都会のど真ん中にすっと収まる別世界
山手線は出てこない。
7つの短編、それぞれ舞台も時代もばらばらで、翻訳家の叔母の遺品整理をする女の子だったり、遊園地の駐車場で暇を明かす若者たちだったり、遠い国(どことも分からない、遠い国)の小さな町に越してきた画家だったり、あまり連関のなさそうな物語が、「月」「掌」「クローク」「半島」……小さなキーワードで緩く結ばれる。
ひとつひとつは短いから、遅読の人でも、山手線3分の1周ごとに1話。読み終えるごとに、あ、この人もしかして前の話のあの人、と物語が輪のように繋がっていく。
”たわむれに湯を割ると、月も割れて四方に砕け散った。”(p.140)
”そういえば、さみしいというのは、どうしていいかわからないことであった。”(p.147)
水彩画のような、輪郭ない色彩の世界に入り浸ったところで、ふと我に返り「いけぶくろ」の看板が目に入ったりしたら、無粋な都会が猛烈に憎らしくなるかもしれない。でもこんな都会の中にあっても、私の手の中には、光る言葉で形づくられた別の世界が収まっていて、私はいつでもそれを開くことができる。それは結構嬉しいことだ。
- 著者
- 吉田 篤弘
- 出版日
- 2013-11-22
底知れない、わからない、みんな
入れ替わり立ち代わり、いろんな人が乗って来る。降りてゆく。渋谷から、高校生グループ。有楽町から、恋人同士。新宿から、上司部下。西日暮里駅へ、スーツケース連れの親子。おしゃべりを重ねて、笑い合う彼らは、しかし互いをどこまで知っているのだろう。
「馬鹿でブス」な自分を上手く認められない主人公は、「ちゃんとしないと」「みっともないことはできない」が染みついた実家暮らしのアラサー。家族や同僚との息が詰まる関係から抜け出そうともがくうち、よく知っているはずの人たちの別の顔が見えてくる。
”この子は誰なんだろう、と唐突に思う。この子の中にはなにが入っているんだろう。言葉で聞いても、なんど体を重ねても、本当はなんにもわからない。”(p.131)
如才なく生きているように見える誰もが、醜さを取り繕っている。しかしそれを知っても、私は彼らと向き合うことを、投げ出すことはできない。
最後まで登場人物の誰一人をも切り捨てることなく、他人と向き合うことの底知れなさと救いを描く。
読み終わったあとはすぐに下車せずに、自分自身のこと、自分が決めつけているかもしれない誰かのことを、もう一周ぶん考えたい。
- 著者
- 彩瀬 まる
- 出版日
- 2015-08-28
山手線はどの駅前にも大体ラーメン屋があるから
同じく人間の得体の知れなさを描きながらも、登場人物をことごとく切り捨てまくるのがこちらの小説。蜘蛛なぞ何匹でも潰せるような、糞、クソ、豚、莫迦が口癖の裏社会を描く短編集だ。
なにしろそれぞれの話のタイトルがヒドい。
「いんちき小僧」「マミーボコボコ」「顔が不自由で素敵な売女」、そして「デブを捨てに」。
しかも全部、だいたいタイトルの通りのストーリーだ。表題作は、借金まみれの男が闇金に自分の腕をもぎとられる代わりに、とあるデブの女を「廃棄」しにいく話。個人的には、「マミーボコボコ」が良かった。大家族モノ番組の出演料で食いつなぐ一家の、修復不可能な歪みを暴く。
どうしようもない。後味は悪い。それなのにどん詰まり感はない。ハイスピードで最悪なドタバタ劇が目の前を過ぎ去っていく感じ。読みだしたら止まれない。
最後のページを閉じたら、速攻下車して駅前のてきとーなラーメン屋でずるずる再読したい。本書はペーパーバックでカバー無し、中の紙も藁半紙みたいなやつだから、飛び散った汁と脂の跡がよく残るだろう。
- 著者
- 平山 夢明
- 出版日
- 2015-02-20