4位:不条理と戦え。世界に立ち向かえ『キーチ!!』
染谷輝一、通称・キーチはあまり感情を出しません。彼は生まれる前に母親の故郷の霊媒師に「強い男になる」と予言されました。その片鱗か、キーチは幼稚園でいじめられてもやり返して相手を泣かせる乱暴者として恐れられています。そんなキーチを染谷夫妻は温かく見守り、幸せに暮らしていました。しかし、その幸福は唐突に終わります。
キーチの両親は通り魔に刺殺されてしまったのです。キーチは3歳にして世の中の理不尽を味わいます。
祖父母に引き取られたキーチは、ある日ふらりと姿を消しました。約1年後、山奥で発見されるまでに、キーチは人間の生死や裏切りに直面して鍛えられます。
両親を亡くして蒸発した幼児が、山奥で生きていた。ニュースが日本中を駆け巡り、それを見た甲斐慶一郎は同い年のキーチに心酔します。友人を理不尽に失って無気力になった慶一郎は、独力で生き抜いたキーチに世の中の理不尽に打ち勝つ希望を見出しました。
キーチと慶一郎が小学5年生になった時、2人は出会います。2人はクラスでいじめられていた佐治みさとを救いますが、その結果思わぬことが明るみに出ます。みさとは父親に児童売春を強制された被害者で、しかも彼女の客には大物政治家が多数いたことがわかります。現社会の暗部を見た2人は、汚い大人を打倒するために立ち上がります。
- 著者
- 新井 英樹
- 出版日
新井英樹は終始、キーチの特異性を強調します。幼い頃は乱暴者としか思えなかったキーチが、様々な経験を積んで成長するにつれて、その特異性が判明します。彼を特異たらしめるもの、それはある意味で社会に反する、キーチの確固とした自我です。彼は決して己を曲げず、また己の規範に反しません。その自我の強さはカリスマ性として滲み出します。
神道では荒ぶる神の側面を荒魂(あらみたま)と呼びますが、キーチが社会に反発し、抵抗する続ける姿に重なります。荒魂で有名なのはスサノオですが、かの神は荒ぶる神と英雄の二面性を持っています。キーチが歪んだ体制を破壊する荒魂ならば、彼は体制に馴染まない人々にとってスサノオと同じような英雄=救世主となっていくのでしょうか。
キーチのシンパにしてサポート役、甲斐の存在も重要です。みさとのいじめをやめさせたのも、そのせいでキーチが窮地に陥ったところを救ったのも、甲斐の機転があればこそ。甲斐は児童売春に政治家が絡んでいるため、訴えが揉み消されることを察知します。そこで甲斐は、キーチを利用して社会が絶対に無視出来ない奇策に打って出ます。
そして劇中時間で10年後、21歳になったキーチの活躍が『キーチVS』で描かれます。「強い男になる」と予言されたキーチは、一体何者と、どのように対決(VS)する運命にあるのでしょうか。
3位:種(しゅ)のために種(たね)を撒く『SCATTER あなたがここにいてほしい』
はじめに、本作は性交渉や強姦をモチーフとした作品です。その点をご留意ください。
現代によく似た日本。社会は人知れず、密かに侵略されています。また、時を同じくして連続婦女暴行事件が相次いでいました。
東京都八王子在住の久保ヒカルは、23歳の無職。B4Mというグループのメンバーで、女性経験のない童貞です。B4Mは女性に縁のない4人組が、自分達の現実から目を逸らすため、セックスの根絶を掲げたグループ。彼らはネットを中心に活動していました。
久保は異常性欲の持ち主です。極度の早漏で、ほとんど無尽蔵とも思える精力を有しています。ある夜、性欲を発散するため公園で露出していたところ、取材中の女編集者・沢田和美と出くわします。久保は沢田の紹介で漫画家のアシスタントになり、紆余曲折を経て遊佐虹人主催のAV男優オーディションを受けることになります。
実は連続婦女暴行の犯人は遊佐でした。しかし、これには深い事情があって、被害者の女性は宇宙人に寄生されていたのです。そして宇宙人の弱点は人間の精液。これまで密かに宇宙人を対峙していた遊佐は性的不能に陥り、自分の後継者を探していたのでした。
- 著者
- 新井 英樹
- 出版日
- 2010-03-09
人知れず人間を守る孤独なヒーロー。あるいは、主義思想自体は正しくても、社会に受け入れられないヴィジランテ(自警団)。こうして要素だけを取り出せば、本作も正統派ヒーロー漫画と言えなくはありません。それだけに、人に害をなす宇宙人が女性器に取り憑き、それを排除するために強姦、射精するという特徴的な細部の異常性が際立ちます。
本作をしてアナーキーと評価される所以です。新井英樹はタブーを打ち破る作品が多い作家ですが、ある意味で本作が一番突き抜けているのではないでしょうか。
一歩間違えれば社会の鼻つまみ者となる登場人物達が、精一杯目的意識を持って婦女暴行に勤しむ。やっていることだけを見れば単なる強姦魔なのですが、大真面目な語り口がシュールな笑いを誘います。
無職で童貞で早漏で性欲魔人と四拍子揃ったどうしようもない主人公、久保。しかし彼だけが、いや彼だからこそ世界を救えるという皮肉。自警団活動と、バツイチ子持ちの沢田との交流を通して、久保は自分の役目を認識していきます。日夜宇宙人と暗闘をくり広げる彼は、人類という種を絶やさず、種を未来に撒き続けることが出来るのでしょうか。
2位:天才の軌跡は甘くない『シュガー』
16歳の主人公・石川凜はいい加減でお調子者の少年です。時にハチャメチャな行動をして周りを困惑させます。8年間勤めた新聞配達やストリートダンスチームの活動で顔は広く、地元では幅広い年代層に親しまれていました。
凜は高校1年の冬、卒業を待たず出身地の北海道を離れて上京します。東京の親戚を頼って板前の修業をするためです。これはいつもの軽いノリで「手に職をつける」と言い出したことが原因ですが、一度決めたことは曲げないのが凜の信条です。
出発前に地元の因縁を清算する中、凜はかつての兄貴分・玉置欣二と再会します。さらに凜は欣二の同棲相手・レイラと出会ったことで、運命的にボクシングの道を歩き始めます。
- 著者
- 新井 英樹
- 出版日
- 2002-04-09
「拳聖」と呼ばれるボクサーがいました。その華麗な立ち回りを「Sweet(素晴らしい)」と賞賛されたトレーナーは、「Sweet as SUGAR(まさに砂糖のようにね)」と応えたそうです。ボクサーの名前はシュガー・レイ・ロビンソン。本作のタイトルは彼に由来します。
凜は上京してからは板前修業とジム通いを両立させます。「シュガー」な凜ですが、根は真面目。ボクシング漫画としては珍しく、本編では凜の周辺の人間ドラマに重点を置いて描かれます。
凜はよく笑います。あまりにもひょうきんに振る舞いすぎて、彼の本心を計れません。彼は何を感じ、何を思っているのでしょうか。玉置欣二は本編でこんなことを言っています。
「ゆるくねえ時に泣く奴は3流、歯……食いしばる奴ぁ2流。笑え……果てしなく。そいつが……1番だ」(『SUGAR』より引用)