ディストピア小説の金字塔、『一九八四年』
- 著者
- ジョージ・オーウェル
- 出版日
- 2009-07-18
ドナルド・トランプの大統領就任から1週間後、ジョージ・オーウェルの名著『一九八四年』がAmazon.comのベストセラー本になりました。
物語の舞台は1984年。大規模な争いを続ける3つの超大国。その中のひとつ、オセアニアです。すでに核兵器の撃ち合いが起きており、3国ともに便宜的戦争の恒久的継続を良しとしているふしがあります。おそらく、恒常的な武力衝突が領土の支配という共通の利益にかなうからでしょう。
オセアニアは市民に完全服従を要求します。そこは警察国家であり、ヘリコプターが絶えず人々を見張り、窓から部屋の中を観察する。だが、人々を真に見張るのは“シンクポル(思考警察)”であり、彼らは“プロレ(プロール)”と呼ばれるエリート党員以外の、人口の85%を占める最下層民を文字どおり常に監視しているのです。シンクポルは社会の中を人知れず動き、思考犯罪を見つけだし、あるいは奨励さえする。裏切り者たちを消し、再プログラムするためです。
髭面の顔“ビッグ・ブラザー”に象徴されるエリート党員や警察が市民の思考を操り、取り締まるもうひとつの手段が、“テレスクリーン”と呼ばれるテクノロジーです。この“金属板”は敵の軍隊の恐ろしい動画を、そしてもちろん、ビッグ・ブラザーの叡智を人々に見せつけます。しかし、テレスクリーンは実は、市民を見ることもできるのです。義務である朝の一斉体操中、テレスクリーンは今で言うカーディオ・エクササイズを指導する、若く、しなやかな身体のインストラクターを映すと同時に、人々がちゃんと実践しているかどうか見ています。テレスクリーンはありとあらゆる所にあり、人々が住む家の各部屋にもある。オフィスでは皆、これで仕事をするのです。
物語はウィンストン・スミスとジュリアを中心に展開します。事実をねじ曲げる政府の強引なやり方に、2人は抗おうとするのです。反逆手段は? 過去に関する非公式の真実を見つけ、非公認情報を日記に付けること。ウィンストンの勤め先は“真実省”。その巨大な建物には「無知は力である」の一文が大きく掲げられています。彼の仕事は政治的に不都合な記録を公文書から消すこと。寵愛を失った党員は? 初めからいなかったことにする。ビッグ・ブラザーが果たせなかった約束は? 初めからなかったことにするのです。
仕事上、ウィンストンは日々、“非事実化”するべき事実を探して古い新聞などの記録に当たるため、“ダブルシンク(二重思考)”に長けています。ウィンストンはこれを「入念に組み立てた嘘をつきつつ、完全な真実を意識すること(中略)意識的に無意識に仕向けること」だと言うのです。
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オセアニア:オーウェルの実体験の産物
『一九八四年』の設定のヒントは、作者であるオーウェルが見越した冷戦――オーウェルが1945年に命名した――の姿でした。ルーズヴェルト、チャーチル、スターリンの3人がテヘランおよびヤルタの両会談で世界を切り分けるさまを見てから、わずか数年後にオーウェルはこれを書きました。本書はスターリン主義時代のソビエト連邦、東ドイツ、毛沢東主義時代の中国の状況を見事予見しています。
オーウェルは社会主義者でした。『一九八四年』には、自らの信じる民主社会主義が独裁的スターリン主義に乗っ取られるかもしれぬという、オーウェルの恐怖も描かれています。これは、オーウェルの社会を見つめる鋭い観察眼、そして彼がスターリン主義者らに殺されそうになった事実に基づいて生まれた小説でした、
1936年、スペインで民主的に選ばれた社会主義政権に対し、ファシストの後ろ盾を得た軍部がクーデターを実行。オーウェル、そしてアーネスト・ヘミングウェイをはじめとする世界中の社会主義者たちが、義勇兵として右派反乱軍との戦いに臨みました。ヒトラーはその空軍力で右派に荷担し、スターリンは共和党左派を支援。オーウェルら義勇兵がスターリン主義者らに逆らうようになると、共和党軍は彼らを邪魔者とみなし、潰しにかかったのです。追われる身となったオーウェルと妻は生き延びるため、1937年、仕方なくスペインを後にしました。
第二次世界大戦中、ロンドンに戻ったオーウェルが身をもって知ったのは、リベラルな民主主義や自由を強く希求する者でさえ、ビッグ・ブラザーへの道を進みかねないという現実でした。BBCに就職したオーウェルが日々書いていたのは、インド人に向けた“プロパガンダ”でしかなかったのです。“二重思考”とは言えないまでも、政治的目的に仕える偏ったニュースや情報の数々。オーウェルはインド人たちに、あなた方の息子や物資は大義のためになっていると説いていました。偽りとしか思えないことを書き続け、2年後、オーウェルは辞職。自分にほとほと嫌気が差していたのでしょう。
帝国主義自体にも嫌気が差していたオーウェル。若者だった1920年代当時、オーウェルは英植民地ビルマで警官をしていました。ビッグ・ブラザー的世界をどこか彷彿させる地で、オーウェルは植民制度の中で自らが担う独裁的で野蛮な役割を心から憎んだのです。「反吐が出るほど嫌だった」と彼は回想しています。「そういう仕事の中を少し覗くだけで、帝国の汚いやり口が眼前に広がる。悪臭を放つ監獄の中でうずくまる哀れな囚人たち、長期収容者らの青ざめ、怯えた顔……」
このように、オセアニアはひとつの経歴の、そして冷戦が始まろうとしていたひとつの時代の予見的産物だったのです。したがって、『一九八四年』は当然、現在の“オルタナティブ・ファクト(もうひとつの事実)”の世界とは、オーウェルには想像もできなかったに違いないいくつかの点において、まったくもって違います。
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