多くを語らない漫画家、あずまきよひこ
あずまきよひこは1968年生まれの漫画家です。出身は兵庫県高砂市。神戸芸術工科大学在学中に同人活動をはじめ、漫画を描いていました。その後、コンピュータゲームの原画やアンソロジーコミックなどを手掛け、1999年に初の連載作『あずまんが大王』を描きはじめます。
まだ俗語としての「萌え」の概念も固まっておらず、「日常系」という言葉もなかった頃に連載がはじまった『あずまんが大王』は、「萌え系」「日常系」の漫画の先駆と言えます。『あずまんが大王』は『月刊コミック電撃大王』に3年間連載され、その終了後間もなく『よつばと!』の連載がはじまりました。
あずまきよひこ作品のプロモーションはあずま自身ではなく所属する会社「よつばスタジオ」が一括して行っています。そのため、あずま自身が作品について語ることはほとんどありません。かつては個人ブログを運営していましたがいつしかなくなり、ツイッターやインスタグラムなどのSNSの運用はありますが、発言は多い方ではありません。
このように、あずまは直截に自身の作品に触れることがありません。それはまるで、自らが語ることで読者が読み取った作品世界を壊さないように、そっとしているかのようです。
静かに、人々の日々を描くあずまきよひこの筆致は軽妙にして堅実。丁寧に構成された画面と物語は読者に安心感と安定感をもたらします。安心して読めて読んで安心できるあずまきよひこの漫画を3作、ご紹介しましょう。
3位:ぬいぐるみに宿った少年の幸せとは?『Wallaby』
高校生の蕨明は交通事故で死にました。同級生の小坂こころは蕨に憧れていて、家庭科でつくったワラビーのぬいぐるみを蕨の席に置いたところ、ぬいぐるみが喋り出しました。蕨の魂が宿ったのです。両親も一緒に死んでしまった蕨はぬいぐるみとして永らえたものの行くところもなく、ぬいぐるみの「わらびー」としてこころの家に住むことになるのですが……。
- 著者
- あずま きよひこ
- 出版日
- 2001-07-04
『Wallaby』は1998年の終わりから2000年にかけて、『げーむじん』という雑誌に連載されていました。『げーむじん』はコンピュータゲーム雑誌ですが、『Wallaby』は特にゲームに関係がある内容ではありません。
交通事故で両親ともども死んでしまった少年、蕨明。彼に憧れていた少女、小阪こころは家庭科でつくったワラビーのぬいぐるみを弔いに蕨の席に置きます。すると途端にぬいぐるみが喋り出したのです。ぬいぐるみは蕨だと名乗ります。死んで天に召されるはずだった魂がワラビーのぬいぐるみに宿ったのでした。
こころに「わらびー」と名付けられたぬいぐるみの蕨はこころと一緒に住むことになります。天使のラリラルララが天に召される前の蕨の魂をぬいぐるみに入れ、人間に戻そうとしたのですが、まだ実力が伴いません。上級の天使になるための試験として、わらびーを幸せに導くという試験課題を課せられています。
若くてかわいい女子高生のこころと一緒に住めば幸せだろうとラリラルララは考えました。しかし実際は多少乱暴で幾分自分勝手なこころに雑な扱いを受けて、わらびーの幸せは微妙なところです。果たしてわらびーは幸せになって、蕨に戻れるのでしょうか。
これが『Wallaby』のだいたいのお話です。わらびーとこころ、ときどきラリラルララの日常コメディです。憧れの少年と憧れた少女が一緒に住んだりして甘いロマンスのような流れのお話ですが、実は甘くないエピソードが幾つも連なっています。
たとえば、自分のために買ってきてほしいと頼んで買ってきてもらったゲーム機を、わらびーはあまり使えずにいます。ゲームは好きではないと言いながらこころがゲームにハマってしまって、使わせてくれないからです。あたたかい風呂や布団に入れてほしいと言っても、こころはそれを却下してしまい、一切承知しません。
