4位: 桜玉吉が送る短編漫画!空白の期間には何が?『漫喫漫玉日記 深夜便』
本作には表題の通り、漫喫――漫画喫茶で描かれた作品が収録されています。『御緩漫玉日記』終了後の長い休筆期間中に描きためられた11編の短編漫画です。漫画喫茶に寝泊まりして生活する中で体験したこと、発見したことなどを、うつ状態から脱しつつある桜が淡々と、しかし秀逸なギャグを織り交ぜて描き出します。休筆期間を終え満を持して発売された単行本で、さあ社会復帰か?!
- 著者
- 桜玉吉
- 出版日
- 2013-11-25
『漫喫漫玉日記 深夜便』に収録された短編漫画は、2012年から2013年にかけて不定期に『コミックビーム』誌上で発表されたものです。巻頭に掲載されているのは「3・11金曜日」。東日本大震災が発生したあの日、桜は東京都内の漫画喫茶にいたのです。
自宅のインターネット回線を解約してしまっていた桜は、休筆中も描いていた月数本の4コマ漫画の原稿データを編集部に送信するために漫画喫茶に向かいます。データ入稿を理由に自宅から外へ出ることで持病のうつが悪化しないようにしていた彼は、その日も滞りなくデータを送り終え、インターネットを利用して動画を見ようとします。そしてドリンクを調達にブースを出たときに気付くのです。
「ゆ、ゆれてる?」(『3・11金曜日』から引用)
そう口に出した次の瞬間、巨大な揺れが襲ったのです。棚からこぼれ出て頭上に降り注ぐ漫画本。床に散らばった本を除けて道をつくりながらブースへ戻ると落ちてくるパソコン。揺れが治まった後に訪れた日常と非日常がないまぜになった光景。巨大な長い揺れの中で桜玉吉は死を予感したと言います。この日を境に桜は思考が活発になり、外出の機会が増え、やがて本格的に漫画に復帰して本書に収録されている作品群を描くようになったのです。
日々のよしなしごと(つまらない言葉)を漫画家の視点で見つめてほんの少し思想を絡め、そして桜生来のものだという「おマヌケさ」を混ぜ込んで仕上がった短編は、どれも独特の風味と滋味に溢れています。派手な演出もはっきりとした物語性もありませんが、じわじわと染み出すような味わいがあるこの作風は、もしかしたら若い人には少しつまらないかもしれません。
何気ない風景や季節の移ろいにふと心が動いたりするような年頃になった人には一度当たってほしい、そんなしみじみと読める、しかし笑えてしまうギャグ漫画です。些細なことに感情を激しく波立たせていたあの頃よりは、自分も少しは大人になったかも……。そんな風に思える人は、本作にトライしてみてはいかがでしょうか。
3位: 伊豆の山奥、一人暮らしのおやじ徒然『伊豆漫玉日記』
「漫玉日記」シリーズ最新刊でもある本作は表題通り、かねてより桜が移住したいと考えていた伊豆での生活を中心に描かれています。本書では、伊豆の山中に買った中古家屋に一人住み、傍若無人に現れる虫や猿と戦ったり戦わなかったりしながら漫画を描く桜の55歳の現在を楽しむことができます。
- 著者
- 桜 玉吉
- 出版日
- 2017-01-25
本作は『漫喫漫玉日記 深夜便』に続く6冊目の「漫玉日記」です。『コミックビーム』に不定期に掲載された短編漫画が10本と、同時期に発表された「読もう!コミックビーム」が収録されています。沢山の「読もう!コミックビーム」の合間に短編が挟まっていると言った方が適切でしょうか。
漫画喫茶に半ば住んで漫画を描き、描かないときは伊豆の山中に買った家に帰るという生活を送る桜。デビュー作『しあわせのかたち』登場時には黄色いまる顔のお面をかぶった姿で描かれていましたが、次第にその容貌は変遷し、「漫玉日記」シリーズではとんがった天辺に毛が3本、鼻の下に髭を生やした頭部を持つ男の姿で描かれ、「お面」の片鱗はありません。
