平清盛についてどういうイメージをお持ちですか?平家物語では、暴君で傲慢、非常といった様子が描かれており、悪い印象も多いようです。しかし本当にそうなのでしょうか。彼への新たな認識を持つことができるおすすめの本を集めてみました。

1:幼い頃から傲慢さは健在していた
平清盛は、若いころからなかなかのきかん坊でした。
平家は財力で清盛の祖父や父の代の頃から勢いを増し、父親はついに昇殿、御所に上がることを許されるようになりましたが、当然公家たちは成り上がりが気に入りません。少年の清盛が高下駄を履いて、無遠慮に御所をうろちょろする姿を、京の人々は「高平太(たかへいた)」と呼び、あざ笑ったそうです。これは高下駄を履いた平家の総領息子、という意味でした。お公家さんは下駄など履きませんから、 成り上がりの傍若無人ぶりをさげすんだのです。
彼の傲慢さ、剛胆さは、少年時代からその片鱗を覗かせていたのです。
2:女性たちを翻弄した
清盛は太政大臣にまでなり、天皇の外戚となった平家一門、まさに怖いものは何もありません。平家、とりわけ清盛にとっては思うがままの世の中です。
都に有名な白拍子の祇王(ぎおう)、祇女(ぎにょ)という姉妹がいました。この2人は清盛の寵愛を受けていましたが、ここへ新たに仏御前(ほとけごぜん)という若い白拍子が自分の舞を 見てくれとやってきます。門前払いしようとした清盛ですが、祇王のとりなしで舞を見たところたいそう気に入ってしまい、 仏御前を傍に置くことを決め、祇王と祇女を追い出してしまったそうです。
わが身をはかなんだ姉妹は出家し、嵯峨野に庵を結んで母とともに念仏三昧の日々を送っていましたが、 そこへ仏御前が訪ねてきます。やさしくとりなしてくれた祇王たちが追い出されたことへの申し訳なさと、清盛のようなものに仕えることで 明日の我が身はどうなるか分からないという無常を感じ、彼女も出家することに決めたのでした。21世紀の現在も彼女たちの庵は祇王寺として、嵯峨野の竹林に、清盛に翻弄された運命の名残を留めています。
3:平治の乱で、優れた家臣に救われた
平家は「伊勢平氏」と呼ばれ、その財力は伊勢を中心にした商売で築かれたものです。そのためか、清盛は同じ紀伊半島にある熊野権現をとても信仰しており、盛んに熊野詣でをしていました。
藤原信西と源義朝が結託した平治の乱が勃発した時、清盛はまさに熊野詣の真っ最中でした。戦支度など何もしていない丸腰で途方に暮れていると、家臣の平家貞が差し出した長櫃(ひつ)が、なんと その数50もあり、その中には鎧など武具が入っていたのです。一大事を予想して準備していたとのことで、まさに武士の鑑ともいえますね。
これを身に着け京へ取って返し、清盛一行は信西、義朝を討ち取ることができたのが平治の乱です。清盛はよい家臣のおかげで、窮地を切り抜けたのでした。
4:体でお湯を沸かした
栄華を極めた清盛ですが、原因不明の熱病で最期を迎えます。なんと、熱で苦しむ清盛の体を冷やそうと水をかけると、身体の熱さで水がお湯になってしまったといわれています。そのさまを平家物語では「あつち死に」と表しています。苦しみに跳びはねるという意味です。
地獄のような苦しみのなかでも、清盛は、死後の供養などいらぬから、すでに反逆ののろしを上げていた源頼朝の首をはねて供えよ、と遺言しています。最後の最後まで、憎まれ役の清盛らしいですね。
1:平家一門の良心
出世の階段を瞬く間に駆け上がり、みかどにさえ傍若無人のふるまいをもってはばらかない清盛ですが、長男の重盛(しげもり)はこれに似つかず心やさしい、道理をわきまえた人物でした。いわば、平家一門の良心といえます。
ともすれば道理にはずれた行動を取る父、清盛をいさめ、一門の者たちをたしなめる立場にあった重盛は、何かと嫌われる平家一族の中にあって、京の人たちに慕われた稀有な存在でした。
清盛の悪行に歯止めをかけることができるは息子である彼だけでしたが、父親より先にこの世を去ってしまいます。ブレーキ役を失ったことで清盛の暴挙はエスカレートし、せっかく築いた栄華も、ここから終焉に向かっていくことになります。
2:驕り、ここに極まれり
平家が繁栄した大きな理由は海上の覇権を握ったことでしょう。父の忠盛は海賊討伐などで着実に功績を上げ、清盛自身も安芸守(今の広島県の国守)に任じられ、瀬戸内の覇権を手中にしました。
清盛の中国地方での大事業は、厳島神社の整備と音戸の瀬戸の開通ですが、音戸の瀬戸の工事中、潮の流れなどを考慮して、日があるうちに工事を終了しなければいけないのに、日没を迎えそうになりました。 清盛が扇で太陽をさし招くと、なんと沈もうとしていた日輪が戻ってきて、無事日中に工事を終えることができたといわれています。
並ぶことなき権力者の清盛にかかると、天の太陽さえ思いのままにできるというエピソードですが、このあたりから平家の凋落の足音が聞こえてきます。恐れ多くも天の太陽を意のままにするという驕り高ぶりの罰があたったともいわれているのです。
- 著者
- 武光誠
- 出版日
- 2011-11-16
- 著者
- 本郷 和人
- 出版日
- 著者
- 山田 真哉
- 出版日
- 2011-12-16
- 著者
- 瀬川 貴次
- 出版日
- 2011-10-20
- 著者
- 元木 泰雄
- 出版日
- 2011-11-25
公平で政治的にも優れており、皆に慕われる格好いい清盛というイメージで書かれた本がたくさんあります。つまり悪いイメージは、勝者の源氏によって作られたのかもしれません。実像を知ることができるといいですね。