太平洋戦争時、日本海軍の連合艦隊司令長官として真珠湾攻撃やミッドウェー海戦を指揮した山本五十六。数々の実績を残して大戦中に戦死した山本は、後世も語りつがれる名言をたくさん残しました。そんな彼の歴史を学べる5冊を紹介します。

1:五十六(いそろく)の由来
彼の「五十六」という名前の由来は彼の父親の年齢が由来していて、 五十六が生まれた当時の父親の年齢が56歳であったことから、 そのまま名づけられました。 ちなみに母親も当時45歳というご高齢だった模様。
2:意外と小さい、でもがっしり
山本の身長は160cm、体重は65kgと若干小太り気味。 彼の容姿については当時の陸・海軍からも「五尺二寸ばかりの小男」、 「はちきれそうな身体」、「全身鋼鉄のような」と形容されています。
3:趣味は将棋
彼の趣味は将棋で、アメリカに留学しているときも、 26時間連続で75試合も将棋を指すほど好きだったご様子です。 その将棋好きはお偉いさんになってもおさまらず、 真珠湾攻撃の前日も指し、ミッドウェー海戦の際も味方の艦隊が、 攻撃を受けているという連絡を将棋の対局中に受けたそうです。
4:甘いものが大好きだった
山本は甘党だったようで、柿やパパイヤのような果物から、 水饅頭やようかんといった和菓子も好物としていました。 おしるこがお夜食に出たときは喜んでいたそうです。
5:後の総理大臣と旧知の仲
実は山本が海軍次官として活躍していた頃の海軍大将、 後に内閣総理大臣に就任する米内光政(よないみつまさ)とは、 海軍の学校の教官の頃からの盟友だったそうです。 1336年に起こった2・26事件における当時の内閣総理大臣救出の際も、 2人は関与しており、米内の対応を見た山本は後に次の海軍大臣に彼を推しています。
6:やりすぎたいたずら
山本が海軍次官という職に就いていた頃、休日も働いている海軍の元に芸者が訪れ、 芸者が作ったお弁当を山本の仕事部屋で食べていたという事実が山本にばれてしまい、 山本と米内が激怒して全員クビにしようとした事件が起こりました。
しかし後に2人はなんと「いたずら」であったということを明かします。 後に「いたずらにも程がある」と部下の自伝に書かれたり、 山本と米内の共謀ではなく実は山本の発案であったとも記されてあったそうです。 ちなみに「いたずら」したその日は芸者達に追い掛け回されたとか。
7:真珠湾攻撃・ミッドウェー海戦中、戦場にはいなかった
上述のような一見楽しげなエピソードや後の総理大臣との、 交友関係など持っている山本ですが、中にはこんな逸話も。 彼自身が画策した真珠湾攻撃の際なんと彼は戦線に赴いておらず、 瀬戸内海に停泊していた戦艦「長門」の中にいたそうです。 また、有名なミッドウェー海戦のときも戦線から遠く離れた戦艦「大和」の中に いたそうです。
8:「やってみせ」ていなかった
彼の名言に「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、 ほめてやらねば、人は動かじ」というものがあります。 聞えはいいですが上述の真珠湾攻撃において、攻撃すべきところに攻撃せず 戦闘機が帰還したのは山本が「やってみせ」てなかったからでは? という意見があるようです。
- 著者
- 阿川 弘之
- 出版日
- 1973-03-01
本書は、山本五十六と同郷で、歴史研究家の著者、稲川明雄がまとめた名言集です。漢語や古文には解説が付いているので、読みやすい内容になっています。
「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば、人は動かじ」(『山本五十六のことば』より引用)
これはあまりにも有名な彼の言葉でしょう。現在のビジネスシーンでも人材教育に欠かせない言葉として語り継がれています。また、この言葉には続きがあります。
- 著者
- 稲川明雄
- 出版日
- 2011-08-04
「話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず」(『山本五十六のことば』より引用)
彼の教育論とも言えるこれらの言葉は、部下を持つ上司や教育者にとって座右の銘にしている人も多いのではないでしょうか。
他にも時代ごとに章を分けてまとめられていますが、どの言葉にも、何かを成し遂げようとするバイタリティーと部下や同志を思いやる愛情が見えてきます。稀薄な人間関係になりつつある現代社会には、今こそ必要なのは山本精神なのではないでしょうか。
また、戦略家として優れていた山本五十六の考え方は、旧長岡藩(現在の新潟県長岡市)出身で、江戸時代から続く藩教育がベースにあったのではないかと想像できます。劣勢を如何にして挽回するか。いざという時の備えとブレない向上心は、現在のリスクマネージメントの考えにも通じるものがあり、ビジネスマンの必読の書ではないでしょうか。
- 著者
- 半藤 一利
- 出版日
- 2014-05-09
- 著者
- 山本義正
- 出版日
- 2011-12-07
- 著者
- ["NHK取材班", "渡邊 裕鴻"]
- 出版日
- 2015-06-09
誰よりも戦争に反対していたにもかかわらず、真珠湾攻撃を立案した山本五十六。その相反した行動は、激動の昭和史を語るうえで知らなければいけない政治的背景があります。山本五十六の真実を知ることは、誰もが願う平和のためには必要な事ではないでしょうか。