他の登場人物たちが普通の人間の姿で描かれている中に、桜だけがとんがり頭の漫画的な容貌なのですが、それが奇異に感じられないのは、読者が慣れてしまったせいばかりではありません。その姿の「桜玉吉」は作者の姿としてではなく、既にキャラクターとして確立されているのです。そしてこれは、虚実入り乱れる「漫玉日記」の毒を和らげ味わいを深くさせ、「漫玉日記」が醸す味のベースとなる「おマヌケさ」を引き立たせているのです。
伊豆の家での生活は、なかなかワイルド。ベランダに捨てられていたオレンジの皮を残した犯人である野猿が邸内に侵入しないようにヘルメットや木刀で武装して一ト晩中待ち伏せたり、そこより上には人家がないという自宅の玄関先を日々欠かさず掃き掃除をしても毎朝虫の死骸が散らばっていたり、ときには不意に現れるムカデに噛まれたり……。
大きな事件が起こるわけではありません。けれども桜の日々は淡々と語られながら決して単調ではなく、お終いには必ずクスッと笑ってしまう小さな物語があります。ときに人知れず立腹したり、ときに自らを恥じたり、そんな桜に読者は笑ったり共感したりできて、それがまた愉しいのです。
淡々とゆったりとしたテンポでできごとが語られる短編と、私生活から題材を得て描かれる日記漫画でありながらスピーディな展開を見せる「読もう!コミックビーム」のパートとが交互に収録されていて、それが読者にとっての心地よい緩急を生み出しています。以前の作品のような危うさはありませんが、それだけに安心して読める1冊でもあります。まさに「心に移りゆくよしなしごとをそこはかとなく書きつくれば(心に浮かんでは消えていくなんともないことを書き記す、という意味)」といった風の本作は、漫画による現代の徒然草ともいえるでしょう。
2位: 桜玉吉のデビュー作、変な漫画が現れた!『しあわせのかたち』
デビュー作である本作は、1986年から1994年の間に『ファミ通』(連載開始時は『ファミコン通信』)に連載されていました。連載初期は1話完結型のファミコンゲームのパロディ、中期は「例の3人組」が中心のギャグストーリー、後期は日記漫画という変遷を辿った桜の代表作であり、漫画家としての方向性を決定づけた作品でもあります。1990年にはアニメ化もされました。
- 著者
- 桜 玉吉
- 出版日
ファミコン雑誌に連載されていた『しあわせのかたち』は、当初は当然の如くファミコンゲームを題材にした漫画でした。ただその形態は、左開き(横書き)のA4変形版の見開きでフルカラーという幾分めずらしいもの。更に連載が始まってからすぐの3本を除いては、5段組でコマを割るというスタイルが確立されています。つまり見開き2ページの中に細かい絵を沢山描くことになるスタイルです。連載開始からしばらくは、隔週に1本2ページを描くペースでしたが、次第に人気が出て、3ページ、4ページと増ページされていきました。
『ファミコン通信』が『ファミ通』として新たに生まれ変わったときには、編集部は真面目に「倍の8ページに増ページ」と言い出したそうですが、実際には連載開始時と同じ2ページでの連載となりました。本作の中で桜自身が毎週1本描かねばならないことを考えると賢明な判断であると言っています。
連載中期までは様々なファミコンゲームのパロディが描かれました。転機となったのは「ドラゴンクエストⅡ」(単行本ではメーカーからのクレームのため『ゆうめいRPGⅡ』)です。それまではパロディ化される題材のゲームが変わるたびにキャラクターを設定して描かれていました。しかし「ドラゴンクエストⅡ」の3人の主人公、ローレシアの王子おまえ、サマルトリアの王子コイツ、ムーンブルクの王女べるのの3人が登場してからは、他のゲームのパロディもこの3人組が主人公となって物語が展開されました。桜が「例の3人組」と呼ぶのは、この3人のことです。
