構想をつくっていきます。そして池田の3選を阻止するために総裁選へ立候補する佐藤ですが、結局は負けてしまうのでした。本書ではもともと友情があったはずの二人の政治的戦いを面白く読め、政治の流れをしっかり理解することができるはずです。
- 著者
- さいとう たかを
- 出版日
- 1999-08-19
いかがでしたでしょうか。佐藤栄作は決して評判が良いわけではありませんでしたが、現在に残る偉業も多く、判断の難しい人物です。佐藤について知ることは日本の政治、経済発展を知ることにもつながります。ぜひいろいろな本を読んでみてくださいね。