人類学の可能性
- 著者
- 石井 美保
- 出版日
ここ10年ほどの間、「存在論的転回」という変化によって、人類学ににわかに注目が集まっています。人間だけを見ていては、そこで起きていることを十全に理解できないことに気づいた人類学者たちが、人以外の要素もその出来事のネットワークの中に含めて記述するようになったのです。
大学生になったばかりの筆者は、そんな動向が人類学を席巻し出しているなどつゆ知らず本書を手にとりました。
人類学者の石井美保は、ガーナにフィールドワークへ行った折、自分自身が「精霊」を目撃するという体験をします。通常であれば、これは「幻覚だ」ということで、合理的に解釈され直す事象ですが、石井はそれをそのまま受け止め、記述していきます。
アカデミックな本の中に「自分が精霊を見た」という記述が出てくるのは衝撃でした。一歩間違えれば単なるオカルトだとして退けられてもおかしくないことですし、筆者自身もオカルト的なものは苦手なので読むのをやめていたでしょう。
しかし、石井の記述は確かに「存在論的転回」の日本における嚆矢のひとつとして、確かに筆者の胸に刺さったのです。ああ、人類学はこんなことまでできる学問なのか、と10代の自分に希望を与えてくれた一冊です。
なお、最近『環世界の人類学--南インドにおける野生・近代・神霊祭祀』という新著が刊行されましたが、この本では存在論的転回にもわかりやすく触れつつ論が勧められているので、存在論的転回について、現在の人類学について知りたいという人にもオススメです。
「ここ」は経験の出発点ではない
- 著者
- 村上 靖彦
- 出版日
- 2008-05-26
「人類学は他者によって自分が変化していく学問だ」と筆者の恩師がかつて述べておられましたが、この本もそのような経験を感じさせてもらえた大切な一冊です。本書では、「視線触発」・「図式化」・「現実」の3つが相互に関係し合って世界が現れており、(広義の)自閉症の人々は、この3つのいずれかで問題が生じているという見取り図が提案されます。
本書では、「『ここ』は経験の出発点ではなく、視線触発その他の作動の結果生まれる産物なのである」とされ、私たちが当たり前に前提としてしまっているもの(それは人類学が長きにわたって前提としてきたものでもあります)が掘り崩されます。
「私と他者を客体として認識し、定立するのは発生的には事後的な作用である。その意味で、『匿名的に見られる』視線触発が、『相手の動きや感情を感じ取ってしまう』間身体性と『私があなたを見る」対人志向性に先立つ。」つまり、まず「見られる」という経験があるわけです。「ここ」も「あなた」も「私」も最後にやってくる。
そしてもうひとつ、重要なことは、「自閉症の人は彼らの仕方で、空間を構造化している」ということです。私たちは世界の理解に言語を用いますが、「自閉症では知覚的な手がかりで整序する。多くの自閉症児の長期記憶は、彼らがしばしば持つ驚くべき記憶からもわかるとおり、映像記憶」なのです。「つまり感性的な印象がそのまま沈殿している」。
伊藤亜沙による『目の見えない人は世界をどう見ているのか』と並んで、本書は他者を「自分を代入せずに」理解しようと試みる上で、様々なヒントを与えてくれます。
哲学することの楽しさと恐れ
- 著者
- ジル ドゥルーズ
- 出版日
- 2008-01-09
この本は筆者が初めて哲学書で感動した一冊です。この本を読み終えたことがきっかけで、哲学書に対するハードルが自分の中でかなり下がるのを感じました(といってももちろん哲学書はあい変わらず難しくてわからないのですが)。
ジル・ドゥルーズはこの本の中でカントの三批判書(『純粋理性批判』『実践理性批判』『判断力批判』)を総括しようとしています。そもそもカントは三批判書を通して、自分の脳が合理的で万能あるという前提に対して疑いを持っていました。
もし脳が間違っていた場合、脳は自分が間違っていることを知ることができない(これは想像するととても怖いことです)。脳は万能ではなく、できることとできないことがある。その輪郭を明確にするためにカントは理性・悟性・構想力という3つの能力を駆使して腑分けしていきます。
ドゥルーズはこの理性・悟性・構想力という諸能力がそれぞれ単独で作動しているのではなく、その都度3つの能力の組み合わせが変化しているという風に理解します。チューニングが行われ、ちょうどいい具合にセットされ、その結果「共通感覚」と呼ばれるものが生まれているのだと。
しかしここでドゥルーズはカントが築き上げた一大体系を根底から揺さぶります。では、「その諸能力の一致(共通感覚の発動)」はどうやって起きているのか?と。上手い具合にチューニングをしている奴がいるのか。違う。なぜならそれだと脳にさらに上位概念があるということになってしまう。結果、ドゥルーズは諸能力の一致を「偶然」であると結論づける。
私たちの認識の根底が偶然によって規定されているということを他ならぬカントの三批判書を通して暴露するこのスリリングな一冊によって、筆者はようやく遅まきながら哲学をちゃんと読んでいこうと腹を括ったのでした。