「例の3人組」は1980年代の終わりにかなりの人気者になり、本作は3人を中心にオーディオドラマやアニメーションになりました。オーディオドラマCDは3枚、OVA(オリジナル・ビデオ・アニメーション)は4巻も出るという人気振りです。この人気をきっかけに、エンターブレイン(当時のアスキー漫画部門)が設立されたといわれています。そしてエンターブレインがあってこそ、のちの桜が漫画家として生きる道が残されたのです。
『ファミコン通信』が『ファミ通』に改まると「例の3人組」によるゲームパロディは描かれなくなり、それまで「漫画内漫画」として数コマずつ描かれていた日記漫画が『しあわせのかたち』の主体となります。「例の3人組」の登場もゲームのパロディも突然まったくなくなった訳ではありませんでしたが、登場頻度は徐々に減っていき、やがて日記漫画となっていくのです。
本書にはたびたび「漫画内漫画」が描かれます。4コマ程度の漫画が1話のうちに1本か、ときには数本描かれることもありました。その中でも日記漫画に移行してからの『しあわせのかたち』を語る上で外せない漫画内漫画が2作あります。1作は「ラブラブROUTE21」、もう1作は「しあわせのそねみ」です。
「ラブラブROUTE21」は作者自ら「本格暗黒舞踏同棲漫画」と銘打った奇態な漫画でした。最初は煙草を題材に取ったナンセンスな4コマ漫画だったのですが、桜が気に入ったらしく、毎回少しずつコマ数を増やしていき、遂には本来2ページしか与えられていない『しあわせのかたち』の枠内に3ページ描かれることになってしまいます。
本作の登場人物でもある、桜の担当編集者は「ラブラブROUTE21」を「一般誌みたいなマンガ」と呼びましたが、決してそうではありませんでした。奇妙な登場人物たちが織りなす奇妙な物語が純愛を形作るという前衛的な、端的に言うと「よくわからない」漫画です。しかしその「よくわからなさ」こそが「ラブラブROUTE21」の魅力であるといえるでしょう。
ゲーム雑誌に掲載されていながら内容はゲームとはまったく関係がなく、しかも「私TVゲーム大っ嫌いなんです」と臆面もなく言い切る人物が主要キャラクターとして登場する「ラブラブROUTE21」ですが、『ファミ通』読者アンケートでは上位3位に入るという事態が起こってしまいます。当時の『ファミ通』読者、また桜ファンには忘れ難い1件でしょう。
もう1作の「しあわせのそねみ」は、『しあわせのかたち』連載終盤に描かれた陰気な漫画です。日記漫画の体裁を取ってはいるのですが、「そねみ」を描くときには「桜ひねきち」を名乗っていた通り、作中人物の物事の捉え方や感情の動きなどがとにかくひねくれており、常に何かを表題通りねたんでいます。絵も半ばリアリズムタッチでかつ厭な印象を与える風に描かれていて、読んでいてあまり気持ちのいい作風ではありませんでした。描いていた桜自身も初回の枠外にこう書いています。
「このキャラクター続けたら読者も人脈も仕事もなくしそうだからもうやめる」(『しあわせのかたち』第5巻から引用)
しかし桜玉吉自身は読者の反応を怖れながらもこの作風を愉しんでいたらしく、その次の回も「しあわせのそねみ」は続きました。3回目の枠外にはまたこのように書かれます。
「この作品が嫌な者は一週間以内に葉書で『嫌』と伝えてくれまいか? 嫌葉書50通来たらば考え直す所存也」(『しあわせのかたち』第5巻から引用)
結果、153通の「嫌葉書」が届いて「しあわせのそねみ」は終わるのですが、その一方「良葉書」も数通あったことが明かされます。全部で8回描かれ、読者の意見によって終了した「しあわせのそねみ」ですが、この作風がのちの桜を体現することになる「漫玉日記」シリーズの基礎となったのでした。その意味で、この漫画内漫画は桜を語る上で決して外すことができない作品なのです。
桜という漫画家の始まりと現在の基礎が詰まった本作は、桜を語るためには決して欠くことのできない漫画です。