女子高生54人が飛び降り自殺する衝撃作
「『いっせーのーせっ!』体育の時間に響くような気持ちのいい、元気な合唱だった。(中略)2002年5月26日。午後7時30分。東京JR新宿駅で54人の女子高生が手に手を取っていっせいにプラットホームから飛び降りた。そして東京行きの中央線が、彼女たちを轢き、脱線しかかったまま急ブレーキをかけた。彼女たちは全員即死した。事故なのか、事件なのか、全く見当もつかなかった。
(『自殺サークル』より引用)
『自殺サークル』は、54人の女子高生が一斉に飛び降り自殺をするという衝撃の事件で幕を開けます。全員とも遺書はなく、誰にも集団自殺の原因はわかりませんでした。しかしこの事件は「始まり」にすぎず、事件の数日後には、全国で自殺の連鎖が始まるのでした……。
集団自殺の連鎖が起こる半年前ほど、愛知県に住む女子高生のさやかは、街が停電になった間に家出をします。そして、インターネットの掲示板で知り合った「上野駅54」という女性に会いに東京に向かいます。さやかの妹ゆかは、姉の失踪を機に掲示板と「上野54」の存在を知り、ゆかまで突然行方をくらましてしまいます。
2人の娘を失った父・徹三は、娘たちの行方を追いかけることを決意します。世間では、連鎖自殺の背景に「自殺クラブ」の存在があるのではないかと囁かれていました。徹三も娘たちが「自殺クラブ」に関わっているのではないかと疑うようになります。
- 著者
- 園 子温
- 出版日
- 2013-09-06
印象的な言葉である「自殺クラブ」ですが、文中ではほとんど描かれていません。ただ分かっているのが、さやかやゆかは違う人間として生まれ変わり、「妻」や「娘」、「母」など与えられた「役割」を演じる人生を送っていることです。文中に、下記のようなセリフがあります。
「<グラスからあふれる水>という役割は、誰かが担わなければならないの。花瓶と花瓶、花と花。シャンパンとシャンパン。グラスとグラス――そんな関係ばかりがはびこっている世界で、誰かがそんな役回りを引き受けなくてはいけないの。」(『自殺サークル』より引用)
自分の過去を捨て、「妻」や「娘」、「母」などの「役割」を演じる彼らの姿は、「役割」がなければ上手くに生きることができない社会への批判とも考えられます。さやかやゆかのように極端な形でなくても、私たち自身も社会の中で必要とされる「役割」を演じ、その役が自分自身と乖離していると感じたことがある人は多いはずです。女子高生の集団自殺という残酷性だけでなく、「役割」を演じながら社会で生きる私たちのあり方を考えさせられる奥深さもある園子温の小説です。
園子温の「非道」な人生が詰まった一冊
「非道」と聞くと、常識から外れた不良や問題児といったネガティブなイメージがあります。しかし園子温は、「非道」とは周りの視線を気にせず、自分だけの道を進むことだと熱く語っています。問題作を次々と生み出す鬼才・園子温の「非道」を極めた人生が、生き生きと描かれたのがノンフィクション『非道に生きる』です。
「もしも映画に文法があるのなら、そんなものぶっ壊してしまえ。もしもまだわずかに『典型的』なるものが自分に潜んでいるとすれば、それもぶっ壊してしまえ。(中略)『映画の外道、映画の非道を生き抜きたい』という僕の気持ちは、つまるところ自分の人生そのものだ。」(『非道に生きる』より引用)
冒頭から力強いメッセージで、日本の映画界をぶった斬ります。園子温といえば過激な映画作品で有名ですが、彼の生き方そのものも非常に刺激的です。彼は小学生の時、「周りを騒がせたい」という思いから全裸で登校し、学校からこっぴどく叱られるも、懲りずに何度も全裸で登校しました。