おまけにギャグながら、ことあるごとにこころに殴られています。この境遇にいて「幸せ?」と訊ねられても、やはりわらびーは「幸せです」とは言い切れません。でも、或る事件をきっかけに二人の間に距離ができてみると……二人はそれぞれ以前の「一緒にいた」環境を思い返したりするのです。
葛藤の末に自分を迎えに来たこころにわらびーは言います。
「迎えにきてくれたんだ」
「来ちゃったもんはしょーがない!」
「うん、しょうがないね」(『Wallaby』から引用)
しょうがない二人のしょうがない関係は、終わりません。このしょうがない境遇を、もしかしたらわらびーは「幸せ」と感じているかもしれません。ささやかな幸せです。
でも、ささやかな幸せが、沢山連なったら――わらびーは蕨として、こころと相対することができるのでしょうか。そのような「もしも」に思いを馳せるのも『Wallaby』を読むという行為のうちでしょう。こころとわらびー、こころと蕨という二人の気持ちの熟成とその過程は、読者の成長の糧ともなり得るでしょう。
2位:少女たちのゆるゆるスクールライフ!『あずまんが大王』
とある高校に通う6人の少女が中心となって展開される、「物語」と言うには劇的なもののない4コマ漫画です。中心となる暦、智、大阪(通称)、神楽、榊、ちよの6人が1年生の頃から卒業するまでが描かれています。1人を除いてどこにでもいそうな少女たちのありがちな日常が、昨日も今日も明日も展開されます。
- 著者
- あずま きよひこ
- 出版日
- 2000-02-10
『あずまんが大王』は1999年から2002年の間、『月刊コミック電撃大王』で連載されていました。単行本はメディアワークスから全4巻が発売されていましたが、2009年に新装版が小学館から発売されました。新装版は「1年生」から「3年生」までの全3巻に構成し直されていて、各巻に描き下ろしの「補習編」が追加されています。
とある高校に通う6人の少女を中心としたお話が4コマ漫画を何本も連ねるかたちで語られていきます。ちょっと大人っぽい暦、元気いっぱいの智、関西から転校してきて大阪弁ぽい方言を話すため「大阪」と呼ばれる歩、スポーツ万能の神楽、背が高くて怖そうだけど実はかわいいもの好きの榊、そして飛び級で高校生になった10歳(1年生時)のちよの6人です。
このほか、美人だけどズボラでマイペースな英語教師ゆかりやその同級生で常識人の体育教師みなも、女子高生好きでときどき考えていることが口から洩れてしまう国語教師木村など個性が強い面々に加え、忠吉さん(犬)やマヤー(ヤマネコ)、更には「ちよちち」なるネコのようなぬいぐるみのような謎の存在まで登場して、「ありふれた日々」が描写されているにも関わらず、ちっともそんな風には感じられません。
少女たちと彼女等を取り巻く「濃い」人々や人ではないものたちの日々が『あずまんが大王』では描かれていきます。定期テストや文化祭、体育祭などの行事は勿論、冬の登校時の寒さやお弁当を食べるときに出たしゃっくり、学級委員選挙や体力測定などなど、読者がきっと経験したことがあることを、作中の少女たちも経験していきます。
大きな事件は起こりません。でも些細なできごとが大きく感じられた学生時代の心身の躍動が、4コマが紡ぎ出すギャグの隙間から溢れ出してきます。
爆発的ではなかったものの、人気を博した『あずまんが大王』は2000年にWebアニメ化され、2002年にはテレビアニメ化されました。同じ年にコンピュータゲーム化もされています。また2006年には「日本のメディア芸術100選」にマンガ部門で選出されました。
時間をかけてそのおもしろさが評価されてきた『あずまんが大王』。あなたは先に刊行された全4巻と新装版3巻、どちらで愉しみますか?