3位:36年の時を経て復刻!ジョージ秋山が描く幻の作品
3位は『ばらの坂道』。1975年に単行本化されたものの、その差別的な表現や内容から長きに渡って出版を自粛され、古書にはプレミアムがつくほどでした。しかし2011年に復刊されようやく手軽に作品に触れることができるようになった作品です。
狂人の母を持つ主人公、土門健。この物語は彼の幼少の頃より始まります。遺伝性の狂気を持つ母を見捨て父は蒸発、祖父は事故死、そして同級生の足を母がツルハシで刺してしまい、罪の意識にさいなまれる健。更には、遺伝性により健自身も狂っていくかもしれないと知らされるなど、全く救いの無い話が展開されていきます。
- 著者
- ジョージ秋山
- 出版日
- 2011-03-30
作中には、健という名前が示すように、彼が背負った業に、必死に向き合いながら健気に生きていく健の姿が描かれています。一見救いの無い物語で、少年が自分の理想を描きながらも挫折していく、しかしそれこそが人生であり、生きていくということだ。そう読み手に訴えかけるかのようです。
巻末に、日常を描写する作品に日常語を正しく使えないのでは表現が成り立たない、というような解説がされています。差別用語や表現無くしてこの作品で描かれる人の業は語れない、ということではないでしょうか。復刊された作品には可能な限りこのような表現が残されており、この作品を復刻したいという熱意が感じられます。
2位:飄々と生き、人生を語る雲のキャラクターが魅力
第2位は『浮世雲』。はぐれぐも、と読みます。2016年時点で108集まで発売されている長寿作品であり、何度もドラマやアニメ化され、数多くのファンを持つジョージ秋山の代表作とも言えます。作者初の青年漫画です。
時は幕末、江戸の宿場町で問屋を営む主人公雲は、酒と女が大好きな典型的な遊び人。しかし達観したような性格に、人を引きつける不思議な魅力持つ男で、なぜか時の将軍徳川慶喜ともフレンドリーな会話を楽しみます。
時代が幕末とはいえ歴史上の事件などは取り上げず、ただただ平穏な日常が過ぎていく日々。そんな日常の中にある、人と人との触れ合いや、家族とのやりとりを描いています。そしてそれらを独特の言い回しで彩っていく雲にどこか人間味があるのです。
- 著者
- ジョージ秋山
- 出版日
- 1975-06-06
作者ジョージ秋山は人とは何かを問いかける人物。この作品でも、雲の言葉を通じ人生の様々な教訓を語り、読み手へと問いかけます。
「立派になろうなんてのは疲れますから、自分のやりたいことだけ、自分が楽しいことだけ、考えたらいいんですよ。」
「怠けるだけ怠けたら、やる気になりますよ。人間なんてそんなもんですよ。
「望むことと生きることは別々だから、望みが叶わなくても、意気消沈するなかれです。肝心なことは、望んだり生きたりすることに飽きないこと。」
(『浮浪雲』より引用。)
あなたはこの雲の言葉をどう捉えるでしょうか。雲と同じ答えでしょうか?違う答えでしょうか?人生においてその答えは十人十色。しかしもし何かに行き詰まっているのなら、この作品を読みその問いかけに答えを出してみるのもいいかもしれませんね。
1位:ジョージ秋山が描きだす人間の本性
第1位は『銭ゲバ』。言わずと知れた名作、そしてジョージ秋山の作品がギャグ漫画から露悪的な作品へと移った記念作です。最後まで救いとなる人物が登場せずに結末を迎えてしまいます。しかし欲望にまみれ、どんなに醜い本性がありながらも、やはり純粋な愛に飢え、それを求めるのが人間なのではないかと語りかけられるような作品です。
幼い頃より金に苦労し、それにより母を亡くした蒲郡風太郎。彼は金の力に取り憑かれたかのように生きるようになります。成長して大企業の社長一家に取り入り会社を乗っ取り財界の頂点へ。そして政界へ進出、殺人容疑、逆転劇からの当選を果たします。
- 著者
- ジョージ秋山
- 出版日
ある時出会った純真な女性も、結局は金欲しさに売春を要求するなど、まさに波乱万丈な事件が起こり続ける彼の人生。金に群がる醜悪な人間の姿がまざまざと映し出され、その内容は暗く淀んだ作品とも言えます。
しかし欲望にまみれた風太郎であっても、純真だった女性を心の拠り所としています。人は醜くありながらも、美しい何かに惹かれる性を持ち合わせていることもまた確かなのです。
物語のラストで描かれるのは、人間の幸福についての原稿を頼まれ、幸せとは何かと思いにふける風太郎の姿。巨万の富を得たはずが、思い浮かぶのは貧しくもなく豊かでもない、しかし穏やかで暖かい人生でした。
金を望み人を蹴落としてきてまで手にしてきたその幸福が、彼の本当の望みでは無かったと悟った時、物語は思いがけない結末を迎えます。
銭ゲバにおける風太郎の役割は、欲望がうずまくこの醜悪な世の中を風刺したものなのではないでしょうか。そうであったとしても、人はこの世界で生きていかなくてはならない。ならば醜悪な世界にこそ美しいものを見出す、それが人というものなのだろう。そんな作者の語りが聞こえてくるような気さえします。