また17歳になって家出をして上京した際、道端で知り合った女性とホテルに行くことになりました。園子温は童貞を捨てられると喜びますが、ホテルに着くと女性は植木ばさみを取り出し、「私といっしょに死ぬか、夫婦のふりをして私の実家で暮らすか」という選択を迫ります。若かりし園子温は当然女性と暮らすことを選択し、一時期奇妙な同棲生活を経験するのでした。その後、宗教施設や左翼団体のアジトに潜り込むなど、まるで映画のような波乱万丈な人生を送っています。そうした刺激的な経験をもとに、園子温は映画を製作していきます。
- 著者
- 園 子温
- 出版日
- 2012-10-03
園子温は日本の映画界に多い大衆受けする感動映画を嫌い、とにかく自分が撮りたい過激で生々しい映画ばかり撮り続けます。見方によってはいい加減な人生を送っているかのようにも思えますが、映画の「典型」にとらわれず、また1つのジャンルに留まることなく、様々な映画作品を生み出し続けるストイックな人生でもあるのです。周りの視線を恐れず、自分のやりたいことを徹底的に貫くことで、「極端だけど魅力的」な作品として多くの人に愛されるのでしょう。
この作品を通じて、園子温の常軌を逸した人生に度肝を抜かれます。彼のように過激な人生を目指さなくても、「ここまで自由に生きて認められている映画監督がいるのなら、自分ももう少し好きなように生きてみよう」と考えるきっかけになるのではないでしょうか。全体的に軽快で読みやすい作品なので、一度園子温の人生観に浸ってみることをおすすめします。
夢を追う人の辛さと生きづらさを描く絵本
「東京オリンピックが決まってから 日本は五センチくらい憂いている 墓場のように整然と並んだビルディング 東京よ 今日もお前の歯はとがっている」(『ラブ&ピース』より引用)
冒頭のページいっぱいに書きなぐられた筆文字――絵本と思ってページをめくった人は驚愕するでしょう。次のページでは、色とりどりの高層ビルの手前を、顔のない大勢の人々が大股歩きで進んでいきます。そうした世の中の流れに取り残された平凡な名前の男・鈴木良一と、彼を愛する亀がこの作品の主人公です。
鈴木良一は「ロックミュージシャン」になりたいという夢を持つ男。しかし良一は醜くて周りと違うことから、世間から一向に見向きもされません。そんな彼を愛する1匹のカメが、ひょんなことから大切な人の夢をかなえる代わりに、自分自身が大きくなる飴を口にします……。
良一の夢をかなえて大きくなったカメは、東京よりも大きくなります。一人の夢が、東京を飲み込むほど大きくなって、東京を墓場と化してしまう――それほどの強い思いがなければいけないとも読み取れるし、1人1人の夢には大きなパワーが秘めているとも読み取れます。決して多くのことは語られていませんが、どこか妥協して生きている人にはちくりと胸に刺さるようなメッセージが込められた園子温の作品です。
- 著者
- 園 子温
- 出版日
- 2015-05-26
終盤にある『鈴木良一の闇』では、『ピカドン』(現在の『ラブ&ピース』)のシナリオが生み出された背景が描かれています。22歳の園子温は自主映画祭でグランプリをとったものの、その後作成したシナリオがなかなか評価されず、苦しい日々を過ごしていました。そんな中、さびれたデパートの屋上のペットショップで1匹のカメに出会います。寂しさを抱えたような愛らしい亀に、園子温は一目ぼれ。その亀の出会いをきっかけに、『ピカドン』のシナリオを描くことになるのです。
自分の作品が認められず、30代でアルバイトをしながらなんとか生計を立てていた時代……誰もが「いい加減夢をあきらめた方がいい」と思う状況にありながら、園子温は「映画監督」になる夢を追い続けていきます。この作品を読むと、前半の『ラブ&ピース』の物語に込められた思いがより一層伝わってきます。周りから無視されても夢を追い続ける鈴木良一の姿勢は、忘れていた純粋さを思い出させてくれます。