毛利元就といえば、自身の息子たちに矢を示し、兄弟で協力することの重要性を説いたエピソードが有名です。知略を尽くし、小国の領主から中国地方全域に勢力を拡大した、稀代の策略家のことを、深く知ることができる3冊をピックアップしました。

1.幼少期から寛容な性格だった
幼少期、毛利元就が世話役に抱かれ川を渡っていると、川の中で世話役がつまづいてしまい、抱かれていた元就は川に投げ出されてしまいました。世話役は事を重く受け止め慌てて元就を助け出し、必死に謝罪しました。
しかし元就は怒ることもなく、「歩いてる時につまずくことなど、誰にでもあることだ。気にするな」と、世話役を一切責めることをしなかったといいます。どうやら子供の頃から家臣思いの寛容な性格であったようです。
2.彼は下戸だった
1501年、毛利元就が5歳の時に母が亡くなり、その5年後10歳の時に父も亡くなりました。父・弘元の死因は酒毒だったと言います。酒毒とは、アルコール中毒や飲酒の害毒のことを指します。
15歳の時に兄興元も亡くなりますが、その死因も酒毒だったそうです。酒によって父と兄を亡くしている元就は、酒が飲めない下戸だったと言います。それもあってか、長男隆元に対しても酒を控えるように注意をするなど、酒に対しては人一倍気を遣っていたようです。
3.愛妻家だった
毛利元就は大の愛妻家ということが知られています。妻・妙玖が存命中には側室を置きませんでした。1545年に妙玖が亡くなった時には、そのショックで3日間部屋にこもりっきりだったと言われています。
のちに発見された文書には亡き妻を偲ぶ気持ちが記されており、元就の詩集「春霞集」にも妻のことを詠んだ詩が収められています。
4.元就の趣味は連歌
元就は連歌を好み、『春霞集』『元就卿詠草』『贈従三位元就卿御詠草』などの詩集を出していました。毛利元就の指示で建立された天神社(厳島神社の西回廊の奥に位置する)は、別名を”連歌堂”と呼ぶそうです。
5.天下を望まなかった
生涯に220以上の合戦に参加した元就。天下を狙えるほどの勢力を持っていた彼ですが、『吉川文書』の中には「われ、天下を競望せず」という記載があります。「私は天下を競い合うつもりはない」という意思表示をしていたようです。
6.元就の好物は餅
酒を飲まずいたって健康体だった元就は餅を好んで食していたといいます。餅は当時のスタミナ食で、腹持ちがよく日持ちもすることから兵糧として使われていました。厳島の戦いでは、地理的戦略と兵糧(餅)を駆使して陶晴賢を打ち破りました。
7.毛利家の家紋は「一文字三星」
毛利元就の家紋は、一という字の下に3つの黒丸が三角形の頂点のような形で配置してある紋章です。“一"の下に描かれた3つの星はオリオン座の真ん中に並んだ3つの星を表しています。
実はオリオン座の3つの星は右将軍星・大将軍星・右将軍星から成る「将軍星(三武)」と呼ばれており、武家の家紋にはよく使われているマークと言えます。
更に”一"には「相手に打ち勝つ」という意味が込められており、これらを組み合わせた「一文字三星」は毛利家だけでなく、北条家・長井家・安田家などでも家紋として使われています。
8.元就は筆まめ
とても筆まめな性格で、毛利元就が執筆したとされる数多くの手紙が残されています。有名な「三本の矢」創作の元となった『三子教訓状』ですが、この書状自体が2.85メートルにわたっており、内容も同じことの繰り返しだったそうで、元就を評して「苦労人であった為かもしれないが説教魔となっている」と言った専門家もいるほどでした。
9.正室との間の3人の息子をひいきしていた
毛利元就は子だくさんな武将としても知られていますが、子どもの数はなんと11人。正室である妙玖との間に5人の子どもがおり、側室である乃美大方・中の丸・三吉隆亮の妹との間に6人の子どもがいたといいます。ただし中の丸との間には子どもができませんでした。
先に触れた『三子教訓状』は元就が正室との間に生まれた3人の息子(毛利隆元・吉川元春・小早川隆景)に宛てた書状で、毛利家を他の兄弟と協力して盛り立てていくように教え説く内容になっています。
この書状の第九条に「今、虫けらのような分別のない子どもたちがいる。それは、七歳の元清、六歳の元秋、三歳の元倶などである。」といった、やや辛辣な表現がなされており、3人の息子たちに他の兄弟の処遇を委ねていたことがわかっています。
10.辞世の句は「友を得て なおぞ嬉しき 桜花 昨日にかはる 今日のいろ香は」
毛利元就が死ぬ3ヶ月ほど前に花見の席で詠んだと言われる句です。意味は「一緒に桜を見るような友人をを得て、私も嬉しいが多くの人に見られる桜も嬉しいことだろう。昨日に比べ、今日は桜の香りも良いように思える」というものです。
- 著者
- 山岡 荘八
- 出版日
- 1986-08-28
- 著者
- 岸田裕之
- 出版日
- 2014-11-26
- 著者
- 永井 路子
- 出版日
- 2013-06-07
毛利元就は知謀をたたえられ、人気のある武将ですが、「三本の矢」の人という印象が強く、その活躍は広く知られてはいません。身の安全さえ危うい極貧生活からのし上がり、自身の運命を切り開いた武将の人生を、味わい尽くせる作品ばかりです。