戦国最強の武将と言われる武田信玄について、おすすめの本をご紹介します。イメージばかりが先行する武田信玄についての実像に迫る本や笑える本もセレクトしていますので、信玄についてさらに深く考察してみてください。

1:法律の整備に力を注いだ
武田家の分国法として有名なのは1547年に制定された「甲州法度之次第」で、後に信玄法と呼ばれます。内容は中国古典から抜粋した道徳集という側面と、具体的な訴訟や農地、任官等の規定について説く側面があり、彼が当主として家臣団に向けて号令するために作ったものだとされています。
家臣の統制については上意下達の寄親寄子制を採用し、家臣団と領民を一体とした組織を形成していました。彼は早くからこうした制度の大切さに目をつけており、国政にも明るい人物だったのです。
2:江戸時代の貨幣の開祖となった甲州金
江戸時代は金・銀・銅の三貨幣を用いましたが、金貨のルーツのひとつは戦国時代に信玄が鋳造した甲州金だと言われています。山に囲まれた甲斐国では鉱山開発が進んでおり、灰吹法によって精錬された金を取り出すことができました。
武田氏自体は織田・徳川によって滅ぼされましたが、家康が武田旧臣の大久保長安らを重用し金山支配を任せたことから、甲斐国の金山は引き続き重要視され、幕府成立当初は特別な貨幣として重視されていました。
貨幣の流通は全国統一には欠かせないものですが、当時日本には自国で鋳造したオリジナルの貨幣はなくほぼ中国からの銅銭に頼っていました。家康は鉱山の獲得に熱心になっていて、こうした考えは信玄から受け継いだものと考えられます。
3:治水の証、信玄堤を作った
山間の国だった甲斐国ですが、甲斐盆地の底部は笛吹川と釜無川があっていずれも氾濫地帯であったため、古代から治水工事が行われていました。特に釜無川は扇状地を突き抜けて甲斐の領地に洪水をもたらす暴れ川でした。
信玄は当主就任以来この治水工事に着手し、20年ほどかけての釜無川の水流を変えました。この流れが変わった水流の勢いを落とすために作られたのが、高岩に作られた信玄堤と言われる堤防です。彼はこの堤防を維持するために竜王に移住政策を行い、治水の神様である三社神社を敬い御幸祭りを行いました。これは現在でも山梨県内の三大祭りとして知られ、全国でも稀に見る水防祭りとして有名です。
信玄堤は明治時代に1度欠損が生じたことを除き、これまで決壊したことがありません。その技術の素晴らしさは現代にも応用されており、甲州流治水方法と呼ばれています。
4:躑躅ヶ崎館に水洗トイレを作った
武田家は代々城を構えず、躑躅ヶ崎館を本拠地としていました。そして信玄は躑躅ヶ崎館に水洗トイレを作ったと言われています。もちろん当時は自動ではなく、鈴を鳴らすと家臣が水を流すというつくりでした。
彼は厠のことを「山」と呼んでいて、そのわけを家臣が問うと、「草木(臭き)が絶えないからだ」と言い家臣が感心しています。当時、厠といったら6畳にもなる広い空間で、そこで書状を書いたり密談を行ったりと様々な活動ができました。
5:教養人でを歌や漢詩を詠んでいた
中世大名の教養といえば、和歌や蹴鞠といった貴族文化です。武田家は鎌倉時代からの伝統ある家なので、信玄も貴族文化を嗜んでいました。
彼は義兄弟の今川義元同様、京都から公家を招いて詩歌会・連歌会を開き、恵林寺の住職からも賞賛されるほどでした。また漢詩の内容を見るに、彼は中国古典について深く学んでいたと思われます。
火の巻からは、その後の武田家内部の争いに言及しています。嫡男、義信を愛しているもののどんどん折り合いが悪くなり、結局は愛する湖衣姫との息子である勝頼を後継者とするのです。そんな信玄の葛藤と苦悩を感じ取れるでしょう。そして駿河制圧、北条との戦いへと向かっていきます。まだまだ戦っていけると思われた中、病気で亡くなる武田信玄。戦以外の描写も多く、信長や家康も恐れた武将であった信玄の人間性を感じ取れる大作です。
- 著者
- 新田 次郎
- 出版日
- 2005-04-10
物語の中心となるのは、勘助の信玄への忠誠心と由布姫への愛情です。武田家のために働き、その才能を多大に発揮して武田軍を勝利へ導く勘助。その軍師としての素晴らしさはもちろんですが、彼の愛憎、苦悩がこの本に深みを与えているのでしょう。人間の心理描写がうまく、信玄も由布姫も魅力的な生き生きとした人物として描かれています。
- 著者
- 井上 靖
- 出版日
- 2005-11-16
文書を読み解くというと本というと読みにくそうな印象がありますが、この本は面白く読み進められます。それは読者を引き込むような書き方となっており、それぞれの戦国武将の感情を自分自身で文書から読み取っている気持ちにさせてくれるから。古文書の勉強にも、歴史の勉強にもなる良本です。
- 著者
- 鴨川 達夫
- 出版日
- 2007-03-20
タイトルにもなっている武田信玄にまつわるものは、信玄が塩不足をQ&Aサイトに相談した場合となっています。ネットで相談したらどうなるのか、そして送ってもらったにもかかわらずもし不在だった場合の不在連絡票はどんなものになるのでしょうか。さらに「お礼メール」はどうしよう、と話は尽きません。ぜひ笑ってください。
- 著者
- スエヒロ
- 出版日
- 2015-04-25
私たちの持っている武田信玄への常識を、覆すような事実が多く並びます。よく目にする高野山にある信玄画像は実は違う人であろうということを聞くと、根底から信玄像が異なってくるのではないでしょうか。さらに信玄の特徴としてあげられる「棒道」や「信玄堤」。これも偉業としては批判されています。軍事的道路「棒道」は実は信玄との関りが証明されていないこと、「信玄堤」として有名な堤防も実は信玄に限ったことではなく、どの武将も行っていたこと等が分かる内容です。
- 著者
- 笹本 正治
- 出版日
以上5作でした。実はカリスマ的で戦に強いだけではなかった武田信玄について、興味がでてきたでしょうか?さまざまな角度から知ることができる本を集めていますので、本当の信玄を知るきっかけになれば幸いです。