シベリウスの生涯
ジャン・シベリウスは「フィンランディア」や「交響曲第2番」などで知られる、フィンランドの作曲家です。故郷の厳しい自然を感じさせる作風が大きな特徴。2017年に没後60年を迎える、北欧を代表する作曲家の生涯を知る4冊をご紹介します。

ジャン・シベリウスは、1865年フィンランド生まれの作曲家です。 本名をヨハン・ユリウス・クリスチャンと言い、姉と弟との3人姉弟でした。幼いころから音楽に親しみ、姉と弟と室内楽演奏を楽しんだようです。
1885年にヘルシンキ音楽院に入りヴァイオリン・作曲を学び、1889年にはベルリン、1890年にはウィーンに留学します。留学中に様々なコンサートやオペラに通い、様々な作曲家に出会う中、祖国フィンランドへの関心を高めていきます。
帰国後、フィンランドの民族叙事詩『カレワラ』に基づく『クレルヴォ交響曲』を1892年に発表し、成功をおさめます。また同年、ヘルシンキ音楽院で作曲の教師となり、妻アイノと結婚します。 1899年フィンランドとロシアの関係が悪化し、国内で愛国運動が盛んになりました。そんな中上演された愛国歴史劇の音楽をシベリウスが担当し、人気を博します。これによって彼は国民的英雄の地位を得ました。この時の曲を交響詩としてまとめたものが、有名な『フィンランディア』です。
その後、彼の生活環境や心理状態によって作風の変化を経ながら、交響曲、交響詩、劇音楽、協奏曲、ピアノ曲など多くの作品を残します。しかし、1925年に交響詩『タピオラ』発表後、主だった作品を発表しないまま、1957年その生涯を終えます。
1:母語はスウェーデン語だった
当時のフィンランドは大国スウェーデンとロシアに挟まれ、スウェーデン領となったりロシア領となったりしていました。シベリウスの両親はスウェーデン語を母語としていたため、彼の母語もスウェーデン語でした。後に、学校に通うためにフィンランド語を習得しています。
2:シベリウスにとって、おじの存在は大きかった
2歳の時に他界した父は多額の借金を残しており、シベリウス一家は母方の祖母と暮らすようになります。そこで彼に大きな影響を与えたのが、おじでした。 おじは彼にヴァイオリンを与え、後にシベリウスの作曲への意欲を励ましたのも彼でした。また、本名のヨハンをフランス語風にジョンとしたのも、おじの影響でした。
3:独学で初めての作曲は10歳の頃だった
シベリウスは幼いころから楽器に親しんでいましたが、初めて作曲したのは10歳の時でした。その時の作品は、ヴァイオリンとチェロのための『水滴』です。
4:一度は大学の法学部への入学した
留年を経て高校を卒業したシベリウスは、1885年、ヘルシンキ大学法学部に入学します。しかし、音楽に集中するため1年で退学し、ヘルシンキ音楽院に入学しました。
5:ヴァイオリニスト志望だった
15歳でヴァイオリンの勉強を始めたシベリウス。当初はヴァイオリニストを志します。1887年にはヘルシンキ音楽院の弦楽四重奏団の第2ヴァイオリン奏者になり、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のオーディションを受けたりもしました。
6:激しい浪費家だった
若いころからパーティやギャンブルに興じていたシベリウス。初期の作品の成功によって、1897年にはフィンランド政府から終身年金が贈られることになりましたが、それでも莫大な借金を抱えることに。 1904年にその後50年近くを過ごすヘルシンキ郊外ヤルヴェンパーの自宅アイノラへ移ります。これは、彼を酒場の多い都会から遠ざけるために妻アイノが考えた案だそうです。
7:子だくさんだった
妻アイノと結婚したシベリウスは、子宝に恵まれ、6人の子供を授かります。うち、一人は幼くして死去してしまいますが、全て娘でした。
8:フリーメイソンの一員だった
フィンランドでフリーメイソンが復活した時、シベリウスはスオミ・ロッジの創設メンバーでした。後に、フリーメイソンのための音楽を作曲しています。
9:幻の交響曲第8番とは
1925年に交響詩『タピオラ』発表後、主だった作品を発表していないシベリウス。音楽について公に話をすることも避けていたようです。しかし作曲は続けていたといわれ、「交響曲第7番より良いものが書けないなら、それが私の最後の作品になるだろう」と近しい友人に言っていたそうです。2011年に、ヘルシンキ大学の図書館で交響曲第8番のスケッチが発見されました。
シベリウスの生涯
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- 著者
- 松原千振
- 出版日
- 2013-07-19
- 著者
- キルスティ マキネン
- 出版日
- 著者
- 神部 智
- 出版日
- 2015-12-07
北欧フィンランドは日本から遠く離れた地。大きな文化の違いがあります。フィンランドで生まれた作曲家、ジャン・シベリウスの楽曲は、フィンランドの人々だけではなく、世界中の人々の心を振るわせる力を持った存在です。音楽だけではなく、本人を知ればより、音楽が胸に響くようになる。その助けとなる作品ばかりです。